第10.1話 日曜日のおやつ時。バーガー&カフェ・ホロホロ。【天気】霧雨
日曜日。おやつ時。霧雨が時々強くなる肌寒い天気。
陸たちは、知流姫について知りたがる咲久を雨綺に任せると、空腹を訴えるしいなを連れて、とあるバーガーショップに来ていた。
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「Burger&Cafe Holoholo」
それは、氷室神社から南西に歩くことおよそ5分。市役所の通り向かいにある小さなハンバーガーショップだ。
このお店は、値段こそちょっぴり張るけれど、チェーン店では出せないリッチなハンバーガーが味わえるとして、和風が基本の川薙にあって隠れた名店と評判の店だった。
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「そう言えばさっき雨綺が、小宮山君は鏡使えなかったとか言ってたけど」
アメリカンな内装がちょっと物珍しさを醸す店内の一角。
4人掛けのテーブル席で、この店の名物バーガーをナイフとフォークで切り分けていた陸は、ようやく神社での話題の続きに入った。
「うん。色々試してみたんだけど、ぼくには普通にただの鏡だったんだよね」
と、海斗。
ハンバーガーを切らなかった彼は、もう付属の紙袋にハンバーガーを入れ終え、今は蒸らしている最中だ。
「――これたぶんなんだけどさ。あの鏡、ぼくには使えないんじゃない? 『それは氷室の人間にしか使えない!』的な意味で」
「や~……でも鏡で御魂を見るって、要は破滅騒動の時と同じやつでしょ? あの時オレは普通に使えたけど」
陸は切ったハンバーガーを紙袋に入れながら反論した。
鏡に映し出した者の御魂の状態を視る。――それは陸がもうすでに使ったことのある技だ。
それはその時一緒にいた海斗も知っているはず。
「でも陸君が使ったのは昔の鏡の破片だったでしょ? 今回のは今の鏡なわけだし」
「それは……」
陸は、海斗の言い分がいまいち腑に落ちなかった。
海斗の言う通り、あの時使用した鏡の欠片と、今の円鏡は別物だ。けど、本当にそれで片付けちゃっていいものか……
「そうだ。鏡は――」
「雨綺君が持ってる」
鏡は氷室の者じゃなくても使える。
そう実証したかった陸は、出鼻をくじかれてしいなの方を見た。
「ん? なんじゃ? ものほしそうなかおでわらわを見おって。それよりもこのハンバーガーとかいうものはまだ食えぬのか?」
「……あ~はいはい」
鏡の所有者としての意見を求めたのに、ちっとも伝わっていない。
陸は仕方なく、ぴょんぴょんと体を上下させて期待を膨らませるしいなに、たった今作ったハンバーガーのパックを渡した。
「おお! これが――!!」
「あ。それデカいから一回潰してから食えって」
「……つぶす?」
「しいなちゃん。こう、ぎゅっと」
陸の代わりに、自分のハンバーガーを潰して見せる海斗。
この店の名物バーガー。抜群に美味しいらしいのだけど、その分大きいのだ。
上下のバンズの間には、目玉焼きやら、パイナップルやら、チーズやら、パティやら、トマトやらレタスやらとまあとにかく具だくさん。
長いピンで止められ皿に載っててくるハンバーガーなんてしいなに限らず初めての体験だった。
「おお! うまい! なんということじゃ! わらわ、こんなにうまいもの食うたことがない!」
「あーはいはい。分かったからもっと落ち着いて食べなさい」
予想以上のハンバーガーの美味しさに、色々疎かになっているしいなを注意した陸。
陸は、目をキラキラと輝かせてハンバーガーを頬張るしいなの口を紙ナプキンで拭った。
「おしぼり、いりますカ?」
「あ、はい。ありがとうございます。それと、すみません」
「とんでもなイ! こんなに喜んでいただけてうれしイ」
海斗がおしぼりを受け取ると、外国人オーナーシェフが笑顔で応えた。
「いやこれはほんとうにうまい! そなたらも早うに食うてみよ。こんなにうまいもの、あたたいうちに食わねば、バチが当たるというもの」
「あーもう! 分かったからせめて座って食べなさいって!」
川薙の破滅がかかった真剣な話をしに来たはずなのに、なぜか育児の苦労を疑似体験している。
どうしてこうなったのか考えずにはいられない陸だった。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……川薙氷室神社宮司家の娘。ヒロインさん。高1。割といいかげん。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
雨綺 ……咲久の弟。小6。ハスキー犬系男子。
朱音 ……元迷惑系動画制作者。高1。根はいい子。
埼先生 ……朱音の担任。家庭科教諭。うっかりメガネ。
木花知流姫……桜の神様。ギャルっぽい。
奇稲田姫 ……川薙氷室神社の御祭神。訳あって縮んだ。
しいな ……小さくなってしまった奇稲田姫の仮の名。
川薙 ……S県南中部にある古都。
茅山 ……川薙の南にある工業都市。
【更新履歴】
2025.5.29 微修正




