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After Story②

コミカライズ連載開始記念SS 2話目です。

 夕日が差すイトゥリ王宮。

 玄関に続く長いアプローチを囲む庭園のあちらこちらに配置された噴水や彫刻も茜色に染まり、昼間とはまた違った趣きのある光景が広がっている。

 そんな景色をランスロットは独り馬車の中から眺めていた。愛しい妻と一緒に見る事ができたなら良かったのだが、アナベルはキャロルの馬車に同乗していた。

 何でも、あちらの馬車の方が衝撃吸収能力に優れているからとか何とか……。

 この馬車だって充分に立派だと主張したかったが、キャロルを筆頭とした女性陣から発せられる圧力がそれをさせなかった。

 アナベル大好きなキャロルが彼女を優遇するのはよくある事だが、今回の過保護ぶりは異常だとランスロットは頭を悩ませた。


(やはりどこか具合が悪いのだろうか……?)


 晩餐会など放っておいて、アナベルと話したい。

 気持ちとは裏腹にゆっくりと進む馬車の中で、ランスロットは独り溜め息を吐いた。


 宮殿に着くと、ようやくアナベルと引き合わされてエスコートを任せてもらえた。

 エスコートまでキャロルがすると言い出したらどうしようと思っていたから、ランスロットは胸を撫で下ろしながら、アナベルの手を取った。

 やっと至近距離で視界に収める事ができた美しい妻は、繊細な刺繍の施された清楚なエンパイアドレスに、暖かそうなカシミアのストールを羽織っていた。

 よく似合っていると褒めると、アナベルは慌てたように呟いた。


「急遽用意したドレスなので、上手く着こなせているなら良かったです……」


(確かにこのドレスは初めて見る……。持参したドレスに問題でもあったのか……?)


 またひとつ聞きたい事が増えたが、話をする間もなく案内役の言葉に耳を傾けながら宮殿を歩かなければならなかった。


 天井一面に描かれた極彩色のフレスコ画や豪華なシャンデリア、来客を次々と出迎える美術品の数々。重厚な雰囲気を重んじる自国と違い、華やかな物を好むイトゥリらしさが随所に感じられる。

 イトゥリに初めて来たというアナベルは、案内役の解説を聞きながら、宮殿内を嬉しそうに鑑賞している。

 体調が優れないのかと思ったが、血色は良く、表情も明るい。ひとまず心配はなさそうだと、ランスロットは絢爛豪華な宮殿そっちのけで妻を眺めた。

 晩餐会の会場に着くと、イトゥリの国王を初めとする王族達と挨拶を交わし、案内された席についた。

 ランスロットとアナベルが並んで横に座ると、その正面にはベアトリーチェ王女が着席した。

 王女はアナベルをチラリと見て、ランスロットに微笑んだ。


「夫人もお連れになったのね?良い案だとは思うけど私には通用しないから」


 その自信に満ちた表情にランスロットはいい加減苛立ちを覚え始めた。

 この王女の言動しかり、アナベルを取り巻く状況しかり、当事者であるはずの自分だけを除け者にして勝手に話が進んでいるように感じてしまうのだ。

 仮に本当に再婚を望んでいるのだとして、そもそも何故自分なのか。以前訪れた際に軽く挨拶をした程度の面識なのに。

もし一目惚れだなどと言われたら、ありがた迷惑すぎて涙が出るに違いないと、ランスロットはテーブルの下でこっそり拳を握りしめた。

 そんな苛立ちを他所に、イトゥリ王室お抱えの音楽家達による演奏をBGMにして会食は和やかに始まった。

 王女はいきなり何かを仕掛けてくることはなかったが、二人の馴れ初めを聞いたり、アナベルに関してあれこれ質問をしてきたり、何かと絡んできて気が休まらない。キャロルが気を遣って何度も話を逸らしてくれるが、蛇のようにねちっこい王女には効果がなかった。

 それよりも、アナベルが食前酒だけでなく、他の酒も全て断っているのを見て、やはり体調が優れないのだろうかと心配でソワソワし始めた頃、話の切れ目にイトゥリの国王がランスロットに話しかけた。


「今日はベアトリーチェたっての希望で、アンバー卿とその奥方も招待させていただいたが、楽しんでおられるかな?」


「はい。このような席にお呼び頂き光栄でございます」


 正直言ってそんな事は微塵も思っていないが、社交辞令としてアナベルと共に恭しく頭を垂れる。

 すると、今まで大人しくしていたベアトリーチェが身を乗り出し、国王に話しかけた。


「お父様、今日ランスロットを呼んでもらったのはお願いがあったからです!」

「ベアトリーチェ、急にどうした……?」


 ベアトリーチェは神に祈るかのように胸の前で手を組んで国王をじっと見つめた。


「お父様は私が結婚する時、もし離婚して帰ってきたら、次は望む相手と結婚させてくれると仰いましたわよね?」


 末っ子で可愛らしく天真爛漫なベアトリーチェに国王が甘いのは周知の事実だったが、まさかそんな約束をしていたとは知らなかったと、イトゥリ側に動揺が走っているのが見て取れた。


「た、確かにそう言ったが……」


 国王は困惑したように言い淀んだ。離婚は教会が認めていない為、実質不可能とされていた。唯一の抜け道が婚姻無効だが、まさか国王も娘が婚姻無効をもぎ取ってまで帰ってくるとは夢にも思っていなかったのだろう。


「それはあくまで、結婚を不安がるお前の気持ちを軽くする為のもので──」


 ベアトリーチェは国王の言葉を遮って立ち上がり、ランスロットを指し示した。


「私はランスロットと再婚しますわ!」


 それまで様子を窺いながら演奏を続けていた音楽家達も、王女の突拍子もない発言にうっかり演奏を止めてしまい、文字通り空気が静まり返った。


 その静寂を利用して王女は、まるで舞台女優のような大きな身振りで訴えた。


「数年前、この宮殿で暴漢に襲われかけた私をランスロットが助けてくれた事を、お父様も覚えているでしょう?あの頃から私の運命の人はランスロットだと思っていたのですわ!」


 それを聞いたランスロットは、ほぼ筋肉で構成されている脳みそをフル回転させて必死に思い出した。

 確かに、花嫁を決めるべくイトゥリを訪れた王太子ヘリオの護衛任務中に、宮殿内で暴れていた男を危険と判断して制圧した事はあった。が、そこにベアトリーチェ王女がいたかどうかは正直覚えていなかった。

 あくまで任務上必要だからした事であって、王女を助ける為などという考えは塵の塵ほどもなかった。


「それに、そちらの国にはアウローラお姉様が嫁いでいるじゃない!異国での暮らしは心細いですが、王太子妃の妹であれば何かと過ごしやすいでしょうし、最高ですわ!」


 するとルイスが、懸命に堪えていたが無理だったとばかり小さくに噴き出して笑った。


「ベアトリーチェ殿下はお美しいだけではなく、冗談もお上手なのですね。先程紹介しました通り、ランスロット・アンバーはガードナー伯爵家のアナベルと既に結婚しております」


 ルイスは王族スマイルを浮かべて冷静に指摘をした。

 アナベルが身分のない者であるならまだしも、彼女は伯爵家の令嬢で、たとえ王族といえども決して軽んじる事はできない正式な結婚であると。


「あら、私のように婚姻無効にすれば良いんです。やり方を教えて差し上げますよ?」


 ベアトリーチェが自信満々でそう言うと、そこで初めてルイスの笑顔が消えた。


「我が国の王の承認と、教会の祝福の元に成った結婚を軽々しく無効になどできるはずがありません。王女殿下の発言はどうも我が国を軽んじておられるように聞こえるが、いかがか?」


 口元にこそ笑みは戻ったものの、ルイスはサファイアのような瞳を冷たく輝かせてイトゥリの国王を見据えた。

 蛇に睨まれたカエルのように脂汗を垂らし始めたイトゥリ王は慌てて釈明を始めた。


「け、決してそのようなつもりはなく……!甘やかして育ててしまったせいか、時々このような分別のない事を……誠に申し訳ない!」

「ちょっとお父様……!」

「ベアトリーチェも、ルイス殿下が冗談で済ませてくださるうちに謝罪しなさい!」


 いくら甘やかされているとはいえ、流石に外交上重要な国への無礼は許されないようだ。しかしベアトリーチェは頬を膨らませてそっぽを向いた。


「イヤよ!ランスロットだって、王女である私と結婚すれば、イトゥリではもちろん、そちらの国でも身分を吊り上げる事ができるんだから得じゃないの!そうでしょ!?」


 王女が同意を求めるようにランスロットを見つめるので、ランスロットは立ち上がって発言の許可を得ると、頭を下げた。


「王女殿下、こちらは職務上必要だったから暴漢を排除しただけで、貴女を助けたという記憶は一切ありませんし、今より高い身分も特に望んでいません。何よりも、愛する妻と別れるなど、天地がひっくり返っても絶対に無理ですのでお断りします」


 アナベルに影響されて始めた語学の勉強がこんな風に役立つとは思ってもいなかったが、自分の気持ちを通訳に頼る事なく主張できて胸がすく思いだった。

 不敬罪に問われても困るので、イトゥリ語は勉強中なので無礼があったら申し訳ないと一応付け加えておいた。


 公衆の面前で盛大にフラれた形になった王女は口元を引き攣らせた。

 まさか断られるとは思っていなかったのだろう。

 性格はどうであれ、彼女は美しく国民の人気も高い。ちやほやされるのが当たり前の存在なのだ。


「……アナベルさんと言ったかしら?アナタはどうなの?私と結婚した方が彼の為になるんだから、アナタから身を引くのが筋ではなくて?」


 プライドを傷つけられて意地になったのか、ベアトリーチェはアナベルに圧力をかけ始めた。

 自分は何を言われても我慢できるが、愛する妻を標的にするなら話は別だ。アナベルの代わりに文句を言おうとすると、そのアナベルがランスロットの腕を引いて立ち上がった。


「発言をお許し頂けますか?」


 そう許可を求めたアナベルは、顎を引いて姿勢を正し、凛とした様子で王女に対峙した。


「王女殿下の仰る事はごもっともです。私や私の実家がランスロット様にして差し上げられる事は、ほとんどありません」


 その冷静な言葉にランスロットは慌ててアナベルを見た。


(まさかこのまま捨てられるのか?そうなったら俺はこの場でみっともなく泣いて縋ってやる……!!)


 そんな決死の覚悟を他所に、アナベルは隣に立つランスロットを見上げてふわりと笑った。


「以前の私であれば身を引いたかもしれません。ですが、今は違います」


 アナベルはそう言うと、自身の腹部にそっと手を当てて愛おしそうに見つめた。


「二人の間に授かったこの命を、きっとランスロット様は何にも代え難い宝物と思ってくれるでしょうから」


 その言葉を聞いて、呆然とアナベルの腹部を見つめて、ほぼ筋肉製の脳みそでようやく意味が理解できて──。

 ランスロットは繊細なガラス細工に触れるようにそっとアナベルの手を取って、顔を覗き込んだ。


「子を授かった……?」


 どうして急にキャロルが過保護になったのか。どうしてコルセットをしなくなったのか。どうして酒を飲まなかったのか。頭の中で今答えは出たけれど、アナベルの口からはっきりと聞きたかった。


「はい。国に帰ってからもう一度検査しますが、まず間違いはないだろうと……」


 少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうにはにかむアナベルをランスロットは思わず抱きしめた。

 もちろん、お腹を締め付けないようにそっと優しく。


「ありがとうベル……。一番の宝物は君だけど、お腹の子もまさしく何にも代え難い宝物だ」

「ランス様ならそう言って喜んでくれると思っていました……」


 その言葉を聞いてランスロットは少し泣きそうになった。

 ランスロットの愛をアナベルは信じてくれている。心が通い合った夫婦だと思ってくれている。その事が分かってたまらなく嬉しかった。


 アナベルは再び王女に向き直って頭を下げた。


「ですから私はランスロット様のお傍を離れません。共にこの宝物を守り育てていくと決めましたので。殿下のご希望に添えず申し訳ございません」


 パチパチと小さな拍手が聞こえた。

 ルイスとキャロルだった。


「良かったねぇベルぅぅぅ」


 ハンカチから涙を滴らす勢いで泣くキャロルに「僕達も早く授かれるよう頑張ろうね」と寄り添うルイス。

 今が話を逸らすチャンスとばかりに大袈裟に祝いの言葉を述べ、拍手を贈るイトゥリの王族達。

 必死で空気を読んでいた演奏者達が寿ぎの曲を奏で始めると、会場中が一挙にお祝いムードになった。


「そう……子ができたの。じゃあ仕方ないわね」


 ベアトリーチェ王女は気が削がれたようにぽつりと呟くと、椅子に座ってワインを一気に煽った。

 飲み終わったグラスを見つめながら、王女はまたぽつりと呟いた。


「知ってる?私って子供には優しいのよ」


 するとアナベルは頷いた。


「存じ上げております。学校や孤児院の支援の為に殿下がご自身で財団を立ち上げたり、実際に幾度も訪問なさっていると……」


 てっきりワガママ放題に暮らしているのかと思っていたので、ランスロットは密かに驚いた。もしかして人気があるのは外見のせいだけではなく、そういった活動をしている事も理由なのかもしれない。


「そう、だからね、私は愛人の子供なんて可哀想な存在を作りたくないの。同じ血を引いているのに、その家の子ではないとされてしまうのよ?不憫よね?」


 その言葉に分かりやすく固まったのはイトゥリ王。

 愛人が何人もいて、その庶子は王族として認められていないと聞く。


「婚姻無効にして帰ってきたのだって、実は夫に既に愛人の子がいるって知ったから。子供に罪はないのに、一生日陰者として生きるなんて可哀想だと思ったのよ」


 もちろん慰謝料はたんまり請求してやったけど!と笑う王女はアナベルのお腹を指差した。


「私がランスロットと結婚したら身分的にはあなたが愛人。そうなるとその子が可哀想でしょ。だから諦めてあげる」


 それを聞いてアナベルはホッとしたように息を吐くと、恭しく王女に頭を下げた。


「王女殿下のご慈悲に感謝申し上げます」


 ランスロットがきっぱり断ったのに、それでもまだ王女が正妻に収まる前提で話をされたのは納得いかないが、要するにこの話はなかった事になるようだ。

 気まぐれに振り回された挙句、婚姻無効まで強要されそうになったのに、何故礼を言わねばならないのか甚だ疑問だが、そんな風に丸く収めるベルたんマジ天使!と思いながら、ランスロットも慌てて一緒に頭を下げたのだった。

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