後編 王子、目からウロコが落ちてた
「こ、これは言いたくはなかったのだが……」
右手で顔を覆った皇太子様が震える声で続けます。
「ふ、不義密通をしていた疑いもあるのだ……信じたくはない。信じたくはないのだが……」
不義密通って、このお嬢様がですか?
私を含めた全員がアリス様を見つめます。
お嬢様は困ったように微笑むだけです。
こういうところでなにも言えない方なんですよねえ。
そこがいいんですけど!
「あの、どなたとでしょうか……」
それを聞かなければ始まらない。
皇太子様が一人の人物を指さした。
そこにたたずむのは青く長い髪をした王子様でした。
彼ははるか遠い国から、半ば人質という形でやってきたのです。
美形揃いの『ロイニィ』においても白眉のキャラと言えばこの方を置いて他にはありません。
当然のようにゲームではサブヒーローでした。
公式はやることが憎いんですよ。
こういうおいしいキャラの出番を減らして焦らすんですから。
遠方の新参国なのでなにかと立場が弱く、陰謀に巻き込まれては死亡フラグが立ってしまうその不幸っぷりに、ゲームでは涙を禁じ得ませんでした。
そういうキャラを仲人プレイでハッピーエンドに導くのが最高に楽しいんですけど!
ちなみにこの王子様。純粋な人間ではありません。
設定では竜神と妖精のハーフになってます。
この美貌も納得の設定ですよね。
「そこの王子が泣いていた。そして彼女が抱きしめているところを……私が、見たのだ」
苦悩する皇太子様もいいわー。
唇を噛み締めるところなんて惚れ惚れしちゃいますよ。
「わた、しの……俺の婚約者であれば、他の男と触れ合うなど言語道断であろう! 違うか!」
これまでとは明らかにテンションが違います。
なにしろご自分が目撃してしまったのですから信用度はこれまでとは段違い。
信じたくない、でも目にしてしまった。
その苦しみが痛いほど伝わってきます。
とはいえ、ここでお嬢様のフラグを折らなければ私も一緒に退場なのですから心を鬼にするしかないのです。
泣いてもいいんですよ、皇太子様。
私は一匹の鬼なんですから。
「お恥ずかしながら――」
私の機先を制したのは当の王子様でした。
鬼ではなく竜が相手をするようです。
「初めてのことで自分も混乱をしていたのです。申し訳ありません」
「なな、なんと……やはりあれは……私の見間違いでは、なかった、のか……」
膝から皇太子様が崩れ落ちました。
今、結構、鈍い音がしましたけど大丈夫ですか?
聖女様を呼んできましょうか?
「言葉が足りず申し訳ありません。皇太子様の考えているようなことはなにもありませんでしたから」
「なに? だが君たちは抱き合っていたではないか」
「あの時、自分は遠く離れた故郷のことを想っておりました。懐かしい国や人々のことを思い出して嘆いていると、アリスティア様はこう教えてくれたのです。寂しいと思えるほど貴方は国を愛しておいでなのですね、と」
王子様は薄く微笑まれます。
ああ、その不幸が絡みつくような笑顔がいいですね。
控えめに言って最高です!
「その言葉に感動した私は初めて目からウロコが落ちるというのを体験しました。ほら、このように」
王子様が懐からなにかを取り出しました。
それはキラキラしていてとても綺麗です。
「おお、それこそは竜神の瞳!」
驚きの声をあげたのはご主人様でした。
「竜神種の瞳から零れ落ちたウロコです。奇跡を起こすと言われる逸品でございます。まさかそのような貴重な品をこの目にできるとは……眼福でした」
「初めてウロコが落ちたのに驚いて倒れそうになったところをアリスティア様に支えて貰ったのです」
竜神の血を引く王子様は人間とは異なる設定があるんです。
たとえば首をぐるりと、まるでチョーカーのようにウロコが並んでいます。
当然、一枚だけ反対についてるウロコがあるんですけどね。
触ったらなにが起こるか?
それは私の口からはちょっと……。
そしてこの『目からウロコ』も設定の一つ。
なにか驚くことがある度に繰り出されるお寒いギャグとして『ロイニィ』ファンから愛されていました。
ゲームではこのウロコが何枚も入手可能でした。
大切にとっておくこともできるんですが、売るとかなりのお金が入手できるんですよね。
お店で売っているものを買い占めできちゃうのでバグ扱いされてます。
この先、王子様のお寒いギャグを何度見られるんでしょうか。
今から楽しみでなりません。
「あの時、そのまま倒れていたら私はケガをしていたかもしれません。アリスティア様の優しいお心遣いに感謝いたします。しかしそのことが婚約破棄に繋がってしまうというのならば私の不徳の致すところ。この命を捧げますので、どうかご容赦ください」
「ぐ、ぐぬぬ……」
皇太子様が悔しそうな顔をするのも無理はありません。
他国から来た王子の命をこのような形で奪ってしまえば内乱を引き起こしかねないのですから。
張り詰めた糸のような緊張感はすっかり弛緩していました。
むしろ、この始末をどうするんだろうと気遣う気配が感じられるほどです。
「もう余興はよい」
苛立たしげな声をあげたのは国王様でした。
「みなも解散するがいい。今日の宴は終わりじゃ」
その一言でフラグを折り切ったのを確信しました。
やったね、私!
退場しないですむよ!
「ありがとう、ジル。あなたのおかげよ」
さっきまで血の気を失っていたお嬢様が微笑んでいます。
「いいえ、たいしたことはしていません」
「ジルはいつも控えめよね」
「そんなことはないと思いますけど」
だってここでお嬢様が婚約を破棄されて退場してしまうと、一緒に私も立ち去らなければならないのですから。
それではこの世界でこれから起きるあんなことやこんなことが楽しめないじゃないですか!
皇太子×王子も素敵なんですよ。
いざという時の将軍の頼もしいことといったら。
宮廷魔術師は知識が豊富で会話が楽しいのです。
私の腐った妄想を続けるためにもお嬢様にはこれからもいていただきますとも。
そのために、この先に立つであろうフラグは全部私が折らせていただきますからね!
ノリと勢いとパッションで書ききりました。




