第8話 魔界四天王の長、冒険者ギルドの長となる。
「……なぜだ?」
「王国から命令が下されたのよ。もう、必要ないって」
「わけがわからぬ、必要としている人はいるではないか」
「そうなんだけどね……私もわかってる」
俺様がオリヴィアに詳しく問いただそうとした瞬間、ミルクが口を開く。
「リグレット、仕方ないわ」
「仕方ない? なぜそう思う?」
「むしろ遅かったくらいなのよ。既に各国の冒険者ギルドは解体しているところがほとんどだわ。力の統一性を図る為や管理の事も考えて大きな依頼は国が受けることになった。でも、それだけじゃないと思う。……オリヴィアさんの年齢も考慮してるんじゃないかな」
「年齢? まだピチピチじゃないか」
三人は顔を見合わせて、ふふふと笑う。何故だ、なぜおかしい。
エリアスが、俺様の目を見つめて言う。
「ええとね、人間の寿命は私と違うのは知ってるでしょ。魔族で例えると――」
オリヴィアはピチピチだが、年齢は90歳。
人間基準で言えば高齢だということを教えてもらった。
彼女は、休みなく王国に仕えてきた。
引退してゆっくりするのも悪くないと思っているとのことだ。
確かにそれは尊重してあげたい……。
「そうだったのか……だがどうなるのだ? いつも依頼をしてくださっていた方々は……」
俺様がいなくては、買い物に行けない人がいる。遠くまで足を運べない人がいる。
彼らはどうなるのだ? それはあまりにも……悲しいではないか。
「わかってるわ。でもいつかは無くなるとも伝えていた。便利のいい場所に引っ越ししてもらうか、王国に手当を申請するしかないわね」
「申請……なかなか難しいわよね。私も魔族だからか知らないけど、引っ越しですら何年もまたされたわ」
エリアスが悲し気な表情を浮かべる。
俺様の仕事が無くなるのはいい。だが……どうにか――。
「ならば俺様が続けるというのはどうだ?」
「ちょっとリグ、どういうこと?」
「そうよ、一人で続けるってこと?」
「俺様は魔族だ。給料が少なくても食べる物を減らせばなんとかなる。ミルクへ払う家賃は……すまぬがもう少しまってくれないか。せっかく俺様を頼ってくれている人がいるのだ」
オリヴィアは笑顔になったが、すぐに首を横に振る。
「嬉しいけど、それは出来ないわ。冒険者ギルドを管理するには資格が必要だし、新たに発効してもらえるとは思えない」
「ふむ……ミルク、何とか出来ないのか?」
「……もし申請できたとしても、検討の返事が来るまでに数十年はかかるでしょうね。もちろん、返事はわかっているけど……」
何か、何か手はないのか……。その時、なぜか魔王城が思い浮かんだ。
そうか、魔王様は――。
「わかった。冒険者ギルドは諦めよう。そして俺様が名前を変えて依頼を続行する」
「リグレット、あなたが別のギルドを作るっていうの?」
「ああ、ならば問題はなかろう。魔王城も託児所に変わっていた。問題はなかろう?」
「……それこそ無理よ、リグ。新しい事業の申請なんて審査が凄く厳しいわ。利益を確保した上で毎年税金も納めないといけないし、今の依頼額で賄えるはずもないし、依頼額を上げればそれこそ本末転倒になる」
「そ、そうなのか……もうどうにもならぬのか」
オリヴィアは、大変申し訳ない、と俺様の手を握ってくれた。
優しい手だ。大勢の人を助け、話を聞き、依頼者を救ったのだろう。
短い間だったが、オリヴィアは冒険者の仕事が好きだったことを知っている。
一番心苦しいのは、彼女に違いない。
「リグ、こればっかりは仕方ないわ」
もはやこれまで……と、思っていたらミルクが突然、俺様に訊ねてきた。
「……リグレット、あなたが冒険者ギルドにこだわる理由を聞いていいかな」
俺様は考える。勿論、すぐに浮かんだのは、依頼者の笑顔だ。
「俺様たち魔族は、人間にありがとうと言われることなんてなかった。だが冒険者ギルドで働きはじめてから、大勢の人間に感謝をされるようになったのだ。見知らぬ人との関わり合いも増え、自分の道はこれかもしれないと思ってきた。いや……ただ純粋に嬉しかったのだ」
俺様の返答にミルクは長い間沈黙を続けた。
オリヴィアもエリアスも、ただ悲し気に俯いている。
しかしミルクは、ふっと笑顔になった。
「わかった。私が何とかする」
「ミルク、それは本当か!?」
あまりの驚きに、ついミルクの両手を取って立ち上がる。
「あなたはどうしても続けたいんでしょ?」
「ああ、そうだ。どうしてもだ!」
「わかった。なら直接、王様に掛け合ってみるわ」
これでなんとかなる。そう思ったが、エリアスが思い切り静止する。
「ミル、あなたが外交官だってのはわかってる。リグレットには悪いけど……魔族がまだ迫害されているのは知ってるでしょ!? そんなの、世論が許すわけがない。絶対に無理よ、あなたの立場が危うくなるだけだわ」
「そうか……魔族が……」
エリアスの必死な形相と言葉で、ようやく全てを理解した。
人間たちの言っていた『でも、魔族だろ?』という言葉の意味が。
「ミルク、お主の立場が危うくなるというなら、俺様は……」
「大丈夫、任せておいて。オリヴィアさん、あなたの権限を全てリグレットに移すことになるけど、それでいい?」
「……私は構わないわ。短い間だったけど、リグレットの事はわかったつもり。でも、本当にそんなことが可能なの?」
「おそらくね、まだ有効だと思うから」
「有効? どういう意味だ?」
「こればかりは乙女の秘密よ」
結局、ミルクがその意味を教えてくれることはなかった。
エリアスは絶対に無理だと言っていたが、俺様はミルクを信じていた。
なぜなら彼女は、あの勇者御一行の魔法使いだ。俺様たち魔族を打ち破り、不可能を可能にしたのだ。
しかし何事もなかったかのように日が過ぎていく。
冒険者ギルドの解体の前日、もはやこれまでかと思っていた時、王国兵が書類の束を持って訪ねてきた。
驚いたことに、そこには冒険者ギルドの全ての権限を俺様に移し替えるという文言が記載されていたのである。
「ミル……あなたどうやったの!? こんなの……ありえないわ」
「……良かった。でも、これで最後。次何か問題があったら、もう通用しないからね」
「ありがとうミルク、何度礼を尽くしても足りぬ」
「お礼はいいわ。――あの人なら、きっとこうしただろうなって思ったのよ」
こうして俺様は、ミルクのおかげで冒険者ギルドの権限を完全譲り受けることができた。
オリヴィアにその事を説明すると、本当にありがとうと感謝された。
もちろん依頼者にもだ。
その日、俺様は人生で一番感謝された記念日となった。
当然、新たな依頼を受ける事も可能だそうだ。
ただ問題が一つ、『冒険者ギルド』という名前だけは存続できないとのことだった。
これについては、後日ゆっくり考えようと思う。
しかし、流石ミルクだ。
我が好敵手なだけがあるな。
勇者よ、お前の想いは受け継がれているぞ。
◇ ◆ ◇ ◆
「ミルク、お前の望みは本当にそれで良いのか?」
「はい。冒険者ギルドの解体については異論はありません。各国でも進んでいることですし、前例を作るわけにはいかない事は私もわかっております。ですがその事を理解した上で、今回の件お願いをしています」
ミルクは王の間で、オストラバ王国の陛下と対面していた。
ステンドグラスには、今までの戦いが煌びやかに描かれている。
王の名前はオーディン・ミハエル。
金髪の碧眼、世界でも珍しい――エルフの王である。
「あの智謀のリグレットが、冒険者ギルドの後釜になりたいとはな……。よかろう。ミルク・ファンセント、お前の願いを聞き入れよう。だが――これで終わりだ」
「ありがとうございます。――では、失礼いたします」
話を終えると、ミルクは王の元から静かに去っていく。
一人残った王は、遥か高い天井を見上げながら、過去の記憶を思い返していた。
『勇者御一行よ、よくぞ魔族を降伏させた。お前たちはこの世界の英雄だ。そして各国の王族と共に決定したことがある。それは、お前たちの望みを一人につき一つ、何でも叶えてやることだ。どんなことでも構わない。私の命が欲しい、という願いでも叶う。無論、それは遠慮願いたいが』
願いは全て秘密裏に遂行される。
だが勇者御一行は、誰一人として表情を変えず、顔を見合わせた後、ふふふと笑った。
その中、聖剣を持った男が代表して口を開く。
『俺たちはすでに願いを叶えたので、特に必要ないです』
『……無欲だな、だが期限などはない。好きな時に言うが良い。だが、生涯で一度だけだ』
そして――現在。
「しかしつくづく面白いな勇者御一行の連中は……結局、願いを言ったのはミルクだけか。それもリグレットをギルドの管理人に……ふっ、勇者、お前と関わった人間はみな面白いな」




