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第5話 魔界四天王の長、住居が決まる。

 掃除とは目に見えないところをするものだ。

 特にベッドの下の汚れがひどく、埃を肺に吸い込んでしまうと、身体に害を及ぼす可能性がある。

 

 俺様は、くりぃなぁなるもので綺麗に埃をふき取ると、布を絞って水拭きをした。

 最後に乾いた布でふき取れば、ふむ、見違えるほど綺麗ではないか。


「ふふふ、素晴らしい」


 立ち上がって、額の汗を拭う。

 以前ならばこんなことで体力を失うなど考えられなかったが、今は人間の身体と変わらない。

 だが案外疲れというものは気持ちがいい。


「あら、綺麗になったわね」

「そうだろうミルク。しかし、勇者の部屋は物が少ないな」

「そうね、魔族を倒すっていう意気込みと、弱い者を助けることには貪欲だったけど、他は無欲に等しかったから」


 80年前では到底考えられなかった出来事だが、俺様は勇者の部屋を掃除していた。

 ミルクはあの丘の後、ようやく家を片付ける気になった。とのことだった。


 ということで食事の借りを返すべく、魔王城を清潔にしていた腕前を惜しみなく披露していたのである。

 

 不必要なものは捨て、必要なものだけ残す。

 これが清掃の基本だ。


 ミルクは、がらんとした勇者の部屋を悲し気に眺めていた。


「辛いのか」

「まあ、ちょっとね……。今まで別れは何度も経験してきたけど、くるものがあるわ」

「お前にとって彼らが特別だったのだろう。そんなのは当たり前だ。恥じる必要はない」

「……ありがと」


 ふむ、仕方ない。頭を撫でてやろう。


「ミルー、あっちのお掃除終わったよ―」

「え、あ、!? あ、ありがとう!」


 ミルクの頭に触れた瞬間、ひょこっとエリアスが現れた。

 俺様と同じで、お手伝いに来ていたのだ。


 しかしミルクはなぜか急いで離れた。その様子に、エリアスが眉をひそめた。


「もしかして……何かしてた?」

「しておらん、ただミルクが勇者のお別れを悲しんでいただけだ」

「そっか。……そうよね。元気だして、ミル」


 エリアスは、ミルクをそっと抱きしめる。

 

 しかしまあ何とも異様な光景だ。

 80年前は死闘を尽くしていたというのに、今は仲良く掃除をしておる。


 ふ、思わず笑みが零れてしまったわ。


「リグ、なんで笑ってるの?」

「いや、時代が変わるというのは、案外面白いなと」

「そうだね。私もいつまでも後ろを向いてないで、前を見なきゃ。ありがとう、エリ、リグレット」


 金色の髪を揺らしながら、満面の笑みで言う。

 ふむ、なるほど。


「ミルク、その顔のほうが以前のお前のようでいいぞ」


 それからも俺様たちは片付けに勤しんだ。

 ミルクの家は、るーむしぇあをしていただけあって、片付けが終わると相当広く見える、いや一人になると広すぎるか。


「二人とも、今日はありがとう。一人だったら最後まで出来なかった」

「お礼なんて言わないで。魔族の私がこの国で無事暮らせるようになったのは――ミルク、あなたのおかげでもあるんだから」


 ぽんっと、エリアスはミルクの頭に手を乗せる。ふむ、やはり手置きにちょうどいい身長みたいだな。

 しかし二人並ぶと姉妹に見える。だがそれよりも――。


「おかげ? どういうことだ、エリアス」

「え? 聞いてないの? ミルクのお仕事」

「仕事? 何だ、何をしてるのだ?」


 思えば、王国兵たちにも頼られていた。

 普通に暮らしているわけではないと思ったが、何か裏があるのか。


「別に大したことしてないわよ。勇者と旅していたおかげで、他国に顔が利くし、それなりに長生きだから色々詳しいからね。外交官といって、国同士の話し合いに参加したり、交渉したりしているだけよ。まあ、一応王国魔法使いって肩書もあるけど、それはお飾りね」

「私がまっさあじ店を起業する時、魔族だということで色々あってね。そこをミルクに助けられたの」

「なるほど、それで以前王族の場にも呼ばれていたのか」


 ミルクは多言語も器用に操る。それにエルフ族は気高く、誇り高く、善に溢れておるので適任だろう。

 元勇者御一行というだけでも、他国からは一目置かれるはずだ。


「そうか、やはりみな自らの長所を生かしているのだな」


 魔王様、エリアス、ミルク、それぞれ素晴らしい生き方をしている。

 だが俺様は……何もない。


 今まで戦う事が全てだった。


 どうすれば――。


 ぽんっ、とエリアスが俺様の肩に手を乗せる。


「リグ、私なんて今の仕事に落ち着くまで十年かかったと思ってるの? ゆっくりでいいのよ」

「私も同じだわ。リグレット、あなたはもう昔とは違う。気づいてないかもしれないけど、ちゃんと時間の経過と共に、あなたも変わってる」

「俺様が……?」


 80年間、ただ封印されていて、置いてけぼりの気分だった。

 だが二人がそう言ってくれるのなら……俺様も頑張らねばならぬ。


「だがいつまでものんびりするのは性に合わぬ。よし、俺様は決めたぞ!」


 二人顔を見合わせて、「「決めた?」」と首を傾げた。


 俺様は眼がいい、そしてどんな些細な事も見逃さない。

 街に気になるチラシが掲示板に貼ってあったのだ。一応、持って帰ってきたが、いまいち勇気が出なかった。

 魔族の俺が、こんな仕事をするのはどうだろうと思っていたのだ。


 だが、そんなものは関係ない。

 俺様は、一枚の紙を二人に見せる。すると二人は顔を見合わせて、驚いていた。


「これだ、俺様は、ここに仕事を決めた」

「……え、リグ、本当に?」

「……あなた、ここでいいの?」

「構わぬ、俺様は何でもすると決めたのだ」


 そこには、冒険者募集と書かれている。

 詳しくは知らぬが、勇者御一行もその出だ。


 募集をしているということは、平和の世の中とはいえ、まだ問題は多いと見える。


 だが二人は何やら神妙な面持ちだ。苦笑い、といったところか。


「どうした、ゴブリンを潰したような顔をしよって」

「ええとね、冒険者って前と違って、そのなんていうか……ねえ、エリ」

「そうね、あんまりこう華やかではないというか……」

「俺様は華やかな場が好きではない。むしろ好都合だ。それにやると決めたら、やるのだ」


 その言葉で、どうやら覚悟をわかってくれたらしく、二人は真顔で顔を見合わせた後、ふっと微笑んだ。


「まあ、リグがそういうなら何事も体験だよね」

「そうね、確かにやらないとわからないこともあるし、経験は大事だね」


 二人は俺様を励ましてくれている。そうか、やはり俺様は冒険者が似合うのか。

 魔王様、早くも適材適所を見つけましたぞ!


「じゃあ片付けくれたお礼に、でりばりぃ頼むからぴっつぁパーティしない?」

「えー! いいの? するする!」

「ぴっつぁ? よくわからないが、いいだろう」


 なんだか楽し気な単語だ。

 パーティとは、冒険者たちがよく使っていた単語のはず。

 久し振りの戦闘か? ふふふ、血沸き肉躍る。


「じゃあ、魔法転送で注文しておくわ。そういえばリグレット、あなた家は決まったの?」

「う、うむ……ま、まだ決まっておらぬのだ」

「だったら、仕事が決まるまで私の家にいたらどう? 勇者の部屋、ピカピカにしたのはあなたなんだし」

「それは……良いのか? 勇者が嫌がるのではないか?」

「あの人がそんなことで嫌がるわけないわ。むしろ、大きな口で笑って、面白いじゃないかって笑うわよ」

「ふむ、そうか。確かに……そうかもしれぬな。すまぬミルク、世話になるぞ」

「ええ」


 縁、というものは不思議だ。何がどうめぐり合わせるのかがわからぬな。

 しかし隣でエリアスが何やら不満そうだ。

 そ、そういえば……家に泊まりなよと言ってくれていた気がする……。


 俺様とあろうことが忘れていた。だが、今更言い直すなど……。


「お、落ち着け、エリアス――」

「ミル、だったら私も一部屋借りていい? もちろん家賃は払う。流石に男女、一つ屋根の下に住まわせるのもね。ね、いいでしょ?」

「え? あ、まあ、私は構わないけど……」


 チラチラと俺様を見るミルク。な、なぜこっちを!?


「お、俺様はもちろん構わんぞ」

「ふふふ、じゃあ今日からるーむしぇあだね。よろしく」

「そうか、るーむしぇあになるのね。なんだか賑やかになりそうだわ」


 るーむしぇあか……。ふむ、これもまた新時代なのだな。


 ポンピーン、ポンピーン。

 空中から音が響いて、ポテっと箱が落ちてくる。これが、魔法転送か。

 民間魔法は使用可能と聞いていたが、便利なものだな。


「もう届いた。さて、パーティしましょうか」

「なに!? もうパーティが始まるのか!? 戦闘準備だ、エリアス!」

「リグ、何を言ってるの?」


 しかしこのぴっつぁパーティは俺様が予想していたものではなかった。

 だがこのもちもちのちぃずとやらは……美味い、旨すぎる。


「このぴっつぁ美味しいわー、もう最高っ」

「時代が変わって一番良かったのは食事よね。――リグレット、どうしたの? 空き部屋を眺めたりなんかして」

「うむ……ちょっとな」



 ――勇者よ、すまぬが部屋を借りるぞ。


 俺様が死んだら、直接礼を言わせてくれ。


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