第4話 魔界四天王の長、昔馴染みと出会う。
「街なんぞ久しぶりだが、賑やかで良いな」
「そうね。魔法禁止が世界中で広がった時、少し鬱屈とした雰囲気があったけど、今は落ち着いたわ。といっても、まだ問題は山ほどあるけどね」
人々は、みな笑顔で歩いている。立ち並ぶ屋台は、俺様が知っている食べ物がほとんどない。
魔族といえども、食事は人間とそう変わらぬ。吸血鬼は血を吸うと聞いたことがあるが、そんなもの、俺様は飲まない。
「ふむ、その問題とはなんだ?」
「何から話せばいいかしら……。リグレットは、どうして魔法禁止が世界に広がったんだと思う?」
そういえば、魔王様からも聞いてはいない。
魔法はとにかく便利だ。空を飛ぶこと、火を起こすこと、敵を倒すもできる。
才能さえあれば、色々なことが容易い、だが反対に、危うさもある。
「平和な世にとっては……強すぎたのだろう」
「……そう。戦争に勝利して、人々は平和を手に入れた。だけど次は、その矛先を恐れた。それで魔法禁止は劇的に広まったの。後世に伝えない為に、強力な魔法から順に禁止されていった」
「理屈はわかる。だが従わないヤツもいるだろう。それこそ、国が違えば思想も違うはずだ」
「あなたの言う通りだわ。誰もが、はいそうしましょう、とせっかく手に入れた能力を手放さなかった。魔法のおかげで優位に立っていた国もあったからね。今この状態は、長い年月をかけてようやく訪れた奇跡なのよ。だけどまだ戦いは終わってない。冒険者ギルドの弱体化、各国の貿易問題、軍事力低下による各国の均衡問題、正直、頭を悩ませることだらけだわ」
ミルクは、俺様と同じで知能に長けている。
平和な世の中でも、まだ必死に戦っているのだ。それは、尊敬に値することだ。
「たまに息抜きはしているのか? お主は少し休むべきだ。顔が疲れておる」
「ふふふ、あなたって本当に優しいのね。あの時からは想像できないわ」
「俺様は何も変わっていない。お前たちが勘違いしていただけだろう」
「……そうかもね。エリアスだって、私が思っていたのと違って面白くてびっくりしちゃった」
「面白い? どういうことだ?」
「驚かないでね。実は今、結構仲良いのよ。たまにお茶したり、ご飯を食べたりする仲よ」
「なんと! お主とエリアスがか? ……考えられんな」
二人は、それこそ一番の宿敵だったはずだ。お互い魔法使い、森や谷の地形を変えるほどの激闘を繰り返していた。
それこそ死力を尽くすライバルだっただろう。
それが今やご飯など……ふ、世の中は凄い変わりようだな。――だが、面白い。
「それで、エリアスは何をして――」
そのとき、王国兵士たちが走ってきた。表情は酷く焦っておる。
魔力の乱れからすると何か起きたことが明白だ。
まさか……俺様を捕まえに来たのか?
だがその視線は、俺様ではなくミルクに向けられていた。
「み、ミルクさん! たったいま、ルーガ国の王族が到着しました!」
「……え? 明日の予定だったでしょ!?」
「それが急遽早まったみたいで……、急いで来てもらえませんか?」
ほう、流石ミルクだ。王国兵から頼られているとは。
平和になった世の中とはいえ、やはり一目置かれているのだろう。
思えば街を歩いているだけで、「恋人かしら」「嘘、あのミルクさんが?」「いやいやそれはないだろう。ずっと独身だぜ」
と聞こえてきておった。
意味はよくわからぬが、皆から注目されていることは間違いない。
「緊急を要するのだろう。我は構わぬぞ、ミルク」
「……ありがとう、すぐ戻って来るから、待っててもらえる?」
「一人でも大丈夫だ。エリアスとは長い付き合いだ。一目見ればすぐにわかる」
「いや、多分見てもわか――」
「ミルクさん、申し訳ありませんが、急ぎます!」
話の途中、ミルクは王国兵たちに半ば連れて行かれるように引っ張られていく。
「エリアスはマッサ――あああああああ――からああああああああ」
去り際、ミルクは何か言っていたが、よく聞こえなかった。
魔王様は、エリアスの性格が変わっておらぬと言っていた。
つまり人間たちの悲鳴が聞こえれば、間違いなくそこに奴がいるだろう。
そう思った矢先、通りすがりの人間どもが身体を抑えながら痛みをこらえて歩いていた。
「身体いてえ……でも、気持ちよかったなあ」
「ああ、それに噂通りマジでナイスバディだったな」
「俺が叫ぶとめっちゃ嬉しそうなんだよな。ドエスすぎねえか?」
ないすばでぃ……? どえす?
まさかと思い人間たちが向かってきた方向に駆けてみたが、それらしき人物はいなかった。
見た事がないお店がいくつか立ち並んでいる。
――ねえ、おにいさん。
まあいい、ゆっくり探すとするか。
――おにいさんってば。
「お兄さん!」
「な、なんだ!?」
振り返ると、女性が立っていた。
俺様が言うのもなんだが……凄く綺麗な人間だ。
黒髪ロング、肌は染み一つない。健康的な身体で、出るところは出ている。
ふむ、悪くない。
「良かったらどう? 今、空いてるんだよね」
「空いている?」
ほう、人間の女、見る目があるな。
俺様を誘うとはいい度胸だ。
エリアスを探す予定だったが、少しぐらい遊んでやるか。
「いいだろう、連れていけ」
「はーい、じゃあこっちこっち」
「な、手を引っ張るんじゃないっ」
連れて行かれたのは――何やらよくわからない店だった。
入口には、手足の銅像がいくつも立っている。そして店内から聞こえるのは――人間の悲鳴!?
「ほら、ここだよ。奥に来て」
「一体――」
もしかするとここは……人間を拷問しているのか?
こやつもしや俺様を魔族だと理解し、それを分かった上で店を選んだと?
奥へいくほど薄暗い。どこか怪しげな雰囲気がある。
一つの部屋に押し込められるかのように押されると、ぽつんとベッドが置いてあった。
「な、なんだこれは? ここは何をする所なのだ?」
「ほら、寝転んで早く早く」
罠……か? だが、部屋の中は良い匂いが充満している。
それになぜか落ち着く音楽が流れている。心が――穏やかになっていく。
されるがままうつ伏せになった瞬間、女性は俺様の背中を手の平で押してきた。
「ああ……」
なんだこの、痛気持ちいいは!?
味わったことがない感覚だ。勇者の破壊剣を食らった時とは違う、なんだこの、何とも言えぬ快感は!?
「リグレット、久しぶりね」
「む、なんだと? なぜ俺様の名前を知っている?」
「わからないの? まったく、80年ぶりだっていうのに変わってないんだから」
その言いぶり、どこか懐かしい雰囲気――もしや!?
思わず飛び起きる。眼を凝らし、よく見ると彼女は――。
「お前、エリアスか!?」
「気づくの遅いんだから。どう、この身体もイケてるでしょ?」
再び身体に視線を向ける。どっからどうみても人間だ。そうか、こやつも魔力が剥がれ落ち、人間の身体になってしまったのか。
だが……結構良い……「ギャアアアアアアア」――その時、どこからともなく男性の悲鳴が聞こえた。
「な、何だこの声は!? お前もしや……この平和な世界で隠れて人間に危害をくわえているというのか!?」
「え? もしかしてまだ何もわからないの? ほら、これ、これよ」
エリアスは、俺様に小さな一枚の紙を手渡してきた。
まっさぁじ店オーナー、エリアス・スパイダー。
あなたの身体をじっくりたっぷり痛めつけます、スッキリ爽快、悲鳴と共にコリも解消♪
「こ、これは……」
「私もね、色々大変だったのよ。でもね、ある日見つけたの。まっさあじっていうのは、人間の身体を正当に痛めつけることができるの。苦悶に満ちた顔、屈強な男性が叫んだりすると、ほんっとゾクゾクするわあ。お金までもらえるし、気づいたらこーんなおっきなお店になっちゃったってワケ」
「そ、そんなワケ……なのか」
「どう、凄いでしょ? あ、それと復活おめでとうね。なんか……格好よくなってびっくりしちゃった」
「エリアス、何を言っているのかさっぱりわからん。まっさぁじとはなんだ、説明してくれ」
「え?」
その後、数時間かけてエリアスは説明してくれた。ううむ、どうにも難解な世の中だ。
「……はあはあ、こ、これでわかってくれたわよね?」
「うむ、まっさあじで生計を立てているのだな」
「そう……疲れた……」
疲れ果てたエリアスは、ベッドに腰をかける。ふむ、軟弱になったものだ。
「しかし驚いたぞ。お前がまさかこんな真っ当に、個性を生かした生活をしているとはな」
「あはは、そうだね。でもここまで来るまで、結構大変だったよ」
その表情からは、エリアスの苦労が見て取れた。
俺様たち魔族は、本能に従って行動している。人間たちと戦っていたのは、その本能に従っていたのだ。
少なくとも、恨みつらみを人間に持っているわけではない。
だがそんなこと、人間たちにはわからないだろう。
本能を抑え込み、人間界に溶け込むのは相当な苦労だったに違いない。
「よく頑張ったな、エリアス」
ゆっくりとエリアスの頭を撫でる。俺様は魔界四天王の長だ。
部下が頑張ったのならば、労うのは当然のこと。
「……懐かしいね。リグレットのご褒美」
「お主は凄い。俺様はまだ面食らっている。これからどうしたらいいのか、わからぬのでな」
魔王様、そしてエリアスは、己の道を既に見つけている。
それがたまらなく嬉しかった。だが同時に、悲しくもあった。
俺様は、何もない……。
「焦らないでリグレット。私も魔王様も時間がかかったのよ、それにあなたなら、きっとこの世界にも適応できるはず。だってなあたは魔界四天王の長、智謀のリグレットだもの」
「ふふふ、わかっておる。――よしエリアス、まっさぁじの続きを頼んだぞ」
エリアスめ、小さな時から可愛がっておったが、俺様に偉そうに助言ができるほど立派になりおって。
「はーい、あ、そうだ! 行くところないでしょ? 私の家おいでよ。美味しいご飯作ってあげるね、おむらいすっていうんだけど――」
「知っておるぞ。あれは非常に美味だな」
「……え? どういうこと? ……なんで? ……なんで?」
「実は昨日、ミルクとバッタリ会ってな。ご馳走になり、家まで泊まらせて――」
その瞬間、エリアスの手が止まる。
「どうした、エリアス」
「……ミルクって、ミルク・ファンセント?」
「うむ、昨日泊めてもらったのだ。笑えるだろう、魔族の俺様が――」
「……だったら今日は私の家に泊まったらどう? 一部屋空いてるんだよね」
「それはありがたい。だが生憎、食事を頂いたお礼に部屋を片付ける手伝いをすることになっている。後日でもかまわ――」
しかしなぜだか、エリアスは静かになった。
そして――力が強くなる。
「ど、どうしたエリアス、痛い、痛いぞ」
「これが私のお店のウリなので、あ、勘違いしないでね。ミルクさんとは仲良いし、今はもう確執とかないし、良いお友達だから」
「そ、そうなのか? でも、痛い、痛いぞエリアスうううううううううう」
俺様の悲鳴が、その場に轟いた。
エリアスは昔から俺様のことを好きだと言ってくれていた。
結婚したい、と毎日言われていたこともある。
よくわからぬが、それが関係していた……のかもしれぬ。
全てを終えて外に出ると、確かにコリというやつが解消された気がした。
土の中で眠っていたせいか、身体が硬かったのだ。
「ありがとうエリアス、良いせじゅつだった」
「ふふふ、どうしたしまして。じゃあミルの仕事が終わるまでご飯行こ。いい所知ってるから、ほらほら」
「むむ、そんな強く手を引っ張るでないぞっ」
相変わらずだが、元気そうでなによりだ。
平和な世の中も、悪くないかもしれぬな。




