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紫陽花ノ恋  作者: マヤノ
13/20

十二

 どうやって、彼女の興味を他に持っていけるか考えてもいい案は浮かんでこない。立花のことを教えるだけでいいのに、それだけはいやだった。


 あとで巻き込まれる恋愛のごたごたに巻き込まれたくないからなのか。何か他にも自分では気付いていない理由があるのか。そんなこと、ちっともわからないのに、まゆみの質問に答えたくはない。


「もう、なんなの。教えてくれるだけでいいのに! じっくり見たわけじゃないけど、理沙にはもったいないんだから」


 最後の締めくくりは、まゆみ以外にも言われた経験がある。一目惚れか、ぱっと見ただけでこれほど文句を口にするのなら、実際に会ったらどうなるのだろうか。それにしても、彼女のことだから男性をアクセサリーにしか考えてないだろう。それから、プライドのため。


 見た目の可愛さと立ち回りのうまさ、女性としてのテクニックみたいなもので、異性を落としている。会社では、主に噂を知らない男性と新入社員が餌食になる。他に狙われるのは社外だ。


 私に両手に花なんていうけれど、いろんな相手と付き合うまゆみの場合は花束だろう。大量の花を抱える見た目重視の彼女には、きちんとした好みがあるかな。


私なら、好きな花だけあればいい。浮かんだのは、私が好きな、梅雨を代表する花。忘れることなんてできない光景と、綺麗な色の紫陽花。


「両手に花なんて持ってないし、無理なものは無理」


 浮かんだ花を脳裏から消して、私はまっすぐに彼女の目を見た。立花にまゆみを会わせたくない。彼が浮気相手としてまゆみと付き合うのは許せないだろう。


 理由はわからないけれど、二人が並んでいる風景を想像したらすごく腹が立った。彼女さんにまゆみがなると決まっているわけでもないのに、いやなものはいやだ。


「理沙がそんなに冷たくて意地悪なんて知らなかった。もう友達じゃない。飲み会にも誘ってあげないから」


 言われた内容にびっくりして、瞬きしてしまった。聞き返しそうになってしまうくらい、彼女の発言には驚いた。あまりにも勝手な言い分に、呆れ果ててしまう。まゆみに向ける言葉が思い浮かばない。


 言ってはなんだけど、まゆみよりも友人の数は多い。立花に惹かれ、暴言を吐くような人物と仲良くなんてしたくない。


 同期の彼女と飲みに行くのは楽しかった。狙った獲物に向かうその姿勢は呆れと一種の感心を感じるものがあった。恋愛のことばかり話にするまゆみの会話は、意外と面白かった。自分に直接害がないのなら、それはまるで何かのドラマみたいな複雑で、ちょっとした好奇心を刺激する恋愛話だったのだ。


 はじめに彼女が友達になろう、と声をかけてきた。思い返せば、同性の友達を作るのがすごく下手な彼女にとって、恋愛事情に口出しせず、妬んだり羨んだりしない私は都合がよかったのだろう。


 でも、それも終わりだ。


 友人といえる枠組みにいたまゆみはもういない。関係が浅かったとしても、私のことを友達だと言ってくれた女性はいなくなったのだ。目の前にいるのは、ただ私を妬み、傷つける存在。


「いいよ、別に」


 元から私のことを取り巻きみたいに扱おうとしていたし、私より自分の方が上のレベルだと口にしたことのあるまゆみだ。友達といっても、知り合い以上友人未満とも表現できる彼女と、友人の縁を切ることに躊躇いはない。


 友達なのに自分の恋愛を手伝ってくれないひどい人物とか、被害妄想的な感じで裏切られたとか思っていそう……。普通に恋愛のライバルとか、獲物を手に入れるために蹴り落とす相手と思われるより面倒なことになりそうだ。


 付き合いの浅かった元友人を見ていると、中学からずっと仲のいい親友であるしおりに会いたくなった。そうだ、後でメールしよう。


「なによ、写真を見せてくれるだけでいいって言ってるのに……ちょっとあの人を紹介して欲しいだけなのに」


 顔を怒りで真っ赤にさせたまゆみが、お味噌汁の入ったお椀を掴む。あまりにもあっさりと、私が返事をしたことに怒りに震える彼女はぶつぶつと文句を口にし続けている。


「え……?」


 不穏な空気に私は頬を引きつらせた。まさか、それを投げつける気じゃないだろうか。さすがにしないと思うけれど――そう願いを込めた私が馬鹿だった。


 彼女は怒りで周りのことも、行動した後のことも考えずに中身を私にぶちまけようとする。避けようと思ったところで、避けられるはずがない。


 替えの服を持ってくればよかったという考えが浮かびながら、反射的に瞳を閉じた。


 助けを求めても、都合良くヒーローは現れない。例え、一回くらいヒーローが現れても、何度もタイミングよく救ってはもらえないのだ。だから、まゆみの行動は止まることを知らず、被害に遭う人がいる。


「…………?」


 いつまで経ってもかかることがなくて、そっと目を開けば、黒色の上着があった。


 目の前にある上着にお味噌汁がかかり、私のところまで飛んでこなかったのだろう。まゆみが半分以上、すでに食べていたから被害は少ない。


「何をやっているんですか、下園しもぞのさん。いくら人目のない場所だといっても、噂になりますよ」


 汚れた上着に重い溜息を吐いた彼は、厳しい非難の目を向ける。


「宮部には関係ないでしょ」


「確かに関係ありません。下園さんの評価が悪くなろうと、見知らぬ人が被害に遭おうと、俺は気にしませんよ」


「それなら……」


 ちらりと私を見つめて、宮部くんはまゆみの言葉を遮った。


「俺の教育係をしてくれた先輩である佐川さんが関係しているなら、口出しくらいしますよ」


「なんだ。理沙ってば、彼氏にあの人、それに宮部まで――意外と私と似てるんだ。私にあの人くらい譲ってくれてもいいじゃない」


 妙な誤解を受けている。私の恋愛模様は、他の人とだいぶ違う形をしているけれど、まゆみと同じような二股とかそういう形はしていない。


「譲る、譲らないを私が決めることはできないし、まゆみと私の恋愛の形は違うよ」


「言葉ではなんとでも言えるよ。うまくやれば、いくらでも付き合える。だから、私は格好良い知り合いが多いの」


 自慢げに笑うまゆみは、可愛らしい見た目を裏切り、可愛さが半減していた。


「先輩、お弁当は食べ終わっているんですよね? 行きましょう」


 これ以上聞く必要はない、と宮部くんはまゆみの存在を無視する。私も彼女のことを無視するつもりなんてなかったけれど、それよりも気になることがある。


「食べ終わっているけど、宮部くんの上着……」


 はっとして彼の上着を見た。いくらほとんど食べられて中身が減っていたとしても、水ではなくお味噌汁だ。申し訳なくなる私に、宮部くんは「気にしないでください」と笑った。

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