いざ魔王城へ!
やはりお姫様が攫われた先は魔王城だろうということで、魔王城が再登場です。
ただし、この世界にはもちろん魔王なんていませんので、魔王は出現しません。
マイズナー帝国の兵士である、ベン・ブレイザーは上機嫌だった。
まさかこれほどまでに計画が上手くいくとはベンも思っていなかったからである。
まず、エルブラン城の宝物庫を開くためには、アイリ姫を捕らえるか殺すかしなければならないと気づいた漆黒騎士が、配下のベンにアイリ姫捜索を命じた。ベンはアイリ姫が自室から魔法で転移したのを確認した兵士の証言や、そのマナの痕跡を追った魔法使いなどの証言から、彼女が異世界に転移しているという結論に辿り着いたのだった。
そこからは漆黒騎士の支持でベンは配下の19名の兵士を伴って、マイズナー帝国の総力を結集して唱えた巨大なシャインゲートによって異世界に転移した。
転移した場所もまた都合がよかった。そこは使われていない廃工場だったのだ。身を隠すにはもってこいであり、ベンたちは早速アイリ姫の捜索にあたった。
具体的には、帝国から持ち込んだアイリ姫の似顔絵を頼りに、聞き込みをしてまわったのである。成果はすぐに出た。廃工場の近くに住んでいる学生とおぼしき少年が、ベンたちの物々しい出で立ちにガタガタと震えながら教えてくれたことによると、数日前に自分の学校に似顔絵にそっくりの美少女が転校してきたという。
これはしめたとばかりにベンは部下を学校の周辺に張り込ませてアイリ姫を待った。そして、アイリ姫が学校から出てきたところを尾行して、人目のつかないところで部隊全員で取り囲むことに成功したのである!
約2名ほど邪魔するやつがいたが、鍛えられたベンたちの敵ではなかった。しかも、シノビの少女はアイリ姫とともに捕らえた。もう一人の男は逃がしてしまったが、目的は達成されたのだ。あとは廃工場で24時間後にもう一度開いてもらえるという迎えのシャインゲートを待つのみだった。
「……これで出世は間違いなしだな!」
部下に、アイリ姫とシノビの少女を廃工場の柱に縛るように命じると、ベンは一人ほくそ笑んだ。
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一方、エルブラン公国最強の剣士であり、大好きなアイリ姫を探すために異世界にやってきたクリストファー・アドラーは困惑していた。
アイリ姫を探すにしても手がかりが一切ないからである。彼はただの剣士だ。多少は魔法が使えるにしても、レーネみたいにアイリ姫のマナを追ったり、カスミのように高い所に登って遠くを見たり、謎の道具で形跡を調べたりはできない。彼のとった方法は至ってシンプルだった。
ひたすら街を歩いてアイリ姫を探したのだ。
幸いなことにというか不幸なことにというか、昨日劇的な出会いをしてしまったエマも同行してくれている。この女はクリスが「異世界からお姫様を探しにやってきた剣士を演じている」と思っており、それに乗っかる形で楽しそうに街を歩いている。しかし問題がある。こいつはやたらと露出の多い衣装を好むのだ。
今日も「勇者パーティーっていうコンセプトで!」とかのたまって、露出度のかなり高いビキニアーマーを装着している。どこが勇者パーティーなのかわからない。一緒にいると恥ずかしいのでやめてほしい。
そんなこんなで、しばらく周辺を探し回っていると有力な情報が得られた。
「か、かっこいい〜!」
と1人の男の子がクリスの衣装に惹かれて、やってきたのだ。
「おにいさん、ゆうしゃなの?」
勇者ではなく、ただの親衛隊だ。そう答えようとしたが、それよりも前に後ろにいたエマが勝手に答えた。
「そう!この方は囚われのお姫様を探す勇者サマなのデスよ!」
勝手に設定を作るな!あながち間違いではないけど!
すると男の子は目を輝かせながらもう一度「かっこいい!」と叫んだ。
「あ、ありがとう少年よ」
クリスはしゃがんで男の子と視線を合わせると素直にお礼を言うことにした。
「おひめさまならスカイツリーでみたよ?」
「本当か!?」
男の子の言葉にクリスは驚愕した。
「スカイツリーというのは…?」
男の子が真っ直ぐに遠くにそびえる巨大な塔を指さす。
「ま、まさか……」
「お姫様はきっとあの塔を支配する魔王に捕らえられているのデスよ!」
とエマ。
「魔王だと!?」
古い本で読んだことがある、クリスの世界にはその昔、魔王と名乗る強大な存在が支配していたこともあったらしい。なるほど、確かにこの奇妙極まりない世界であれば、伝説の存在である魔王がいてもおかしくないだろう。
しかしそのような強大な存在にクリスが挑んで敵うのだろうか?まずはこの世界に転移してきたレーネやカスミと合流すべきでは…?
悩むクリスにエマが声をかける。
「そうと決まれば乗り込むわヨ!」
「いやしかし…」
「お姫様を助けたいんでしょう?やるしかないわヨ!」
エマは強い口調で言う。……こいつの前ではもはやクリスはどんな困難にも立ち向かう勇ましき勇者を演じなくてはならないらしい。
「じゃあいくか……」
「いざ、魔王城へー!」
エマはクリスの手を引いて元気よく歩き出した。
後ろで男の子が「ゆうしゃのおにいさんおねえさんがんばってー!」と手を振っていたが、男の子を追いかけてきた母親に「こうくん!ああいう人達に関わっちゃだめ!」と厳しく叱られている。
クリスとしては大変遺憾だ。主にエマのせいだとは思うが……
こうして奇妙な魔王討伐の旅が始まるのだった。
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魔王が住むというスカイツリーの真下まで来たクリスはまたもや驚愕した。エマに案内されながら〝バス〟とかいう風呂みたいな名前の鉄の馬車に乗ったりしながら随分と移動してきたと思ったら、スカイツリーは想像を絶する大きさのシロモノだったのだ。
もちろんエルブラン公国にはこのような建造物はない。いや、エルブラン公国のどのような魔法を駆使してもこのようなバカ高い建造物は作れないだろう。まさに魔王の城とでも言うべきだろうか。
しかも、さらに驚いたことに、スカイツリーの中にはエマがなにやら入場券のようなものを買っただけですんなりと入ることが出来たし、スカイツリーを訪れている庶民も多いようだった。さすがは魔王、余裕の表れだろうか?
そんなこんなで、大した抵抗もなく、また、モンスターに遭遇することも無く、2人はスカイツリーの最上階であるテンボウダイに到着することができた。
エレベーターというものに乗ってテンボウダイに登る時だけ、魔王の呪いと思しき攻撃を受けて耳が痛くなったのには肝が冷えたが、幸いなことに、唾を飲み込むというエマ直伝の解呪を行ったのですぐに治った。さすがはエマだ。きっと魔王と何度もやり合うような猛者に違いない。よく分からないが頼りになるやつだ。
テンボウダイもやはり庶民で溢れかえっており、魔王らしきものの姿は見えない。きっと姿を隠しているのだろう。いざとなったらここにいる庶民を生贄に悪魔でも召喚してくるかもしれない。用心に越したことはない。
「魔王は……どこにいるのだろうか?」
「うーん、もうここにはいないのかも?」
「なんだと!?」
「だってほら、男の子がお姫様をここで見てから時間が経ってるでしょ?もうどこかへ移動しちゃった後っていう可能性が高いワ」
いやそうかもしれないが、だとしたら無駄足だったということか?
「それよりも面白いものを見つけたんだケド。これもしかしてフブキちゃんの探しているお姫様じゃない?」
クリスはもちろんフブキではないし、それをいちいち訂正しているとめんどくさいのでスルーするが、エマは何やら黒い小さな板のようなもの(スマホというらしい)を見せてくる。
興味の対象がコロコロ変わるなこいつは……とか思いながらそこに映っている映像を見たクリスは、本日3度目の驚愕をした。
なんとそこには気絶したアイリ姫を抱える兵士の姿が映っていたのだ!
次回はいよいよ攫われたアイリ姫の救出回です。リュウジたちはどんな突飛な方法でお姫様を救出するのか、お楽しみに!




