第3話 魔界四天王の長、お泊りする。
「なんだこれは……美味い、美味すぎるぞ」
「ほら、落ち着いて食べなさい」
鶏肉をみじん切りにしたところに白米を投入、最後は卵で蓋をする。見たこともない料理、まるで魔法のようだった。
口に入れると、凝縮された味わいが口いっぱいに広がる。
「最高じゃないか、この”おむいらいす”とやらは」
ミルク曰く、最近は色々なことが近代化しているのだという。
この料理も、魔法レシピで見たとのことだ。
よくわからんが、とにかく美味い。
「ふう、ご馳走様だ」
「あら、魔族でもちゃんとお礼は言えるのね」
「当たり前だ。俺様は魔界四天王の長、リグレッ――」
「智謀のリグレット、でしょ。わかってるわ」
「ふふん、なら良い」
なぜかわからんが、ミルクは俺様が平らげたお皿を見て微笑んだ。
もちろん一滴の残しもない。
食事は最後まで頂くのが礼儀だからな。
「それで、魔王城にはもう行ったの?」
「あ、ああ……」
思い出したくも――というわけではない。
なぜなら魔王様は、心の底から笑顔だった。
まだ俺様にはわからないが、何か見つけたのだろう。
とはいえ魔王様は、この世界を征服するお人なのだ。
俺様はまだ世界征服を諦めてはいない。
「そう、なら知ってると思うけど、あなたが生きていた80年前とは随分様変わりしたわ。私が生きていた500年の中でも、特にね。正直、困ったこともあるけど」
エルフ族は長生きだ。俺様リグレットとミルクは、今まで何度も戦いを重ねてきた。
こいつの魔法は厄介で、魔族にも引けを取らない高度な魔法を駆使する。
ん、魔法?
「もしや……魔禁のことか?」
するとミルクは、悲し気に微笑んだ。
「そうね。ただ完全に禁止されたわけじゃないわ。回復魔法や民間魔法は使えるし、そのほかの魔法も必要なときに許可をもらえれば問題ない。魔物も完全に消えたわけじゃないしね。でも、私のような戦いに明け暮れていたエルフは、どうしたらいいのかわからなくて」
「ふふん、そうか。お前も望んでいるんだな、混沌の夜を」
なるほど、俺様だけじゃなかったのか。しかしミルクがこうなら、勇者はもっと辛いだろう。
あいつは凄まじく強く、そして気高く、俺様から見ても……戦闘強者だったからな。
「そういうわけじゃないけど、心にぽっかりが穴が開いてるだけよ」
「だったら勇者は困っているだろう。あいつは戦う事が好きだった。そういえば、一緒に住んでいないのか」
「……魔王から聞いてないの? そっか……。明日、彼の元に案内するわ」
「ほう、まさかこんなにすぐ再会できるとはな。自分でも意外だが、少し楽しみだ」
「まあ、明日になればわかるわ」
身体の力はまだ戻っていないが、勇者に挨拶はしておこう。
この平和がいつまで続くかわからぬと、宣戦布告だ。
「それじゃあ今日はもう遅いし、寝ましょうか。部屋はいくつかあるけど、まだ散らかってるから……悪いけど、ソファでいい?」
「ソファなどいらぬ、床で良い。80年もの間封印されていたのだ。一晩くらい、造作もない」
「そう。――え、リグレット何してるの?」
俺は、おむらいすを平らげたお皿を持ち上げると、洗い場に持っていく。
「俺様は魔界四天王の長、自分の事は自分でする。それに今日の借りはいつか必ず返す」
「ふふ、ありがと。それじゃあ私は自分のベッドで寝るわ。夜中に襲ってこないでね、リグレット」
「はっ、俺様は卑怯な真似はしない。魔族の誇りを忘れたわけではないからな。戦う時は真正面からだ」
軽く微笑んだミルクは、自室に戻っていく。ふむ、だがどこか寂し気だな。
まあ良い、偶然だが、上手く潜り込むことが出来た。
これも俺様の立ち回りのおかげだ。
それにしてもこの洗剤とやらは綺麗に汚れが落ちるな、素晴らしい。
よし、綺麗に片付いたぞ。
さて、寝るか――ん?
ふと横を見ると、魔法写真が飾っていた。俺様が知っている時よりも、随分と綺麗だ。
そこには、勇者御一行の集合写真、ミルクの姿があった。
「ふん、憎き人間どもめ」
懐かしい顔触れに思わず頬が――緩む。
待っておれ勇者、お前の命は、俺様がいただく。
◇
翌朝、俺様とミルクはオストラバ王国の南にある丘に来ていた。
風が肌に触れると心地良い。
振り返ると、街の全貌が見えた。
「ふむ、綺麗だな」
「ええ、ここは私にとっても、そして勇者の大好きだった場所よ」
「なるほど、つまりあいつはここに住んでいるのか」
だがミルクは答えなかった。
この丘に家を建てるなど流石勇者だ。随分と費用もかかるだろう。
魔王様に勝利したのは伊達ではない。だがそのくらいであってくれてありがたい。
希望の丘と呼ばれる場所に辿り着く。だが、どこにも勇者の姿がない。
やはり――罠か。
「ミルク、貴様図ったな。勇者なぞ、どこにもいないじゃないか」
「下よ」
「……下?」
どういうことだ? もしかして俺様と同じように封印――な、なんだこれは……。
「墓……か?」
そこにあったのは、人間が亡くなったときに立てる墓標だった。
勇者の名と日付が記されている。
これは、俺様の封印が解ける一年前じゃないか!?
「なぜ……死んだのだ……誰にやられた!? もしかして、魔王様より強いやつが現れたのか!?」
だがミルクは首を横に振る。風がぶわっと吹いて、髪の毛が揺れた。
「人間の寿命は短いのよ。私たちが想像するよりも遥かに。最後まで勇者は立派だった。弱き者を助け、驕らず、そして時代にも逆らうこともなく剣を置き、魔法を使わずに穏やかに……。リグレット――あなたのことを気にしていたわ。封印から解かれた時、この世界をどう思うだろうなって」
「あの勇者が……」
言葉が詰まってしまう。魔王様は変わってしまわれたが、まだ生きておられた。
だが勇者は――もうこの世にいない。
いや、勇者だけじゃない。
「これは、戦士のミルダス……こやつは僧侶のユーリア……ミルク、お前を残してみんな……」
「ええ、そうよ……。でも、最後までみんなとは仲が良かったわ。あの家、随分と広かったでしょ? 一緒に暮らしてたのよ。今の言葉でいうと、るーむしぇあってやつね。あなたが昨日食べたおむらいすは、みんなの好物だった」
「何と言う事だ……」
何とも言えぬ感情が、心の底から湧き上がって来る。
なんだこの感情は、雫が、何か落ちていくような、底知れぬ感情だ。味わったことのない気持ちが溢れてくる。
好敵手を失うというのは、こんなにも……。
ミルクは、丘から街を見上げていた。
そうか、ずっとここを守っているんだな。
「無理をするな」
俺様は、ミルクの頭に手を乗せた。
魔王様、今だけは許してもらえませんか。
ミルクの背中が、どうしてもいたたまれないのです。
勇者御一行はいつも一緒だった。俺様達と同じで、苦楽を共にしたはず。
別れはとてもつらいことだ。俺様も、もし魔王様がいらっしゃらなかったら……耐えきれなかっただろう。
「まさか魔族のあなたに慰められる日が来るなんてね」
「変わらぬものなどない。この世界は確かに大きく変化した。だが、魔王様、そして俺様が世界を征服するやり方が変わっただけだ。いずれ、何か見つけ出す」
「そう、でも、あなたがもし悪の道に戻るのなら、私は全力で――あなたの前に立ち塞がるわ」
「望むところだ、ミルクよ」
どうやら俺様の時代はいつの間にか終わっていたらしい。悪意が減ったのも、時代の流れなのだろう。
魔王様、俺様は新たな道を探ります。そのことを教えてくれたのですね。
任せてください、世界を知り、そしていずれ、俺様は答えを見つけますゆえ!
「いつまで手を乗せてるの、リグレット」
「背丈がちょうどよかったのだ。案内してくれてありがとう、ミルク」
「どういたしまして。――じゃあ、エリアスのところへ案内するわ。彼女は相変わらずの性格だけど」
「いまなんと!?」
エリアスは、人間の悲鳴や苦悶の顔がたまらなく好物だった。
ふふふ、ははは! やはり魔族は変わらぬのだ。変わらぬものもある!
俺の道は、まだ明るいぞ!
「待て、ミルク、そこの道は斜面が急すぎる。もう少しこっちを歩け」
「わ、わかったわ」
「まったく、下らぬ怪我をして俺様と戦う時に弱体化されては困るからな」