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想い出  作者: 彼岸  章華


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7/20

洋館にて


 それは、あまりにも突然の事だった。


 今まで感情に浸っていた雄一郎さんが

「思い返してみれば、あの時の僕の行動は、家宅侵入だったのでしょうね」

と言ったのである。


「―は?」


 今、何と言った?

 家宅侵入、と言ったのか?


 この時の私は、どうやら阿呆のように口を開けたまま、呆然としてしまっていたらしい。


 しかしこれには、少なからず理由がある。


 雄一郎さんの口から出た言葉が、現実とは程遠い夢物語のように聞こえた事が一つ。


 雄一郎さんのような温厚な人が、そんな犯罪まがいな事をするとは思っていなったという事が一つ。


 とても端的に私の近況を言うと、

今までの感動を返せ、という事だ。


 しかも、そんな私に雄一郎さんは現実を見ろと言うかのように、

「家宅侵入ですよ。不法侵入の方が、解りやすかったですか?」

と、追い打ち(オーバーキル)の一撃を与えてきたのである。


「不法侵入の方が、一般的、かな。多分ね」


「覚えておきます」


 違う、そうじゃない。そのような事、今の私には些事でしかない。


 だから一旦、笑いながら話を再会させようとしないでくれ。


 頭が追いつかないのだ。


 思わず目の前の老紳士に、何がそんなに面白いのか、困惑の眼差しを向けた程である。


 だが、雄一郎さんの笑い(ツボ)は、いつも不思議なのだ。


 このような事を考えた所で、一生その真意を知るこは出来ないのだろう。


 なので私は、未だに笑っている雄一郎さんの姿を見ながら、こう言った。


「まったく。貴方がそんな風になるなんて、珍しい事もあったものだね。まるで、水を得た魚じゃないか」


 そう言いながら、私は心の中で魚は水の中しか生きられないから、蛙の方が適切だったなと反省した。


「まあ。それは置いておいて、気になった事を聞いても良いかな?」


 すると雄一郎さんは、笑いを抑えながら

「おや。一体、何でしょう?」

 と聞いてきたのである。

 

 どうやら、魚のようだと言われたのが嫌だったらしい。


 普段と変わらない口調を装いながら、その実少し、苛立っているのが解ったからである。


 しかしこれを聞くのは、今しか機会がないだろう。


「さっき言っていた()って誰のことだい?」


 私は、胸の中で霧のように渦巻いていた疑問を雄一郎さんにぶつけた。


 なにせ、私が今理解している事は、雄一郎さんが山で遭難した事、美しい洋館に目を奪われていたという事だけなのである。


 そう。

 肝心の()の話が、一切の中に出てきていないのだ。


 これは、気にするなと言う方が無理だろう。


 その瞬間だ。


 私の言葉を聞いた雄一郎さんが、虚を突かれたような顔になり、氷のように固まってしまったのである。


 どうやら、本当にその事が、頭に無かったらしい。


 先程の雄一郎さんの姿を見れば、その理由も解る。


 話す内容が多すぎて、何を言って、何を言っていないのか、頭の中で整理ができていなかったのだろう。


 好きな物の話で盛り上がった時には、良くある事だ。


 その事実に、雄一郎さんは紅茶を一口飲みながら

「ああ。失念していました。肝心の彼について、話すのを忘れていましたね」

と申し訳なさそうに眉を下げながら話を続けた。


「本当に、忘れてたんだね」


「ええ。忘れていましたね、完全に」


「そっか。それなら、仕方ないね」


「ええ。仕方ありません。そして、()というのは、洋館の所有者の事ですよ」


「へえ。そう、だったんだ」


 実際は、そうなのだろうな、と少し予想は出来ていたが、私は、万が一の可能性を考えていたのである。


 ちなみに、万が一の可能性というのは、隣の家に住む知り合いの、その親戚と同じ猫好き連盟に所属している、名前を知らない某と言った人の事である。


 私が実際に会った人は、犬好き連盟に所属していた人だが、似たような者だろう。


 「そうか、洋館の。でも、今の貴方の言葉を聞いて、私は、もっとその人に興味が湧いたよ」

 

「おやおや」


「だって、貴方の表情を、それだけ変える程の人なんて珍しいからね」


 すると、雄一郎さんは私の言葉に驚いたような素振りで、私の方を凝視した。


 どうやら、雄一郎さんは無自覚の内に笑っていたようである。


 だが、先程の雄一郎さんの表情は、いつもの穏やかな笑みではなく、夏に虫取りに行く少年のような笑みをしていたのである。


 雄一郎さんの新しい一面を、私は知る事ができたのだ。


 満足である。


 その時だ。雄一郎さんが、少し恥ずかしがりながら

「おやおや。それは、それは。そこまで変わっていましたか?自覚は、なかったのですが」

と、まるで叱られる前の子供のような声で言ったのである。


 そこで私は、細心の注意を払いながら、雄一郎さんに

「誤解してたら悪いから言うけど。それは、全然、悪い事じゃないと思うよ」

と言ったのだ。


 すると、雄一郎さんは、驚いて私の方を見た。


「だって、それほど良い人に出会えたって事だろう?」


 恐らく、雄一郎さんは、今までの長い人生経験を得て、感情を抑える術を身に付けてしまったのだろう。


 だから、常に穏やかな口調で話しているのだ。


 だが、偶には息抜きも必要である。我慢するのは、疲れるのだから。


「多分。貴方にとって、その人はとても大切で、大事な人なんだね」


 そんな貴重な人は、大事にしなければならない。これは、私の親からの教訓である。


「ええ。ええ。確かに、そうですね」


 雄一郎さんが、私の言葉を噛み締めるように言った。


「だろう?」


「ええ。彼ほど愉快な人とは、今まで出会った事がありません。ですから、貴方(きみ)の言っていることは、正しいです」


「え?ん?それは、褒めてる?」


 今度は、私が雄一郎さんの言葉に驚く番だった。


 愉快な人とは、一体どのような人なのだろう、と不思議に思ったのである。


 いや。確かに、人によって快、不快の判断は異なるだろう。


 学校の窓ガラスを叩き割る行為に、快感を覚える人もいれば、動植物との触れ合いに快感を覚える人もいるのである。


 私は、後者だ。


 いや。ひょっとしたらその人は、一切理解できない奇行に走る人なのかもしれない。


 だが、それはこの際考えない事にする。


 なぜなら今、何より大事な事は、この快、不快の境界線は、他者には一見すると解らないという事だからである。


 それに雄一郎さんは、その人の事を愉快だ、と言ったのだ。


 ならば、私の予想を悠々と超えてくる人ような事を指すのだろう。


 私には、想像が出来ない程に破天荒な人に違いない。


 そんな事を悶々と思考を巡らせていた私に、雄一郎さんは楽しそうに、こう口を開いた。


「おやおや。どのような事を考えているのか、僕には解りませんが、一つだけ、言える事がありますよ」


「本当に?それは、一体、何かな?」


「それは、彼にとって愉快という言葉は、彼の行動を的確に指し示し、尚且つ、彼への最大級の誉め言葉であるという事です」


「へえ、それはまた。随分と、独特な誉め言葉だね」


 私の中の、誉め言葉の定義が壊れそうになった瞬間である。


「ええ。慣れていなければ、そのように感じるかもしれませんね」


「そうだね。大混乱だよ」


「おや。しかし、これは紛れもない事実なのですよ」


「どんな人なの。その人」


「そうですね。彼の態度は初対面の時から、愉快で、非道いものでしたね」


「褒めてないよね?それ」


 それは、貶しているだろう。


「褒めてますよ。しかし、僕が今までに出会った事のない性格(タイプ)の人だったからなのでしょうかね」


「そうなの?」


「ええ。ですから、余計に彼の行動が可笑しく思えまして。いや。それを抜きにしても、非道いものでしたね」


「へえ。貴方(あなた)がそこまで言うなんて、珍しい事もあったものだね」


 雄一郎さんは、初対面の時を思い出しているのだろう。若干、額の皺が険しく、饒舌になっている。


 それにしても、いつも温厚な雄一郎さんが、このような反応をするなんて。


 どれだけ特徴的な初対面だったのだろうか。


 しかも雄一郎さんが、他者の悪口を言ったのだ。その事実だけでも、珍しい。


 例えるならば、深海に珊瑚礁があるような驚きだ。


 まさか、初対面で喧嘩でも吹っ掛けられたのだろうか、それとも、罵詈雑言の嵐でも浴びせてきたのだろうか。


 他人事だからこそ、妄想に花開くというもの。


 私はこの瞬間だけ、自分の貧相な想像力に感謝した。


 願わくば、この想像力が学校の文章作成(レポート)でも活きてほしい、切実に。


 そんな私の困惑と興奮が入り混じる思考には、目もくれず雄一郎さん苛立たしそうに、こう言った。


「本当に、非道かったですよ。なにせ、初対面の僕に向かって不審者と大声で叫びながら、一本背負いをしてきたのですから」


「は?」


「ええ。清々しいくらいに、綺麗な青空でしたね。まったく、今やられたら二週間ほど寝込む自信があります」


「聞き間違いかな。一本背負いって聞こえたけど」


「いいえ、聞き間違いではないですよ。一本背負いと言いましたので」


「そっか。いや、そっか」


 聞き間違いで、あってほしかった。


 いや、これは素晴らしい防衛本能と判断能力が備わっている、と賞賛すべきなのだろうか。


 しかし、この行動には賞賛の声よりも、非難の声の方が大きいだろう。


 確かに、これは、非道い。

 いや。確かに雄一郎さんは、不法侵入をしている不審者ではあるのだが、その撃退方法はあまりにも暴力的すぎる。


 打ち所が悪ければ、もっと悲惨なことになっていたかもしれないだろう。

 そう思い至った瞬間、身体が震えた。


 しかし、これが若気の至りという奴なのだろう。


 私の過去のやらかしが、塵に等しくなる程には、やんちゃである。もう少し、平和的に解決してほしかった。


 しかし、これは私が、あれやこれやと言う事ではないだろう。


 そして、これで苦い顔の理由が解った。解りたくなかったが、解ってしまった。


 だが、この時の雄一郎さんの表情は私とは対極的に、楽し気な顔に変わっていたのだ。


 まさか、その時に新たな扉を開いてしまったのだろうか。そんな邪推までしてしまった程である。


 後になって、その邪推が杞憂だと解って、心のどこかで安心したのは、墓場までの秘密だ。


 しかし、どこにそんな楽し気になる要素があるのか、一切解らない私は首を傾げる事しか出来なかった。


 そして、そんな私を放置して、雄一郎さんは話を続けたのだ。



「いや。あの時は、驚きましたよ。気が付いたら、寝具で横になっていましたからね」


「は?」


「いや。僕もまさか、一本背負いで気絶するとは、夢にも思っていなかったですよ」


「は?」


「しかも、一本背負いをした本人が不法侵入する方が悪いなんて正論を言うものですから、苛つきましてね。正拳突きを食らわしてあげましたよ」


「は?」


 三連続である。


 しかも、正拳突き?

 これは、空耳だろうか。空耳であってほしい。


「これこそ若気の至りですね。その後、彼と一緒に暮らしているというご老人が来られて、僕の現状を丁寧に説明してくれました」


「えっと、それで?」


「なので僕はとりあえず、家に帰りたいと言いましたよ。すると彼が、暇な時に会いに来る事を条件に、ご老人と共に家まで道案内をしてくれましてね」


「えっと。それはまた随分と、何と言えば良いか」


 この温厚な雄一郎さんでも手が出ることがあるのかという驚き、一緒に暮らしていたご老人が優しい人で良かったな、という安堵。


 それらの感情が、色々な情報と合わさって、波に乗りながら、一瞬で押し寄せてきたのだ。


 私は、自分の感情を正確に伝えられる言葉が思いつく事が出来なかった。


 そんな私とは裏腹に、雄一郎さんは正拳突きの件からは、笑いながら話している。


 さっきの上機嫌な態度の理由も、解った。


 しかし私は雄一郎さんとは反対の感情が心を渦巻いていた。


 その感情の名は、困惑である。

 なぜなら、雄一郎さんが人に正拳突きをするような人に見えなかったのだ。


「おやおや。貴方の気持ちも解ります。反応に困りますよね」


 ごもっともである。


「ですが、そのおかげで今でも仲の良い友人になっているのですよ。河原で拳と拳をぶつけ合って、友人になるような漫画があるでしょう。あれと同じです」


 何も変わった事のない、これが普通であると言うように雄一郎さんが言った。


 その姿は、子供に常識を教える親のようだ。


「いや。可笑しいだろう。漫画の出来事を現実でやっている人、中々いないよ。私だって、初めて見たんだ」


 それは、漫画だから通用する手段ではなかったのか。


「確かに、僕もあまり聞きませんね。しかし、最初の関係値が最悪だと、逆に仲違いをした時に気持ちが楽ですよ。あの最悪な状態にはなっていないと、安心出来る」


 仲違いを前提に話を進めないでほしい。


「その安心は、もっと別のところにあってほしいかな」


 主に、河原で殴り合わないような安心がほしい。


 私は対人関係には苦労をしてきたが、雄一郎さんが経験したような苦労は、今まで経験してこなかったのである。


「まあ、確かに、それが一番でしょうね。しかし、そのようなことはありましたが、無事、家には帰れたのですよ」


「それは、おめでとう?」


「そう思うでしょう?しかし、家に帰った瞬間に、母が凄まじい形相で詰め寄ってきたのです。驚きましたね。そして、何があったのか聞いてみたのです」


「何か、あったのかい?」


 私は、少し不安になりながら、聞いた。


「ええ。ありましたよ。どうやら、僕は三日間行方不明になっていたそうなのです」


「え?」


「一本背負いを受けて気絶した後、三日間も寝込んでいたのですよ」


「あれ、ご老人には、聞いていなかったのかい?」


 考えるよりも早く、疑問が口から出た。


「ええ。確かに、不思議なことに、あの時の僕は驚きはしましたが、ご老人については何も思わなかったのですよ」


「何も?」


「ええ。何も思わなかったのです」


「不思議だね」


「今思えば、そうでしょうね。しかし、あの時の僕は、初対面で一本背負いをしたような人が、居心地の悪そうにしていた理由が、別ったものですからね」


「疑問には、思わなかったのか。今の貴方(あなた)の姿からは、想像もできないな」


 私は、雄一郎さんの事を疑問があったら、相手の事など一切考えずに行動する人だろうと思っていたのである。


「ええ。今の姿を知っている貴方(きみ)からしたら、思いもよらない事でしょうね」


「そうだね」


「そうでしょうね。ですがそう考えると、彼も大層驚いたでしょうね。不審者に一本背負いしたら、三日間も気絶したんですから」


「それは、そうだね」


 それ以前にも、驚く事があるだろう。


「ええ。もし僕だったら、恐怖のあまり、泣きだしてしまいますよ」


「安心してほしい。私も泣くから」


「それは何よりです。さて。これが僕と彼の初対面の思い出ですよ。どうです?劇的な場面(ドラマチック)でしょう?」


「そうだね。ここまで反応に困るような初対面には、私は出会った事がない」


 劇的な場面(ドラマチック)と言うのか、危険な場面(スリリング)と言うのか。


 一から百まで劇的な場面であることには、間違いないだろうが、余りにも衝撃が大きすぎて自分の中で整理が付かないのである。


 愉快なのか、危ういのか、何なのか。その言葉が、心に刻まれた瞬間だ。


 しかし、どうやったら、一本背負いを受けて気絶するのだろう。


 やはり打ち所が悪かったのではないか、病院には行ったのか。どのような関係で、今までの交友関係を維持してきたのか。


 様々な疑問が押し寄せては、言葉に出来ずに消えていく。


 人生は小説より奇なり、という言葉が本当なのだと、このような場面で知りたくなかった。


 先程の洋館の話の方がまだ、安全安心だったのだと気が付いた。


 肉体的な意味でも、精神的な意味でも誰も傷ついていないのである。 


 しかし、そのような感想を抱くと同時に、私は、思った。


 これこそが若気の至りなのだ、と。


 この意味の解らない思い付きをすると同時に、私は店員に、もう一杯紅茶を頼む事にした。


 恐らく、このような興味本位が擽られる、刺激的話をこれからずっと聞く事になるのだろう。


 次に備えられるように、万全の準備を整えなければならない。


 これから、私はこの驚き以上の話題を、雄一郎さんから聞く事になるのだ。


 そう思った。


 なので、紅茶の種類も、今まで飲んでいた品種から違うものに変えた。意味は無いかもしれないが、気持ちの問題である。


 しかし私は、この状態でも高鳴る自分の知的好奇心を、再度、大きく感謝した。


 この知的好奇心がなければ、このような面白い話を聞く事ができなかったからである。


 精神的な意味では、とても健康に悪いのだろうが、そのような事は今となっては、関係ない。


 人類の夢の食事(ジャンクフード)も体に悪いが美味だろう、それと一緒だ、などと誰に聞かせるのか疑問になるような事を、心の中で呟いた。


 そして残り少なくなったの紅茶を、勢いよく飲み干した。



序章  ー完ー 



第二作目です。


変更点が多々あり、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

このような状況でも、読んでくださる読者の方に感謝の念を捧げることしかできません


それでは、次回作をご期待ください


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