表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
想い出  作者: 彼岸  章華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/20

回想にて

一章


「美味しい。この紅茶、とても美味しいよ。本当に凄い。他のお店の紅茶も美味しいんだろうけど、ここは、違うね」


 これが、私がこの店に来た時に発した、初めての言葉であった。



 今思うと、確かに喫茶店の店主なのだから、紅茶を最大限活かすなど朝飯前の事だったのだろうと思う。


 たが、昔の私にとっては

「美味しい」意味合いが違ったのである。


 なぜなら、昔の私は数多くある紅茶の味を理解出来るという事が、本当に凄い事だと思っていたからである。


 こんな過去の事を思い出しながら、私は

「うん。この店の紅茶は、相も変わらず、美味しいね」

 と言った。


 すると、静かに微笑を浮かべていた雄一郎さんが、口を開いた。


「それは良かった。それにしても、随分と味覚も表情も豊かになったようですね」


「そうかな?」


「そうですよ。昔の出会った直後の時の貴方(きみ)に、その感想を聞かせてあげたくなります」


「それは、止めた方が良いと思う」


 私は、反射的に言った。


 なにせ、昔の私の性格は、救いようのない馬鹿だったのだ。


 故に、そのような事を言われたら、自身の人間性を否定されたと思って、支離滅裂な言葉で、雄一郎さんを殴ってしまうだろう。


 そして、好感度は一瞬で地に落ちる。


 どのような悪態を述べるのか、それは全く想像できなかったが、そうなる未来は想像できた。


 普通に考えたら、意味の解らない行動だろうが、過去の私は理性よりも感情に左右される愚かしい人間だったのだ。


 過去の私は、今もだが、青かったのである。


 故に、お薦めは出来ないのだ。


「おや、そうですか?」


「本当に、お勧めしないよ。昔の私の性格は、貴方も知っているだろう?」


「ええ。中々、強烈でしたね」


「だろう?それなら、過去の私の食事に対する言動も思い出してよ」


 そう。


 そして恥ずかしい事に、昔の私の食事に対する認識は、天使が見放す程の阿呆だったのだ。


 昔の私の考えを一言で言うなら、

美味しければ、どうでも良い

という何とも料理人泣かせな思考なものだったのだ。


「確かに、あれは、中々でしたね」


「だろう?それに、言った事なかったっけ?昔の私の頭の中には、馬鹿が平然と居座ってるんだよ?」


「馬鹿、ですか?」


「そうさ。良い例が、あれだよ。私が両親と一緒に高級な老舗の料理屋に行った時のあの一件だ」


 私は記憶を手繰り寄せながら、雄一郎さんに言った。


「あれは酷かったね。食べてる物の味が解らないから、感動する理由もなかった」


「それが、貴方の言う()鹿()ですか。僕には無知な子供に思えますがね」


「味が解らないなんて、馬鹿だろう。それに、馬鹿も無知も大して変わらないよ」


 変わるのは、微々たる認識の差だけだろう。


「おや。貴方は、そう思うかもしれませんね。ですが、その意味は随分と変わりますよ」


「本当に?」


 私は、その言葉に疑いながら、友人の話に耳を傾けた。


「本当です。馬鹿は何かを学ぼうとする時、学ぼうという意欲がなければ、何も学ばないでしょう?」


「学ぶ意欲すら、馬鹿にはないよ」


 昔の、恥知らずな私の事である。


「随分な言い方ですね」


「事実だ。それで?無知な子供は?」


 心の底から出て来た卑屈な意見と、心の中から溢れ出た純粋な疑問である。


「貴方という人は、せっかちですね」


「自覚してるよ」


 自覚していても、治らないものは治らないのだ。


「質が悪いですね。では、話を戻しましょう。子供の場合ですね。随分と違いますよ」


「断言するんだ」


「します。無知な子供は、これから多くの事を、自然と学んでいくのですから」


「それは、確かに違うね。でも、それなら過去の私は、馬鹿だろう?料理の事を知ろうとしていないんだ」


 断言されたのは以外だったが、それでも私の過去の所業は、馬鹿以外の何物でもないだろう。


「本当に、そう思うのですか?」


「思うよ。それに今でも、そういう高級な場所は、料理の名前から意味の解らないんだ。馬鹿だろう?」


 料理の名前を、知ろうともしていないのだ。


「無遠慮な言葉は、気を付けて言うものですよ。背中から刺されますからね。主に嫉妬で」


「何それ、怖い。しかも、沸点が解らないから余計に恐い」


「これが、人間関係です」


「それは、怖いね。これからの人生の先行きが不安だよ」


 特に、就職活動である。嫌過ぎる。


「恐れを抱きながらも、立ち向かわなければならないのですよ」


「勇敢だね。嫌だな。でも、私はそれ以外にも不安があるよ」


「おや。それは一体?」


「さっきも言ったろう?無駄に肥えた私の舌さ」


「おやおや」


「なにせ、安い料理に不満を募られそうだからね。一体どうすれば良いかな?」


 事実であった。

 自分の事だが、随分と贅沢が好きな舌であると思った。


 そして、不満を募らせない解決法があるのなら、知りたいとも思ったのだ。


「諦めてください」


 だが、現実は無慈悲だった。


「しかし今の貴方は、過去の貴方のおかげで、重要な事を、僕よりも若い年で学べたのでしょう?」


「そうだね。値札の価値が必ずしも、本質的な価値に釣り合っていない事は学んだよ」


 手痛い勉強代である。


 払ったのは両親だが、それでも過去の私が出した出費を考えると、胃が痛い。


「ならば、貴方は無知な子供であったという事です。それに、まだ、幼い時に知る事が出来て、良かったではないですか」


「笑い事じゃないよ。だって、両親が大金を沼の中に落としてしまったんだよ」


「知る時期が、幼くて良かったという事です。払った金額は、今は関係ありません」


「え?」


 代金が、一番大事だと思っていた私には、大きな衝撃だった。


 しかし、そんな私の驚きは、雄一郎さんには届かなかった。


 そして、雄一郎さんは言葉を続けた。


「なにせ、大人になっても、金の価値を知らない人がいるのですから」


「大人なのに?」


「ええ。大人なのに」


 それは、良かったと言うべきなのだろうか。


 いや、いつかは誰もが気付く事なのだ。

 ならば、良い事なのだろう。





 その時だった。過去に教えてもらった、雄一郎さんの言葉が蘇った。


「美味しければ、何でも良い。貴方にはこれが普通なのでしょう。ですが、これを普通だと思っては受けませんよ」


「え?」


 過去の私は、考えもしなかった事である。


「それは、傲慢です。世間には食料がなくて困っている人がいるのですから」


 今でも、覚えている。

 あの時の雄一郎さんの言葉は、印象的だった。


「そうですね。貴方が好きな遊戯(ゲーム)で例えてみましょうか」


「あ、え?」


 思考が追いつけなかった事も、覚えている。


「今しがた貴方が言った食事に対する考え方は、面白ければ遊戯の物語に意味はないと言っているという事と同じです」


「え。それは、非道いな」


 過去の私は、確か、そう言った筈だ。


 思考の廻らない頭で、そう言った筈だ。


 今、思い出しても、非道い。

 情状酌量の余地もない。満場一致で、有罪判決である。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 誰かが言った、有名な言葉だった。

 しかし今になって思い出すと、笑えてくる。


 過去の私の行動が、その言葉の真逆の状態であると、思い知ったからである。


 これには、笑う事しか出来ない。


 私は常日頃、感動できない遊戯(ゲーム)で遊ぶ事など、時間の浪費でしかなく、意味はないという考えを持っている。


 そして同時に、私は時間の浪費をするだけなら、新しい考え方を知る旅にでも出た方が良いという考えを持っているのだ。


 それを解っているから雄一郎さんは、その例えをだしたのだろう。


 恥ずべき事だ。

 こんな事を考えていながら、本質的には私も後者側の人間だったのである。


 何という恥知らずなのだろう。


 過去の私は、この言葉を聞いた時項垂れていた。


 物語(ストーリー)に、泣き、怒り、悲しみ、笑う。


 心が動かされる遊戯(ゲーム)をする事が、その遊戯の醍醐味であり、製作者に対する敬意であった筈なのだ。


 それなのに私は、敬意を払っていなかったのだ。


 なんたる、所業か。

 大罪である。


 敬意と品位に欠けるのは、人として、大罪である。


 なので、過去の私は、このお店と友人に深く感謝をするべきだろう。


 こんな単純な事にも気付かなかった私に、更生の機会を与えてくれたのだ。


 すると、昔の自分の出来事を回想していた私に向かって、雄一郎が

「けれど、不思議ですね。昔の貴方は、どうして、あのような考え方をしていたのでしょう?」

 と言ってきた。


「えっと。怒らないで聞いて欲しいんだけど。多分、食事に、優先順位を感じる事がなかったんだよ」


 私は過去の失態を思い出しながら、告げた。


 何とも苦い返答である。だが、事実でもあったのだ。


 例えば、この世界には、様々な種類の飲み物がある。


 珈琲、お茶、果物飲料(ジュース)、酒、等々。数え出したら、切りがない程存在する。


 そして、種類だけでも多いというのに、ここから、緑茶、抹茶、日本酒、葡萄酒(ワイン)等の分類される。


 そこで過去の私は腹に入ってしまえば、全て同じという結論に至った。


 そのため、食事に意味を見いださず、そこまで興味が湧かなったのだ。


 なにせ、結果が同じものに対して、興味は湧かない。


 これが美味しければなんでも良いという認識をしていた理由だろう。


 酒は論外である。私は、法律を守る人間なのだ。未成年飲酒はしていない。


 そしてこの考えを持っていたから、昔とある動物番組で(イタチ)がご飯を食べている場面をみても、特に何も思わなくったのだろう。


 唯一思ったことは、可愛い顔をしながら案外、()()なのだな、という感想のみである。


 他に何か思え、過去の自分。自己を顧みて反省する時間を、増やした方が良いのだろうか。


「そう考えると貴方(あなた)に会った時の私は、随分と酷い物だったのだね」


「ええ。先程言ったように、実に酷い物でしたよ。世間の厳しさを知らない子供でしたから」


 即答だった。

 一切迷う素振りを見せない、完璧な即答だった。


 少し、傷つく。


 しかし、やはり私は、このお店に感謝するべきだ。


 私の認識を悉く壊してくれたのだから、理由は十分である。


 だが、こうして考えてみると、過去の私は、随分ともったいない事をしていた。


 そういえば、何年か前に知り合いが、新茶と緑茶の違いについて、淡々と説明をしてきた事があった。


 その説明の仕方は、熟練の大学講師を連想させるものがあった。


 だが、その時の私は、この喫茶店に来る前だったために、その話興味がなかったのである。


 話の内容を殆ど思えていないのが、良い証拠だ。


 微かに残る記憶の中に、新茶の方が成分が豊富言っていた事は記憶している。


 だが、詳しくは思えていない。興味がないと一切、覚えようとしないのである。


 最終的には

「美味しければ良いのだから、種類は問う事は無いだろう」という考えの私と


「何故こんなに丁寧に説明しているのに理解ができないのだ」という考えの知り合いが、揃い、頭を悩ませる事態になった事だけは覚えている。


 結局私達は、論点がずれている事にも気が付かないまま、その話は終えた筈だ。


 こうして、思い返してみると、実に、酷い話である。


 何故そのような話になったのか、そのきっかけも思い出すこともできないが、恐らく、しょうもない事がきっかけなのだろう。


 だが、私はこの話が私の認識の話と一緒なのだという事に気が付いた。


 あの時の知り合いには悪い事をしてしまった。これは、私が十割悪い。


 そんな私の頭に、とある名案が浮かんだ。


 それは、市販品を買ってきて家でその違いを体感しよう、というものである。


 悪くない考えだろう。自業自得の産物にしては、悪くない。


 そう、決意をした時だった。


 雄一郎さんが、突然

「今日は、ここまでにして帰りましょうか」

 と言ったのである。

 

 私が、何のために紅茶を注文したのか、一切理解せずに。




 怒りは自身の品性を歪ませ、困惑は自身の思考を停止させる。


 人間の心理とは、不可解で、不愉快で、歯止めが効かない物である。




 私は、混乱した。


 今、雄一郎さんが、私に向かって

「帰る」

と言ったからである。


 だが、私は紅茶の違いを理解するために新しい紅茶を注文したのではない。


 私は、雄一郎さんの話を聞くために紅茶を注文したのである。


 その事実を理解してくれない雄一郎さんへ、私は沸々と苛立ちを募らせてた。


 確かに関係のない考えを頭の中に浮かべていたことは事実だが、帰宅は、ない。


 無理もない話だろう。ここから楽しくなるという時に、急に話を折られたのだ。


 さながら、遊戯(ゲーム)の終盤の最終戦。


 これ以上失敗を重ねると次がないという緊張感を感じていた時に、親に呼ばれ、緊張感が抜けていくようなものである。


 慈悲をくれ。


 保存(セーブ)そして、時間と言う名の恩情をくれ。


 余りの衝撃(ショック)に、斜め上どころか、そんな意味の解らない思考をしてしまった程だ。


 そんなことを考えていた私に、雄一郎さんは見向きもせず、友人は会計の準備を始めていたのである。


 素晴らしい、行動が速い。


 まだ、帰宅に対する承諾すらしていないのに、こんなに素早く行動するとは、素晴らしい行動力だ。


 もし、これが他の機会であれば、褒めていたかもしれない。しかし、それは、今ではない。


 私は思わず、

「なんで、急にそんな事」

 と心の中の不満をぶつける様に、雄一郎さんに詰め寄った。


 当然である。


 ここまで面白い話をしておきながら、残りの話はお預けなど、外国にある、とある昔話の様ではないか。


 待たされる側の経験ができて、いい機会だと考える程、私の心は寛容ではなかったのだ。


 自分で言う事ではないが、面倒臭い性格をしているのである。


 そんな私に待て、と言う方が無謀だろう。犬の方が、まだ聞き分けが良いかもしれない。


 なにせ、今の私の頭には続きが気になって仕方がない、という思いしか存在していなかったのである。


 我慢勝負に一秒で負ける自信がついてしまうくらいには、私は我慢が苦手だったのだ。


 私は、まるで長年連れ添ってきた恋人に振られた恋人に縋りつくように、雄一郎さんに、なぜ帰ろうとするのか、理由を尋ねた。


 例えが壊滅的に悪いが、そんな事は現状よりは些事である。気にもならない。


 いつもであれば、気にするのだろうが、今となってはそんな事、塵と同じだ。


 気にする事ではない。


 するとその様子を見た雄一郎さんは、会計の準備を一旦止め、聞き分けのない子供に聞かせでもするかのような態度でこう言った。


「洗濯物が、心配なのですよ」


「へ?」


 それは、何とも、拍子抜けするような返答だった。


 余りの拍子抜け具合に、今までの面倒くさい思考が、軒並み消え失せ程である。


「洗濯物です。空を見てください、この空模様ですよ。いつ降っても、可笑しくないじゃないですか」


「あ、ほんとだ。確かに、怪しそうな空だね。さっきまでは晴れていたのに、今は真っ黒だね」


 気が付かなかった。


 話に夢中になりすぎていたらしい。晴天だと思っていた空は、今では曇天だ。


「でしょう?それに今日、雨に降られると困るのですよ」


「え。何か困るものでも、干したのかい?」


 私は自分で聞いておきながら、心配になった。


 重要なものを干していた場合、罪悪感で苦しくなるのは目に見えていたからである。


「ええ。実は敷布団を干していましてね。このままでは、布団ではなく床で寝ることになります」


「それは、一大事だね」


 雄一郎さんが、床で寝ている姿を想像して、やめた。


 想像しなくても、解る。


 それは、翌日の体が悲鳴を上げる。そんな事を考えられるくらいには、少し冷静になっていた。


「そうなのですよ。ですから名残惜しいですが、今日はこの辺でお開き、ということにしませんか?」


「解ったよ。さっきは声を荒げてしまってすまなかったね。謝罪するよ」


 冷静になり、一番にしたことは謝罪だった。


 自分の感情を制御や制御(コントロール)する事は難しいと知っていたが、それでも、先程の対応はないだろう。


「いえ、突然言い出したのは、僕の方ですからね。紅茶も頼んだばかりだったでしょうに」


「いや、そんな事は貴方の布団より重要じゃないよ」


 事実だった。


 紅茶の一杯と、今日の睡眠。比べるまでもなく、後者の方が大事だ。


 なにせ、紅茶の一杯は飲まなくても生活に支障はないが、睡眠は生活に支障がある。


 優先順位は東から太陽が昇るが如く、明らかだった。


 そしてその瞬間。私は、先程の行動を恥じた。


 あまりにも、自分の欲に忠実になりすぎていたと自覚したのである。


 他者には他者の都合があり、私には私の、雄一郎さんには雄一郎さんの都合がある。


 当然の事だ。この世の摂理に他ならない。


 だが、それを考えるよりも先に、自分の欲を優先してしまったのだ。救いようがない。


 話に集中しすぎて、目の前の天候という当たり前に気にする事象にすら、目が向かなくなっていたなんて、どんな笑い話だろうか。


「恋は盲目、知は狂信、か」


 そんなことを考えたからだろう、こんな可笑しな事を言ってしまった。


 私の現状が、雄一郎さんの話に盲目的だったからだろうか。


 そうだ、この世には、恋は盲目という言葉があるのだ、と思ってしまったのだ。


「貴方の現状ですか?」


「恥ずかしい事だけどね」


 違うのは、その盲目的な対象に向ける感情が恋慕であるか、知識欲であるかという点だけだろう。


 このような思考をできるくらいには、冷静になる事が出来た。


 もう少し早く冷静になった方が良かったのだろうが、それは後の祭りである。


「恋は盲目という言葉はよく聞きますが、後者の言葉は聞いた事がありませんね」


「そうだろうね。なんせ、私がたった今思い付いた言葉なんだから」


「随分、的を射た思い付きですね」


「そうだね、自分の事なのに驚いてるよ」

 

 私は単純に、知識欲は時には命すらも天秤にのせる怖ろしいものだという事を言いたかったのだが、それは雄一郎さんの知らぬ事だ。


 実際、知る事に全てを注ぎ込む行動が知識の重要性や意味を理解できない者からしたら狂気の沙汰だろう。


 そして、雄一郎さんには思った以上に好評だったらしい。


 そこまで思考し、私はその欲望を制御しなければならないという事実を恐れた。


 知りたいという欲に鍵をかけるのである。難しい事この上ない。


 禁欲とは恐ろしい。


 次に修行僧に会った時には、尊敬の念を送ろうと心に決めた瞬間だ。


 そして、そうでもしなければ先程の失態の二の舞になるという事も良く解っていたのである。


 自重しよう。

 そう、心に決めた瞬間である。


 そして、自重しようと決めた心に鍵をかけるためには、ここでお開きにするという行動は、確かに良い選択だろうと思った。


 思いがけず、雄一郎さんの行動に救われたと言ってもいい。


 ありがとう、雄一郎さん。

 先程の謝罪と共に受け取ってほしい。


 そう、心の中で呟き、私たちは次に会う時の約束を取り付け、別れた。


 次に会う約束の日は、二週間後だった。


 白状しよう。


 この時の私は、自分の知的好奇心を舐めていたのだ。まさか、ここまで苦しいものだとは、思ってもいなかったのだ。


 私は、余り考えすぎる質ではないと、この時までは思っていたのだ。


 今まで思考の渦に何度も呑まれていながら、何をいまさら言っているのだ、と思うかもしれないが、そこまで非道いという自覚はなかったのである。


 しかし、この二週間に起こった事と思うと、その言葉を撤回しなければいけなくなる。


 例えば、空腹になって食事を取ろうとした時、雄一郎さんの話を思い出して注意力が削がれ床に飲み物を零した。


 他にも、授業を受けている時に、雄一郎さんの話が頭を過ぎり集中力が欠如し、内容が頭に入ってこなかった。


 挙句の果てには、睡眠を取ろうとした時に、雄一郎さんの話が頭をちらつき、満足に眠ることができなかったのだ。


 こう思い返してみると、実に苦しく、非道いものだ。


 自分の行動を振り返ってみると、一周回って面白くなってくる。


 しかし睡眠時間と質の低下は良くない。


 雄一郎さんに睡眠は大事だと言った手前、自分の行動を思い返してみると、何も言えなくなってしまうからである。


 しかし、そんな事を繰り返していたからなのだろうか。


 集合場所である駅で雄一郎さんが私の顔を見た瞬間

「寝なさい」と珍しい命令口調で話しかけてきたのである。


 そう。


 雄一郎さんは私の顔色を見た瞬間、目を見開いて、驚くほど速足で私の前に来てそう言ったのだ。


 挨拶の言葉もなかった。


 この時の私は、どんな非道い顔をしていたのだろうか。


 後から雄一郎さんに聞いても、応えてくれなかったので、余程、非道い顔をしていたのだろう。


 なにせ雄一郎さんが挨拶をしなかったのだ。想像もできない顔だったのだろう。


 そして

「思い出話は次の機会にしましょう」という残酷な言葉を命令口調で私に言ってきたのだ。


 そして私は、意識を失った。


 もう一度、目を開けて時に入ってきた光景は、綺麗な青空(焔の夕焼け)だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ