装飾にて
本物の美を見た時、人の魂はどうなるのだろう?
熱狂の波に酔いしれながら自由を謳歌する海賊のように、雄々しい歓喜の声を心の臓から唄うのか。
……それとも。
現実の壁に絶望しながら夢に手を伸ばす平凡な人間のように、悲痛な嘆きを勉強机にぶつけながら叫ぶのか。
……私は、それが知りたかったのだ。
これは、私の生誕祭の丸太が届いた時の事である。
ちなみに、これは私が選んだ訳ではない。
なにせ私は、生誕祭の時に限りだが料理を選ぶ事が出来ないのだ。
全ては、店主の
「今回の生誕祭でお客様に合う作品は、こちらになります」
という、独断で決まるからである。
まあ。
そうは言っても、味の好み、過剰な免疫反応には対応してくれるので、随分と優しい独断だ。
すると雄一郎さんが
「おや。今年の貴方の作品は、それですか?」
と、私に聞いてきた。
……意外、だったのだろう。
「……ああ。そうだね」
なにせ前回に比べて、今回の作品は……。
あ、まずい。
このままでは、確実に話が逸れてしまう。
そう思った、瞬間である。
私の口は、自然と
「それじゃ、話を戻そうか」
と、生誕祭の丸太を口に頬張りながら言葉を紡いでいたのだ。
どうやら、今までの経験が活きているらしい。
ちなみに、この時の私の心は
「今年の主題は、雪の丸太だな。粉砂糖が雪を表現してるから、間違いない。確か、前回の主題が日本庭園の……」
という事で一杯だった。
それも、当然の事だろう。
雄一郎さんの興味を逸らす事が出来れば、話が拗れる事もないのだから。
ちなみに、今年の私の生誕祭の丸太の装飾は……。
飴細工で作られた立体の大呉風草の花のように小さい鳥が二羽、握り拳程の赤い茸に羽を休めている、というもの。
だから私の頭に
「……今年の作品は、随分と静かだな」
という言葉が浮かんだのだろう。
なにせ、前回私が生誕祭の時に食べた作品は、出て来た瞬間に私の胸を高鳴し、目を奪い、度肝を抜いたからである。
あれは、一切れの丸皿の菓子だった。
だが、ただの丸皿の菓子ではなかった。
なにせ主題が、古風で淡い日本庭園の池だったのだ。
あれには、驚いた。
なにせ、透明な池を模した寒天の上には、優雅に佇む睡蓮の葉に見立てた薄荷が顔を出し……。
その中で一輪、厳かに鎮座する蓮の花に見立てた桃の飴細工は、まるで蓮華菩薩のように美しく……。
ああ。
とても私の好みの主題だったのである。
だから、思わず過去の私は
「……綺麗だね。本物と瓜二つだ」
と言って心の中で、拍手喝采、万歳三唱を山に轟くような声量で叫んでいたのだろう。
なにせ、池を囲むように積まれた生地の模様も……。
どうやったのか一切解らないが、現実の池を囲む石と同じ姿形をしていたのだ。
そう。
現実の石と同じ鼠色である。
……ちなみに、それ以外にも飴細工で造られた物があった。
動物だ。
睡蓮の葉の上にいた緑色に彩られた雨蛙や、寒天の池の中を悠々と泳ぐ紅白の錦鯉が、その場にいたのである。
これで、過去の私が
「もう、この作品を超えるものは、この世に存在ない。これは、本物だ」
と、思った理由が解っただろう。
なにせ、粋だった。
……だが。
この考えは拙く、甘かった。
そう。
まるで、無残にも強靱な歯で噛み砕かれる飴細工のように甘かったのだ。
なにせ今年の装飾は、前回とは存在感が違う。
紅茶の生地を覆う茶色の乳製品に、今にも動き出しそうな二羽の百舌鳥を模した飴細工。
派手、ではない。
なにせ、これは細やかな職人芸によって生み出された技巧の美。
派手な作品である筈がない。
しかし私は、この瞬間。
人生で初めて静を実感したのである。
そして、これが私の背中に滝行に打たれたかのような清涼感が走った理由だろう。
だから私は、いつの間にか食べる事を止めて観察と思考に熱をあげていたのだ。
まあ。
それも私の心中を知らぬ雄一郎さんの、私を現実に呼び戻す鈴を鳴らすような
「何度も言いますが、何の変哲もない普通の祭りですよ?」
という言葉で台無しになってしまったのだが……。
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