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女神様!異世界転生の特典が特売のチラシなんですけど!?  作者: マトンさん


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32/32

第三十二話 騎士団の兄から、妹の結婚相手に会いたいという手紙が届きました

 朝食の洗い物が終わった頃、玄関に一通の手紙が届いた。


 差出人の名前を見たロイが、目を丸くした。

「アルフ兄ちゃんからだ!」

「えっ。兄貴から?」

 居間でお茶を飲んでいたリディアが、湯のみを落としかけた。

 ロイが封を切り、声に出して読む。


『妹の結婚相手を、この目で確かめたい。王都での合同訓練の帰りに、ペイペへ寄る。三日後に訪ねる。アルフ』


 居間に、沈黙が落ちた。

「……結婚相手って」

「リディア、これはどこから漏れたんですかね?」

「……父さんだ」

 リディアが絶望した顔で言った。

「絶対に父さんだ。あの人は、うれしいことを黙っていられない。私たちが帰った後すぐに手紙を出したのだろう」

「アルフさんのいる騎士団は、王都との連絡も密に取っているからな」

 カイルが詳しく答えてくれた。この人は、細かいことに詳しい。

「それで、アルフさんというのはどんな方ですか?」

「立派な騎士だ」

 リディアが下を向いたまま答えた。

「剣の腕もよくて頭も切れる。領都の騎士団でも期待されている」

「すごい人なんですね」

「ただし、私とロイのことになると、駄目になる」

「駄目になる?」

「……かわいがりすぎるのだ」

 ロイが苦笑いした。

「アルフ兄ちゃんはやさしいですよ。でも、姉ちゃんが鳥につつかれたとき鳥の群れに丸ごと斬りかかったことがあるんです」

「鳥の群れに?」

「はい。鳥が悪いと言い張って」

 フィーナが笑いをこらえている。

「それは立派なシスコンね」

「シスコンと言うな!」

 リディアが叫んだが、否定はしなかった。


 その夜、俺はリディアとロイを居間に集めた。

「アルフさんにはブレディアさんのことを伝えていませんよね?」

「ああ。兄貴にはまだだな」

「お兄さんは騎士ですよね。領主の命令で動く立場の人にこの秘密を知らせるのはまだ早いと思うんです」

「そうだな。兄貴は口は堅いが真面目すぎる。報告が必要だと思えば迷わず報告する」

「なので、三日後はテレビは電源を落とし、写真立ては伏せます」

 ロイがびくりと肩を震わせた。

「おれの部屋のもですか?」

「すみません。一日だけです」

「……はい。一日だけなら」

 ロイがしぶしぶうなずいた。毎朝の祈りを欠かさない子にとって、これは苦渋の決断に違いない。


 そして、ブレディア本人への伝え方だ。

 俺は写真立てを戻し、電源を付けたテレビの前でゆっくりと言った。

「ブレディアさん、三日後なんですが、お客さんが来るので一日だけ通話をお休みしますね」

 ぶうぅん。

『えー!どうしてですかぁ!』

「お客さんが来るからです!」

『でもぉ、あたしはぁ、いつもこの家にいるじゃないですかぁ?』

「そのお客さんは初めて来る方なんです。一日だけですから、お願いします!」

『……その代わり、唐揚げとコーラを用意してくださいねぇ~!!』

「終わったら、ですからね」

『約束ですよぉ!』

 画面が暗くなった。

 これで一件落着。しかも、理由は詳しく説明していない。この女神は食べ物の約束さえあれば、細かいことは気にしない。

 ……はずだった。


 三日後。

 テレビは電源を落として布をかけ、写真立ては棚の奥で伏せてある。

 ロイの部屋の小さなテレビも同じだ。

 神界通話は、念のためもう一度着信拒否にした。

 玄関を開けると、馬に乗った一人の騎士が立っていた。

 金髪をきれいに整え、白いマントを羽織っている。

 背が高く、表情は引き締まっている。目元はリディアにそっくりだ。

 二十五歳のエリート騎士という印象だった。


「……君が、コータ殿か」

「はい。初めまして。アルフさんですね」

「うむ」


 アルフは馬から降りると、俺を頭から足までゆっくりと見た。

 長い沈黙。

 この人も、ガイゼルと同じ見方をする。血縁はこういうところが似るらしい。


 そのとき、庭の奥から足音が駆けてきた。

「兄貴!」

「アルフ兄ちゃん!」

 リディアとロイが同時に飛び出してきた。

 その瞬間、エリート騎士の顔が崩れた。

「リディアアアア!!ロイイイイ!!」

 騎士は手綱を放して両腕を広げ、二人をまとめて抱き上げた。

「ははは!!元気そうだ!!飯は食べているか?変な虫はついていないか?」

「虫はついていない!下ろせ兄貴!」

「アルフ兄ちゃん、くるしい!」

「大きくなったな。特にロイ、俺に負けないくらい背が伸びた。この前会ったのは半年前なのに、どうしてこんなに大きくなったんだ!」

 甘い。とても甘い。ガイゼルの言ったとおりだ。


 俺は一歩引いて、その光景を眺めた。このあとが思いやられる。

「……ところで」

 アルフが二人を抱えたまま俺を見た。

 さっきまでの甘い表情は消えている。目が再び鋭くなっていた。

「父から手紙をもらった。『うちの娘にようやく結婚相手ができた』と」

「……はい」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!まだコータと結婚するのが決まったわけじゃない!」

 リディアが慌てて声を上げた。

「まだ、だと?」

「まだ予約というか……私たちはまだ付き合ってもいないんだ!」

「……ほう」

 アルフの視線が、再び俺に向けられた。

「兄として、この目で確かめる。話を聞かせてもらおう」


 居間のテーブルを挟んで、アルフと向かい合った。

 リディアはアルフの隣に座らされている。

 ロイは反対側でちょこんと俺の隣に座った。アルフはそれを一瞬だけ悲しそうに見た。

「……ロイ。お前、どうしてそっちに座っている?」

「え?だって、コータさんはおれの師匠ですから」

「師匠だと?」

「師匠と呼ぶのはやめろと言っていますが、まあ一応師匠ですね……」

「……師匠」

 アルフの手が、わずかに震えた。


 リディアも、妹の顔で小さく言った。

「……兄貴。それは、その、コータは悪い人じゃなくて」

「わかっている」

「えっ」

「悪い人間だとは、まだ言っていない」

 アルフはゆっくりと言った。

「だが、料理番というのは人の胃袋を握る職だ。胃袋を握れば、人の心も握れる。そういう手口があるのを、俺は知っている」

「手口ですか?」

「そうだ。今日はそれを見極めに来た」

 この人は、本気でそう思っている。

 妹と弟が、コータという得体の知れない男に騙されている。そう確信している目だ。

「……わかりました。では、お茶とお食事をご用意します」

「毒でも盛る気か?」

「盛りませんよ!」


 最初に出したのは、ロイの卵焼きとおにぎりだった。

 ロイは緊張で手を震わせながら、皿をテーブルに置いた。

「ど、どうぞ。おれが作りました」

「お前が?」

 アルフの目が丸くなった。

 黄金色の卵焼き。形よく握られた三角のおにぎり。

 そっとフォークを伸ばし、卵焼きを一切れ口へ運ぶ。

「…………」

「どうですか、兄ちゃん」

「……うまい」

 アルフの目に、涙が浮かんでいた。

「ロイ、お前、こんなものを自分で作れるようになったのか。あの小さかったロイが。卵を割るのに手をあちこち切っていたロイが……」

「兄ちゃん、おれ、おととしも手は切ってないよ?」

「そうか。そうか……!」

 アルフは目元を押さえた。

 そして、ハッと顔を上げた。

「……いや、騙されるものか!」

「はい?」

「これはロイの腕だ。この男の腕ではない!ロイをここまで育てたのは、この男かもしれんが、立派なのはロイだということだ!」

「あの、ロイが立派なのは承知しております」

「騙されないぞ!お前は、俺の可愛い妹と弟を騙しているのだろう!認めない!俺は認めないぞ!」

「兄貴、誰も騙されてないって」

「騙されている者はみんなそう言うのだ!」

 どうやら、この空気はすんなりとは変わりそうにない。


 俺は立ち上がった。

「わかりました。では、最後の手段を出します」

「最後の手段だと?」

「はい。最終奥義です」

 台所で専用冷蔵庫を展開した。

 今朝のチラシを開いて迷わず購入する。


【スーパー・マル得 唐揚げ・チキン祭り特売!】


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 鶏もも肉1kg 698円

 唐揚げ粉2袋入り 198円

 レモン 三個入り 198円

 コーラ1.5L 158円


 ━━━━━━━━━━━━━━


 鶏肉に下味をつけ、粉をまぶして高温の油へ。

 じゅわあああ。

 おなじみの音と香りが、台所から居間へ流れていく。

「……この匂いは」

 アルフがぶるりと顔を上げた。

 黄金色に揚がった唐揚げを山盛りにして運ぶ。

 レモンを添えて、大皿をテーブルの中央へ置く。

 それから、冷えたコーラをグラスに注いで、アルフの前へ置いた。

「どうぞ。最終奥義です」

「……この黒い水は、何だ」

「コーラです。吹きこぼさないように、ゆっくり飲んでください」

 アルフは唾を飲み込み唐揚げへ手を伸ばした。


 ひと口。

 さくっ。

 衣が砕ける音がした。

 じゅわっ。

 肉汁が口の中で弾ける。


「…………」

 アルフの動きが完全に止まった。

 そのままコーラに口をつける。こく、こく、こく。

「……ぷはぁ」

「どうですか?」

「……信じられん。こんなものがこの世にあるのか」

 アルフは唐揚げをもう一つ取って黙って食べた。もう一つ。さらにもう一つ。

 リディアとロイが息をこらして見守っている。

 五つ目を食べ終えて、アルフはゆっくりと箸を置いた。

 そして、低い声で言った。

「……わかった。この男は、確かに料理の腕がある」

「ありがとうございます」

「だが」

 アルフの目が、再び鋭くなった。

「それとこれとは別の話だ。こんなうまいものを毎日食べさせられていれば人は誰でも心を奪われる。妹や弟が騙されているという疑いはまだ晴れん」

「厨房の実力と疑いを切り離されましたね」

「当然だ」

 この男、想像以上に手強い。

 俺は少しだけ負けそうになった。

「……どうしたら、認めていただけますか?」

「認めない」

「理由を教えていただければ、改善しますので」

「理由は――」

 アルフが口を開いたときだった。


 その胸元で、小さな光がぴかりと明滅した。


『……いい匂いがしますぅ……』


「…………?」

 アルフが、自分の胸を見下ろした。

 首からかけた鎖の先に、小さな金色のペンダントが揺れている。それが、淡い光を放っていた。

『これはぁ、唐揚げとコーラの匂いですぅ……どうして、もう始めてるんですかぁ……???』

「……」

「……」

「……」

 リディアとロイと俺が、同時にアルフの胸元を見た。

 重大な見落としがあった。

 テレビと写真立てを伏せても、着信拒否をしても。

 この駄女神には、アルフというもう一つの入口があった。

 アルフが、震える手でペンダントを持ち上げた。

 小さな蓋が開く。ロケットだった。


 中には、小さな肖像画が入っていた。

 金色の長い髪に、慈愛に満ちた微笑み。うっとりするような美貌。この家の棚にある肖像画とも、大神殿の像とも同じくらい、盛大に美化された肖像画だ。

 その肖像画がぴかぴかと光っている。

『もぉ、オトクくぅん!!盛大に美化とは失礼ですよぉ!!本物と瓜二つですよぉ!!』

「………………ぶ、」

 アルフの目が、大きく見開かれた。

「ブ、ブレディア様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 騎士は椅子から崩れ落ち、床に額を打ちつけた。

『あらぁ。こんにちはぁ。いつも朝のお祈りをありがとうございますぅ、アルフくん』

「もっ、もったいないお言葉を!!」

 ロケットの中で、女神がにこにこと手を振っている。

 こちらを見ているのかどうかは分からない。だが、声ははっきりと聞こえる。

『でもぉ、オトクくん、ひどいですよぉ!!着信拒否なんてして、テレビも伏せちゃってぇ!!』

「……ですから、一日だけとお願いしていましたよね?」

『でもぉ、ここからなら届くんですよぉ!!このロケットは、あたしのとっておきの直通回線なのですよぉ』


 アルフは床に額をつけたまま、ぷるぷると震えている。

「……一体、このペンダントを十年間身につけていましたが、お声を聞いたことは一度もありませんでした」

『そうですねぇ。アルフくんは真面目すぎて、あたしが話しかける隙がなかったんですよぉ。今日は唐揚げの匂いに負けて、つい……』

「……」

「つい、ですか」

『ついですぅ!!』

 この女神は、食べ物の匂いにつられて人間の首飾りにだって飛び込む。

 アルフが床から起き上がるまでしばらくかかった。

 今は椅子に正座して、ロケットを両手で捧げ持っている。

「では、理解しました。このコータ殿は、女神様と直接縁のある、特別な方なのですね」

『いいえぇ。オトクくんは、あたしの御使いですぅ!!』

「御使い……」

 アルフが息をのんだ。

「……御使い様だとは、なんとも失礼を。俺は、女神様の御使いを疑っていたというのか」

「いや、そこまで大げさな話では」

「大げさに言わせていただきます!!」


 アルフは立ち上がった。

 金髪を整え、背筋を伸ばして、しっかりと俺を見つめる。

 さっきまでの鋭い目ではない。一人の騎士としての、真剣な目だ。

「もちろん、認めるよ!」

「えっ!?」

「女神様の御使い様が、妹を幸せにしてくれるというのだ。この上ない幸せだ。さっきは失礼した。この通りだ」

 騎士は、深く頭を下げた。

 それから、満面の笑みで顔を上げた。


「女神様の御使いの、可愛い弟ができたぞ〜!」


「「「弟!?」」」

 三人の声がそろった。

「兄貴、弟って、それはコータが、私の、その……」

「兄の妹の結婚相手、すなわち義弟、弟だろう?」

「ですから、まだ予約の段階で!」

「予約でも、弟だ!コータ、いや、これからは弟よ、よろしく頼むぞ!」

 アルフは俺の手をぶんぶんと振った。力が強い。腕が抜けそうだ。

 ロイが目を輝かせている。

「やった、おにいさんが二人になる!」

「ロイ、その言い方は、誇張が過ぎるぞ!!」

『おめでとぉぉぉ!またお祝いですねぇぇぇ!』

 アルフの胸のロケットから、女神が家中に響く声で叫んでいた。

『では、さっそくぅ!唐揚げとコーラをこちらにもお供えしてくださいねぇ!約束ですよぉ!』

「……はいはい」

 俺は、さらに混乱を招くかどうか迷った。だが、結局、唐揚げを皿に盛って、コーラをグラスに注ぎ、電源を付けたテレビの前へ置いた。

 光に包まれて、すうっと消える。

『うまぁぁぁぁぁい!!! サクッとして、ジュワっとして、しゅわしゅわコーラが小腹にしみるぅ!!』

「……肉体に効くのですか。女神様?」

『ねぇ、アルフくん。そのロケットにも毎日お供え物を置いてくれていれば、もっと早く話せんですよぉ!!』

「す、すぐに毎日お供えいたします!御使い様、お願いです。唐揚げの作り方を!」

「まず今日は、食べてからにしましょう」

 リディアが耳から首まで真っ赤になって、ぶすっと膝を抱えた。

「……兄貴が、コータを弟と呼ぶなんて」

「姉ちゃん、よかったね」

 ロイが小さく、でも嬉しそうに笑った。


 その後。

 アルフは一日中、俺の肩を叩き、唐揚げを食べ、テレビに映る女神様に向かって祈り続けた。

 ブレディアは、その間ずっと、唐揚げとコーラを要求し続けた。


 こうして、リディアの兄は俺のことを「女神様の御使い」と認め、なぜか自分の弟にまでしてしまった。


 次回予告

 第三十三話 領都の騎士が、三日間コータの家に居座ることになりました

 弟と呼ばれてしまった。しかも、兄は本気だ。

「この家に、しばらく泊まらせてもらう」

「えっ、しばらくって」

「三日だ。妹と弟の日常を、しっかりと見させてもらう」

 ――朝食は戦場。そして、戦場に騎士が一人、加わる。

こまでお読みいただきありがとうございます!

今回は、リディアの兄アルフが登場しました。妹と弟を溺愛する立派な、そして少し残念な騎士です。

ロイの卵焼きとおにぎりで突破口が開き、最終奥義の唐揚げとコーラでも落とせず、最後に決め手を放ったのは、やはりあのお方でした。

よろしければブックマークや評価、感想などで応援していただけるとうれしいです!


※ブレディア様へのお供え物は任意です。

 ……唐揚げのお供えには、ビールよりもコーラのほうがお好みだそうです。

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