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18 なおさわだらn

「なおさわだらn」


 食事は立食形式ではあったものの、オードブル、スープ、魚、肉、デザートに分かれており、また、主税が冒頭で言っていたように有情が好んで食したという食べ物も並んでいた。


 食事が始まりめいめいがプレートに好みの食べ物を乗せ、また自分のテーブルに戻っていくという立食では当たり前の光景が広がった。有情の好んだ食べ物のコーナーは興味で近づく人たちはそれなりにいたが、うなぎと、ウニのいくら和え以外、実際にプレートに取るものは少なかった。


 湊川はそのコーナーでヒレ肉のステーキとロティを選んで食べてみた。ロティは初めからレシピを伝えてあったので、その再現率は高かった。また、赤身は塊肉の表面を軽く焼き、焼けた部分を綺麗に削ぎ落とし、まるで生肉が並んでいるようだった。表面を加熱し、それを落として薄切りにするとどうしても肉汁が出てしまうが、調理が良いせいかそれもほとんど見られなかった。トングで二、三切れ皿に取った。


「ああ、こんなもんばっかり食べてたなぁ」


後ろで美和子の声がした。


湊川は振り返り


「ええ、いつも。焼きすぎると必ず文句を言っていました。でも、この鮮度で輸入することに着目することで、より良い肉類を輸入することができました。と言っても冷凍、冷蔵技術の進歩に負う部分も大きいですが」


「私はええわ、向こうの普通に焼いた肉いただくわ。ロティもあきたし」


「香澄、あっちで美味しそうなもん探そ」


そう言って制服姿の女性を促した。


 香澄は今ひとつパッとしない表情でうなぎとウニのいくら和えを眺めていた。湊川は料理人にウニだけをグラスに入れ、うなぎは頭側三分の一を切り取って炙り直すように伝えた。


「はい、香澄ちゃん。どうぞ」


香澄は満足そうにプレートを受け取った。


 そこへ主税が近づいて来た。


「美和子さん、ちょっとええですか?」


「どうしたん、主税君。まだなんも食事よそてないんやけど」


「いや、ややこし話しちゃいますねん。最近、なんかN国で変わったことありませんでしたか?」


「なんでやの?」


「いや、ちょうこれ見てください。父が残した文字なんですけど」


「辞世の句の話かいな」


「いやそれは誰が見ても辞世の句なんですけど、そのほかにもう一行ありますねん。初めはなんのことや全く分からんかったんですけど、本人と母に確認したら今際の際の人はこういう文章書くんやそうですわ。それで「奈央が騒いだらn」やいうことが大体分かったんですわ」


「奈央、ああ、キジ狩りの奈央ちゃんやな。その人に関してはだいぶ前にええオペ看が見つかったいうて聞いて以来、射撃の話とごく最近のキジ狩りの話しか聞いてないなぁ」


「いや、文脈から見てこれが奈央本人に宛てたメッセージやないですやろから、奈央は関係ないんですわ。ただ、この最後のnだけがどないしてもN国以外に思いつきませんねん。そいでお尋ねしてみましてん」


「N国いうたら私の名前でちょっと前に南の方に農場を買うたぐらいしか思い当たらんわ。ずっと前から最低限、永住権がなかったら土地買われへんようになったからな。まぁ、場所にもよるんやけど。確かにその農場買うてからは前よりはあの人がN国にくる頻度が増えはしたけど。その農場も元々はれなさんがどうせやったら自分とこで羊やら牛やら育てた方が輸入量と品質の調節がしやすいいうて始めたことやから、私は詳しい内情までは分からへん、れなさんに聞いた方がええんやないか。れなさん、どうなん?」


「確かに六年前からCCからちょっと離れた田舎町のはずれのThree Pines Station & Vineyardっていうところから仕入れはしてます。最初は品質が不安定でしたけど、最近は安定して来てます。ただ、私は仕入れだけなんで、そこの管理者以外はあまりよく知りません。現地の人ですよ。葡萄園の管理だけは崎岡さんがしてるようですから、崎岡さんに聞いた方がよくわかるかもしれません。何度か行ったことはありますけど、うちのバイヤーと行っただけで先生と一緒に行ったことはありません。ファームハウスで二、三回会ったことはあります。綺麗なところやろっていうて自慢してました。夕食に誘われましたけど、私もほかに行かなあかんところがあって、残念でしたがお断りしました。一回は遠くで発砲音を聞いただけです」


「引退したら静かなところで暮らしたいとはいうてたからな。崎岡さんに聞いてみて」


「そうですか。わかりました。崎岡に聞いてみますわ」


 主税は崎岡を探し、農場のことを聞いてみた。


「確かに初期の頃、六、七年くらい前です、ワイン生産用のブドウを植えました。確かソビニオン・ブランだけを植えた記憶があります。順調に育って三、四年前に醸造施設も建てました。私も自分の葡萄園があるし、そう頻繁に現地に行けるわけではないので、日常の管理は地元の技術者に任せています。葡萄園の他に牧羊地と牛舎があります。先生は初めの頃は牛を飼うと牧場が汚れるという理由で嫌がっていました。牛は放牧地を限定し、出荷後にその代の放牧地は一度綺麗にしてから、しばらく間を置いて、再度牛の放牧に使うということで、納得したようです。そもそも、牛は日本で行われているのと同様の方法で飼育、出荷しているのでそれほど放牧地を汚すわけではありませんし。飼育しているのは全て和牛です。そのあたりはれなさんと取り決めをしていると思います。これも現地の人を雇っています。先生自身がするのは葡萄園の管理、手入れの一部です。ファームハウスの設計は江川がしました。放牧地の奥の方に射撃場があります。これも江川の設計で鉛の銃弾が周囲を汚染しないように配慮されています。敷地の中に灌漑用水路が流れていて、夏場にはマスが釣れます。まぁ、こんな感じですかね」


「そんな牧場自体の概要はええわ。誰かとそこにおったいうことはないか?」


「れなさんがごくたまに来るのは知っていますが、他に誰かと一緒にいてるところは見たことがありません。先生がいたときは射撃をしているか、釣りをしているか、葡萄園を荒らす小動物を撃ってるぐらいでした」


「一人でか?」


「そうです、一人でです」


「いや、それは考え難い。父親が一人で、しかも周りにあんまり知らん人を置いて、隠遁生活をするとは思えん。少なくとも使用人を管理する腹心がそばにおらん限りはな。しかも、れなさんの要求を満たすだけの「商品」を作るとなるとそれなりの努力が必要になってくる。そんな努力をするぐらいやったら土地だけを買うてそこで一人で過ごしてるだけで十分な人や。農場で利益を上げる必要性はない。誰かを呼ぶとかいうてなかったか?」


「いや、聞いたことはありません。一人で結構楽しんでいるようでしたよ。強いていえば農場の名前がThree Pines Stationになっていることです。農場の中に三本の松があるようなところはありません。私見になりますが、もしかしたら引退後に三木さんを呼ぼうとしていたのかもしれません」


「農場の名前が元々、その名前やったいうことはないか?」


「多分ないと思います。老夫婦が経営していた農場で後継者がいないからと売りに出されていたと聞いています。私が初めて行った時には真新しい看板が上がっていました。しかもその時には葡萄園はありませんでした。Vineyardとついている限りはそこに少なくとも葡萄園は必要です。あの農場はほぼ完成してるとはいえ完璧ではありません。ワインの醸造所は稼働していますが、まだ味が安定しているわけではありません。もちろん、ワインですから葡萄の出来不出来で味は変わります。しかし、商品化するにはもう少しかかると思います」


「父親はそんな気の長い話を実行できるようなタイプやない。いくら奈央と一緒にそこで老後を過ごすつもりでも出来合いの物件を買うて、それで済ますはずや、しかも父親は美和子さんが永住権持ってるから自分も永住権は取れるやろうけど、奈央はビジタービザで入国するはずやから最大限九か月で出国せなあかん。次の九か月は再入国でけへん。そんな不安定でめんどくさいことするわけがない」


「そない言われても私も葡萄園の管理してるだけなんで、細かいバックグラウンドまではわかりませんわ」


「まぁ、そうやな。ありがとう」


 主税は釈然としないまま広尾の所に行き、ここ何年かでN国あての高額な送金はないかと尋ねた。


「N国あての高額な送金は主税さんのお婆様が亡くなられた時に先生が美和子さんに二百万ドル送金してます」


「いやそれはええわ。俺も知ってる。それ以外に百万ドルを超える送金はないか?」


「ないですね。高額の送金となるとそれなりの手続きがいるんで、覚えてないなんてことはないと思います」


「うちからThree Pinesていう会社か口座に送金したことはないか?」


「それは調べてみないと分からないです」


「今すぐ調べてくれ。パソコン持って来てるやろ」


「今ですか?」


「今や」


 広尾はパソコンを取り出し検索した。Three Pinesという会社も口座も取引先になかった。


「ないですね」


「Threeで検索かけてみてくれ」


「Three Cedarsならありますけど、小口ですよ」


「小口てどれくらいや?」


「月に一万ドル以下です。たまに三万とか、五万とかありますけど、年に二、三回です。ただ、十三年ほど前から毎月です」


「送金者は誰や?」


「奈央ちゃんです」


「奈央が?その会社どこにあるんや?」


「N国CCです」


「総額にしたら三百万くらいにはなるな」


「使ってなかったらそれぐらいになりますね」


「ちょっと待っててくれ」


「ええですけど、ご飯食べてて構いませんか?」


「かまん。適当にしといてくれ」


 主税は再度、美和子に話しかけた。


「美和子さん」


「今度はどないしたんや?」


「Three Cedarsいう投資会社かなんかご存知やないですか?」


「あぁ、CCの投資会社やで。長い付き合いや。初めは小口の投資しかせんかったけど、だんだん投資額が増えてきた。ちょっと前まで年間二百万くらい投資してくれてた。有情が農場買うた頃から投資額が急に減った。それでも毎月投資はしてくる」


「会社の持ち主は知ったはりますか?」


「有情が紹介してきた会社やし、農場買ってから投資額が極端に減ったから、有情かその取り巻きやないか。小遣い稼いで農場買ったんやろ。なんでそんなこと聞くんや?死んでしもた人のことほじくり返してもしょうがないやろな」


「農場は今後どうするつもりですか?」


「負債にならへんかったらそのままにしとく。そないせんとれなさんも困るやろしな。ほんまやったら信頼できる管理者を内輪から送り込みたいところや。それこそあのキジ狩りの子なんかどうや。元々は農家の子やろ。ところでさっき言うてたnはなんかわかったんか?」


「あれはやっぱりN国のことですわ。それで件の農場に送り込めいうことや思います」


「ちょうどええがな。私は農場いうんが嫌いやから興味ないし。そもそも名義は私でもお金出したんは私やないしな」


「せやけどビザ取れますやろか?」


「基本的に何か仕事を始めるにしても現地人の雇用が条件になってくるんや。農場には現地の人らがようけおるから、そこは問題ない。せやけど、農業の経験がないからどやろな。こっちで農学部に行くなりしたらいけるかもしれんけど、そうなってくると年齢的に難しなってくる」


「Three Cedarsに送金してたんは、さっき調べてみたら、全部、奈央名義ですねん。投資が成功したいうことになりませんやろか?」


「それは微妙やな。Three Cedarsの名義にもよるし、投資家ビザがないのに投資したいうふうに判断されたらあかんやろけど、もし、少額から始めて財を為す才能があったいうふうにみられたら比較的簡単に降りるやろな」


「農場の管理者として労働ビザは難しいですか?」


「私が雇ういう形にするにしても、なんで現地の人を雇わずに外国人を雇うか、いうことになるねん。募集広告も出さなあかんし。現地の人のな。まぁ、それぐらいはするけど」


「労働ビザが取れたらそのあとはどないなりますんやろか?」


「多分、三年間農場の経営が上向きやったら仮の永住権が取れると思う。すでにれなさんいう大口の顧客がついてるから大丈夫やろ」


「長いですね」


「それは仕方ないわ。せやけど、あくまでも騒いだらやろ。騒がんかったら看護師してる方がええんやないか?」


「その能力が残ってたらそうでしょうね」


「相変わらず主税君は冷たいんか優しいんか分からんな。農場の手助けはできんけど、協力はするわ。Three Cedarsは優良な顧客やしな。まぁ、よしなにしたり」


「拝謝します、美和子さん」


「なんやの、拝謝て。大袈裟やな。主税君も早よご飯食べよ。美味しいもんのうなるで」


主税は一礼してその場を辞した。Three Cedarsに関しては全く不可思議ではあったが、今それに関してはどうしようもなく、三木にしても美和子のいう通り何事も起こさない可能性も多分にあり、杞憂に終わるかもしれない。そう思うと少し気が楽になった。


 三木と蓮水の方を眺めると古参の技師や母親の雪葉と同じ席に座っていて、三木はロティを頬張り、蓮水は生肉をフォークに突き刺して匂いを嗅いでおり、周囲の様子も全く不穏を感じさせるものではなかった。


 食事が終わる頃になると照明が落とされ、有情の小さな頃から学生時代、医師免許取得直後の写真などがスライドショーで映された。ついで利太や主税の小さな頃一緒に写っている写真や香澄が小さい頃の写真もあったが、これらは参加者と直接関係ない頃の写真で、一部興味を示す人たちもいたが、今ひとつ盛り上がりに欠けた。ただ、香澄のE国軍入隊の写真には殆どのものが興味深そうに見入っていた。その後、崎岡や瑠美たちが姿を見せる頃になるとそれぞれのテーブルで歓声や嘆息が聞かれるようになり、歯科治療椅子に、崎岡たちに座らされた有情の姿が映されると関係者は大きな声を出して笑ったりしていた。


 仕事の性質上、有情が実際に手術を行っている写真は二枚しかなかった。一枚は有情が一人で何か作業している写真で、もう一枚はちょうど三木から何かの器具を受け取っているところを写したものだった。主税は三木の様子を見ようとしたが、暗くて見えなかった。特に騒いでいる様子はなさそうだった。それ以外はほとんどが釣りをしていたり、射撃場にいたり、有情が愛したシャーロット、ぽん太、エルケの三頭の大型犬と戯れていたりする写真が主だった。


 射撃場の写真では三木が所持許可を取得して直後に有情から射撃の指導を受けている写真があった。


 スライドショーの終わりの方で蓮水が釣りをしている姿とそれを見て三木が嬉しそうにしている姿を有情が写したものもあった。最後にC国の湖水で有情が釣りをしている写真が映された。小さなボートの上でフライロッドをふり、ラインがきれいに繰り出されループを描いていた。次に湖水に浮かぶ無人のボートが映され、有情の書き留めた辞世の句で終わった。


 スライドショーが終わると周囲が明るくなったが、しばらくは誰も席を立つものはいなかった。しかし、三々五々、参加者たちは飲み物を取りに行き、また席に戻り、有情の思い出話をしているようであった。再度、主税は三木を探したがこの時にはすでに席を離れどこかに行っていた。スライドショーの間、会場が明るくなることはなかったので、会場にはいるはずではあったが、すぐに見つけることはできなかった。


 会場の祭壇には有情の写真と、さすがに実物を置くわけにはいかないので樹脂製の模擬銃が飾られていた。ただ、銃床と先台は単なる木片なので有情が使用していた実物が取り付けてあった。樹脂製とはいえ模擬銃の機関部は湊川がデザインした彫刻が精密に再現されていた。


 三木はスライドショーの途中で祭壇まで行き、その模擬銃を手に取っていたようであり、周囲を三人の警備担当のメンバーが取り囲んでいた。模擬銃であれ会場で振り回されては困ると判断したのであろう。主税は利太に伝え、銃を振り回して暴れることはないのと、大男が三人で三木を取り囲んでいては目立つということで警備担当者を下がらせた。三木は三人が離れてからもその模擬銃を振り回したりするようなことはなかった。三木は機関部を閉じ、誰もいない方に向かって模擬銃を構えたりしていた。そのうち機関部を開き、先台と銃床を見つめ始めた。再度、機関部を閉じ、先台を取り外した。


 三木とて十年以上は猟銃に触れている。先台と銃床が実際に使っていたものであると気づくのにさほど時間はかからなかった。三木はさらに銃身を取り外し壇上に置いた。初めはその先台と銃床を眺めているだけだったが、そのうちそれらを手に取り、胸に抱きしめたり頬に寄せたりし始めた。主税もその程度までは見過ごそうと思ってはいたが、先台にキスを始めた頃から気になり出し、目が離せなくなった。主税は三木の行動に注意しながら蓮水のいる席の方へ近づいて行った。


 その頃には床に座り込み、先台に唇を這わせるようになっており、見かねて蓮水に言った。


「なぁ、莉子ちゃん。ちょっとあれ止めてきてくれへんか?」


「えっ、何を?」


主税は三木の方を指し


「あれやがな」


といった。


 蓮水も相当驚いたようで


「奈央ちゃん、なにしてんの?」


と主税に聞いた。


「見ての通りや。あの模擬銃の木の部分は父親が使うとった本物なんや。それを舐めだしたんや。莉子ちゃんは父親から奈央が非常識なことしだしたら止めるように言われたんやったよな。あれはさすがに非常識や思わんか?見てて気色悪いていうか、そもそもなんていうか、その不衛生や」


「いや、せやけど、あれは有情先生が言うてた非常識とはいささか質が違うような気がするけど」


「とにかく非常識なことには変わりない。莉子ちゃんがそばい行ったら、さすがに舐めるんはやめるやろ」


「それはやめるやろけど、なんて言うたらええんよ」


「俺もすぐに行くから、とりあえずあそこまで行ってや」


「なんでそんな本物をつけたんよ?」


「あの木の部分はごっつ上等な木ぃ使うてて、本物と偽物とでは質感が全然違うんや。だいたい、そんなもん舐めるやつがおるとはふつう想像もせんがな」


 まぁ、せやな、とりあえず行ってくるわ、と言って蓮水は三木のところに小走りで行った。


「ちょっと、奈央ちゃん。何してるんよ?」


三木は先台から唇を離し、蓮水を見た。


「莉子ちゃん、これは先生が長年使ってた銃なんや」


「そうかもしれんけど、そこて、手ぇ添えるとこで舐めるとこやないやん」


「舐めてないよ。軽く口付けしてただけや」


「せやかて、後で使う人がええ気せぇへんやん」


「これは私がもらう」


「それはれなさんが父親の誕生日に送った銃や。先台と銃床だけ持っていかれても困る」


蓮水の後ろから主税が言った。


「奈央にはもう一丁の方をあげるから」


「あれは私とお揃いで買った銃や。国体選手でもないのにおんなじ銃二丁に許可は下りへん。先台と銃床はもらうけど」


「それやったら奈央の銃の先台と銃床は渡してもらわなあかんで」


「自分のを手放すのも惜しいけど、その辺は理解してる」


「ほなまぁ、先台は交換する言うことで、機関部と銃床は銃砲店に預けといてくれ。俺も父親のを持って行くから」


「銃床の交換なら自分でできるで」


「いやぁ、万が一、外れて怪我でもしたらようないし」


「そんな杜撰なことせぇへんわ。まぁ、ええわ。私も持って行っとく」


「ほな、それは元に戻して祭壇に戻してくれるか」


「もうちょっと触っててええか?」


「いや、早々に戻してくれ。股にでも挟まれたらたまらんしな」


「そんなことするか!人を変態みたいに言わんといてくれ」


「いやここで銃の部品を舐め回すのも大概非常識やし、不衛生や」


「先生の銃はそない不衛生やないよ」


「せやない。逆や。奈央が舐め回すんが不衛生なんや」


「失礼やな。ちょっとキスしただけやろ」


「ほな、奈央の先台と銃床もれなさんに舐め回してもろてから付け替えよか」


「いや、そんなことして欲しない」


「お互い様やねんかから、人前であんまり気色悪いことせんといてくれ。さっさと組み直してこい」


「へいへい、わかりました。ほんまに人が感傷に浸ってる時に感じ悪いな」


 三木は祭壇まで行き、丁寧に模擬銃を組み直して銃架に戻し、飾られていた有情の写真に一礼して口紅を引き直した。写真を手に取ると唇のあたりにキスマークをつけ、再度、自分の唇を触ってひらがなで「なお」と書き添えた。


「主税さん、あれはええんか?」


「ん、ああ、まぁ、あれぐらいはええやろ。誰の迷惑にもならんし」


「私からみたら奥さんの前で祭壇の写真にキスマークつける方が非常識に見えるけど」


「奈央が父親のことが好きやったんは美和子さんも、れなさんも含めて、皆知ってることや。あのジャケットかて誰がみても奈央と父親やないか」


「そんなもんかなぁ」


「そら今のご時世に一般的やない。せやけど、父親は昔から女好きなんや。いちいちそんなことで目くじら立てとったらきりないいうことわかってる」


三木が戻って来たら主税が聞いた。


「ところで、奈央。N国のCCにあるThree Cedarsて知ってるか?」


「何それ?三本杉?八本松やったら知ってるで、セノハチの」


「いやいや、セノハチは関係ない。小さい投資会社や」


「N国て行ったことないし、知らんよ」


「その会社に奈央の名前で三百万以上振込があって、その上、その会社が美和子さんの会社に投資して、こらあくまで推定やねんけど、総資産が七百万ぐらいになってるんや」


「なんやそれ。なんか怖いな」


「父親が関わってるようやから、そんな怪しい話やない。その会社がCCから一時間ほどのところに農場を六、七年前買うてな、その農場がれなさんとこの百貨店と大口の取引してるらしいんや」


「そら先生がれなさんと一緒にしてるんやないか?」


「さっきれなさんに確認したけど、取引先でしかない言うんや。農場で父親に会うたことはあるらしいねんけど、それも二、三回で詳しい話も聞けてないらしいんや」


「N国てそんな値段で農場が買えるん?」


蓮水が口を挟んだ。


「え、ああ、七百万ドルや」


「ええ!奈央ちゃん、そんなに貯めてたんやろか」


「そらたまりはするやろ。もう十四年も一緒に仕事してるから。派手な金遣いしてる様子もないしな。ただ、出所が出所やから、確定申告してたとしてもいちどきには簡単に振り込める額やない。十三年にわたって問題にならん額を毎月や」


「有情先生がしてたんやないの?」


「常識的に考えたらそうやけど、父親はそんな気の長いことができる人やないんや。その頃いうたらすみれちゃんが幼稚園に通いだした頃で結構バタバタしてた時期やし、大事にしてたシャーロットいう犬が死んでえらい落ち込んでたらしい。そんな時に長期的な投資や送金を思いつくとは思えん」


主税は蓮水に耳打ちした。


「その頃の奈央は結構太めで、父親の好みとはかけ離れてたんや」


「なんやコソコソと。太めで悪かったな。ちゃんとダイエットしたやないか」


「そらそうやけど、それは奈央が父親と仕事を始めて二、三年してからの話やろ。送金が始まった後やないか。奈央は親御さんに仕送りしとったんか?」


「いや、してない。いくら裕福やないいうても、兄がTo大の農学部でて、後継いでるし、私が仕送りせなあかんほど困ってるわけやない。大体、私がそんなにたくさん仕送りしてたら、なんでそんな金あるんやいうて、余計、ややこしなるやないか」


「それもそうやな。ほな預金は二五ぐらいか」


「せやな、よっぽどのことなかったら給料だけで賄えるから、そんなもんや」


「そないなるとN国に投資家ビザ、申請するいう話も現実的な話になるな」


「なんで私がN国のビザを申請するんや?」


「その辺りがはっきりせんから困ってるんや。奈央、今年中にN国にいっぺん行ってきて、確認して来てくれへんか?チャータージェット使うてええから」


「それはええけど、チャータージェットはええわ。一人で飛行機乗ったら寂しなる。それに一人で行くサイズのジェットやと何回も給油で降りなあかんから時間かかるし」


「そうか、ほな頼むわ。あっ、莉子ちゃんと一緒に行ったらどうや。莉子ちゃん、どうや、一緒に行ったってくれへんか?」


「ええっ、ほんま、私も行ってええの。一緒に行ってもええ、奈央ちゃん?」


「いや、そら一緒に来てくれたら楽しいし、嬉しいんやけど」


「けどなんや、なんか気に入らんことでもあるんか?」


主税が言った。


三木は真顔で聞いた。


「気にいるとか、気に入らんとかいう問題やない。主税さん、正直に答えてや。もし、莉子ちゃんと一緒に行ったとして、莉子ちゃんがまた危険な目に遭う、いうようなことは絶対にないんやな?」


「N国でか。そら海外旅行に行くと付随してくるスリに遭うたり、置き引きの遭うたりするいうような一般的な危険はあるかもしれんけど、それかて他の国に比べて少ないはずや。これは父親の個人的な話や、ファミリーがらみのことで危険な目に遭うことは百パーセントない」


 三木は相好を崩して蓮水を見た。


「莉子ちゃん、大丈夫やて。一緒に行こ。楽しみが出来たわ。あんな、前に先生に聞いたことがあるねんけどな、エア・Nってスカイカウチいう席があるらしいわ。それやとな、三人用の席の足元から台座みたいなんが出てきて、二人でごろ寝していけるらしいで」


「ほんま、どんなんやろ。楽しみやな」


「スカイカウチは知ってるけど、普通にビジネスクラスで行け。なんとのう気色悪い」


「なんでやねん」


三木と蓮水の声がかぶった。


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