第9話 魔界四天王の長、命名する。
掃除とは目に見えないところをするものだ。
特にテーブルの下の埃――。
「ねえ、私たちずっと掃除してない?」
「確かにデジャブだわ。リグ、そっちはどう?」
「綺麗にはなったが、そもそもの造りが古いので限界がある。出来るだけ補強もしたが……」
元冒険者ギルド内、穴が開いていた箇所に板を乗せて杭を打ってみたが、まだボロボロだ。
とはいえ、見栄えは良くなった。
心機一転ということで、もう使わないであろうテーブルや椅子を処分した。
過去の依頼書は捨てるのも申し訳なかったので、棚の奥にしまい込んでいる。
購入した蝋燭を等間隔に飾っていくと、おお! いいじゃないか!
怪しげな雰囲気が出て、まるで魔王様の部屋にそっくりだ!
「まるで吸血鬼の館ね、リグ、趣味が悪いわ」
「なぜだエリアス、お主もこういう部屋が好きだったではないか!」
「女の感性は変わるのよ。ほら、私が色々雑貨屋さんで買ってきたから、これ置いて」
「なんだかファンシーな色合いだな……」
「ふふふ、あなた達まるでカップルね」
結局、エリアスとミルクの意向で、蛍光色の花や香りの良いものを置いた。
壁には絵画が飾られている。
好みとは違うが、これはこれで悪くはない。
「ふむ、まあいいだろう」
「それでどうするの? 今日中に届け出を出さないとダメなんでしょ? 名前は決まったの?」
「それだが、色々考えたのだ。見てくれるか?」
「へえ、見せて」
俺様は、昨日寝ずに考えた冒険者ギルドを遥かに超える名前の羅列を見せた。
「どうだ? いいだろう? 俺様としてはこの④が特に――」
①魔界四天王の長、智謀リグレットのお悩み相談室。
➁魔界四天王の長、智謀リグレットの依頼受け付け室。
③魔界四天王の長、智謀リグレットの何でもござれ。
④魔界四天王の長のちぼ――
「リグ、センスが無さすぎるわ……」
「これはちょっと……ね」
「な、なぜだ!? 何が悪いのだ!?」
すると二人は顔を見合わせて、再び俺様を見る。
「「全部」」
体の力が抜けていく。これが、悲しみ、というやつか……。
「といっても、冒険者ギルドほど馴染む名前ってなかなか思いつかないわよね。魔族ギルド、なんて論理的に難しいだろうし」
「ある程度知名度がある名前のほうが親しみもあっていいだろうけれど……難しいわね」
うんうんと唸る二人だが、俺様は凄く大事なことに気づく。
「というか、なぜ二人が名前を考えているのだ。お前たちには関係ないだろう」
「何を言ってるの? 私もミルも手伝うに決まってるじゃない。今までの依頼をこなすにしても、一人じゃできないでしょ?」
「そ、それもそうだが……本業があるだろう」
「私もエリも仕事では上の立場だからね、そのあたりは要領よくやるわよ。それにオリヴィアさんの話を聞いたら、手伝いたくなるのは当然でしょ」
二人が言っている事は至極真っ当だった。オリヴィアは、名前が変わったとしても冒険者ギルドが存続すること自体がとても嬉しそうだったのだ。その想いは、俺様にもよくわかる。
魔王城が託児所になっていたことはショックだった。だが、今でも存在していること自体が嬉しい。
それと同じ気持ちだろう。
「それもそうか、俺様とあろうことが思慮が足りなかった。ならば改めてお願いしたい。――エリアス、ミルク、俺様と一緒に冒険者ギルドを手伝ってくれないか」
二人は顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべた。
「当たり前よ」「もちろんだわ」
うむ、やはり二人は、笑顔が良く似合う。
◇
「くれぐれも気を付けてくれ」
「いつもありがとねえリグレットさん」
いつもの依頼をこなした後、街中を一人で歩く。
エリアスは仕事のトラブルで呼ばれ、ミルクは用事で城にいる。
活気ある屋台を眺めながら、街人に視線を向けると、魔族の子孫や人間が歩いていた。
「……まだ慣れぬな」
俺様はこの中に上手く溶け込んでいるのだろうか。
魔族と人間、例え80年の間封印されていたとしても、種族の垣根を超えるのは実に難しい。
エリアス曰く、差別は完全になくなってはおらぬとのことだ。
ミルクが外交官として謝罪しておったが、こればかりは難しいだろう。
冒険者、魔族、人間、その架け橋となるべきは、ある意味で冒険者ギルドの役割ではないか、俺様はなぜかそう思い始めていた。
「名か……」
俺様のような上位魔族は、生まれた時から名前を持っている。理由はわからぬが、リグレット、と本能的に刻み込まれているのだ。
それはエリアスも同様で、相応に強い魔力を蓄えている事が多い。
今まで気にしたことはなかったが、何か意味があるのかもしれぬ。
考えれば考えるほど、冒険者ギルドの名が重くのしかかる。
我らが魔族ですらその名は強く刻まれている。
簡単にこれだ、と答えるには重い話だ。
「どうすればいいのだ。――勇者、お前ならどう決める?」
街の一角、とある銅像の前で足を止めた。
以前と変わらぬ姿、聖剣を手に持った勇者の姿が、ここにある。
終結記念、と書かれた文字は如何せん気に食わないが、この姿を見ると落ち着く。
奴なら笑って決めるのだろうか。それとも、俺様と同じで悩むのだろうか。
その時、路地から子供たちの声が聞こえてきた。
いつの世も子供の声は好きだ。
だが……様子が変だな。
「ノロマ、ドジ、魔ヌケ~!」
「ははっ、いこうぜー!」
「魔ヌケ、魔ヌケ!」
四人組、と思ったが、一人がいじめられていた。
「魔ヌケ……?」
人間の子供が去っていく。学校の教材なのだろうか、地面で一人拾い上げているのは――ふむ、魔族の子供か。
「……ぐすん」
「争いごとは泣いても解決せんぞ」
「だ、だれ!?」
見た目は人間だが、魔族の血が通っているのがわかる。その証に、頭に角が生えておる。
俺様にも少しだけ残っているが、子供の場合は成長が不安定なのだろう、少し目立つな。
「魔族の末裔とあろうものが、情けないな」
「……人間のおじさんにはわからないよ!」
「お、おじさん……」
まさかおじさんに思われるとは……。いや、それはまあいい。問題は前者だ。
俺様は前屈みになり、頭を触らせた。すると驚いて声あげる。
「おじさん、魔族なの!? でも、全然見えない……」
「おじさんではなく、お兄さんと呼べ。それに俺様は魔族の中でも混じりけのない魔王直下の四天王の長だ。それゆえに知能が高く、擬態能力にも優れている」
「魔王って、あの陽気なおじいさんの? 僕も託児所に通ってたけど、全然凄くないじゃん!」
「陽気なおじ……いや、魔王様は気高いお人だ。自らの降伏を認め、考えを改める事が出来る素晴らしい人格の持ち主だ。お主と違ってめそめそと負けを認めたりしない。もちろん、俺様もだ」
「そんなこといったって……僕は魔ヌケなんだもん……」
「……魔族は人間よりも崇高な生き物だ。決して魔ヌケではない」
「……ほんと?」
「と、思っていた」
「え?」
その時、なぜか勇者を思い出した。
あいつは言っていた。魔族も人間も変わらぬと、手を取り合えば、素晴らしい世界が出来ると。
ふん、なぜこんな時に……。
「種族は関係ない。優劣などないのだ。お主もあいつらと変わらぬよ。ただ、勇気が足りないだけだ」
「勇気って……だって、怖いんだもん……あいつら、強いし……」
「怖くていい。立ち向かうのだ」
「怖くても……?」
「そうだ。俺様は……ずっと怖かった。遥か昔、1000人の人間とたった一人で対峙した時も、80年封印されていた間も、そして今も。だが前に進むことで、道は開かれるのだ。少年、お主は魔族だ。魔族は生まれながらにして立ち向かう強さを持っている。恐れてもいい、ただ勇気を出せ」
「こわくても……ゆうき……わかった! おじ……おにいちゃん! ボク、頑張るよ! 立ち向かう!」
うむ、いい笑顔だ。少し昔の俺様に似てきたな。ご褒美の、ナデナデだ。
「頑張れ少年、だが暴力はダメだぞ。立ち向かうだけでいい、それでお前の強さが相手にわかるだろう」
「わかった!」
その時、ハッとなる。
そうか、勇者は――魔族は――。
「……少年、礼を言うぞ。名が決まった」
◇
「では承諾しました。後日登記をお送りいたしますので、ご確認ください」
書類を提出した後、満足げに外に出る。
太陽が気持ち良い、最高の気分だ。
横で満足げな顔を浮かべているエリアスとミルクが、俺様に声をかける。
「いい名前だね、きっと喜ぶと思うよ」
「そうだね。今日、みんなで会いに行こうよ」
「そうか、喜んでくれるといいな」
二人は顔を見合わせて、またいつものように笑う。
「よし、これからどんどん依頼を受けられるように頑張るわよ!」
「最初が肝心だっていうしね。どうせだったら目標は高く、冒険者ギルドより有名になりましょう」
「そうだな、まずは新規の依頼を承りたいものだ」
魔族と人間の垣根はまだまだ根強い。
あの少年のような出来事は、大なり小なりオストラバ王国内であると聞いている。
だがその垣根を根絶しようとしていたのは、他でもないオリヴィアだ。
俺様がいつも買い物を届けているおばあさんは魔族だ。そして、別のおばあさんは、人間。
平和な世の中になってから、魔族からも依頼を受けるようになった冒険者ギルドは、多くの人間たちから批判が来たらしい。
だがオリヴィアは、公平を何よりも大事にしていた。
それは、尊敬に値する出来事だ。
そんな人間は、今まで見たことない。
『オリヴィア』、それが、冒険者ギルドの代わりに相応しい名だ。