20.お風呂場で子ども誕生!?でもルリは我が子だと認知しません!
ルリ達4人は当初の目的通り、プールの後も飛行船の施設を堪能するべく一通り回ろうとした。
しかし、どの娯楽施設もプール同様に至れり尽くせりなサービスが用意されていた。
だから彼女達の活発な気質により遊ぶ時間が全く足りず、1日の間に体験できた要素は全体の1割にも満たない。
それでも彼女達は物足りなさを感じることなく全力で満喫し、豪華な夕食で腹を満たした後は大浴場でのんびりと入浴する。
当然、大浴場も相変わらず船内とは思えない広さに加えて、管理コストを度外視した設備の取り揃えようだ。
最早ここだけで巨大な温泉街そのもので、浴場内に飲食が用意されている。
ただ、高位存在や巨大怪獣がリラックスできる環境を整えるとなれば、どの施設も都市レベルの規模が要求されてしまうのは当然かもしれない。
ルリはそんな巨大温泉の湯へ浸かるなり、至福に満ちた顔で大きな溜め息を吐いた。
「はぁあ~~ん、良い湯だぁ。まさに極楽浄土なり~」
心地良いお湯が心身に沁み渡る。
更に頭上を見上げれば夜空が映し出されていて、視覚的にも癒された。
この解放感、この安心感。
いつ何度入浴しても間違い無く新鮮な気分に浸れる。
それにルリ達は遊び回っている内に飛行船の技術力に慣れきっていた。
そのおかげで船内なのに夜空を眺められたり、すぐ隣に本物のマグマが風呂として用意されていることを気に掛けず心から満喫できた。
そうしてリラックスする最中、ルリは今日1日の体験を思い返しながら、同じく入浴している親友達に声をかけた。
「いやぁ……。いつもに増して行く先々で色々あったけど、楽しかったねぇ」
ルリは感慨深そうな雰囲気を漂わせ、わざとらしく年寄り臭い仕草で話す。
それに一番早く反応するのは、なぜか大浴場でもカメラを手放さす気配が無いアズミだ。
きっと彼女にとってカメラは必需品という枠を越えて、既に体の一部と化しているのだろう。
「カジノでは伝説のギャンブラー茂さん。そして大富豪カズタカさんと私達の三つ巴ギャンブルやりましたね。最初エフちゃんがあまりにも負けすぎて、一時はどうなるかと思いました」
どのようなギャンブル内容だったのか詳細は不明だが、よほど危機感を煽られた勝負展開になってしまったようだ。
あのアズミが責める視線をエフに向けて送るほど、彼女は安直な失敗を犯したらしい。
その訴えかけに当人は遅れて気が付き、湯に浸かりながらも慌てて弁解した。
「し、仕方ないじゃない!あれだけ強烈なプレッシャーを浴びせられたら、誰でも策に嵌まるわよ!あと風呂場での盗撮はやめなさい!」
「記念撮影なので盗撮目的では無いです。でも……、たしかに相手もエフちゃんを露骨に嬲っていましたからね。初心者をカモにするなんて、卑怯な上に大人げない人達ですよ」
「勝負の場に慈悲は無いと恰好つけてきた時は、より屈辱的で極限状態に陥ったわ。つい悔し涙を流すほどにね。何であれ、途中交代してくれたルリが巻き返してくれたおかげで事無きを得られたわ」
「ルリ様の逆転劇が神がかり過ぎて、勝負相手のお二方とも泡を噴いて失神しちゃいましたよね。最終的に相手が破滅してしまい、エンマ大王から地獄労働送りとか言われてましたし。ちょっと可哀想になるくらいでした」
「賭け事で調子に乗るからダメなのよ。とにかく土壇場でルリが倍プッシュに応じて大逆転したとき、とても痛快で思わず叫んでしまったわ!くぅ~僥倖僥倖!」
湯の効力で気分が解放的になっているエフは普段より大げさに喜んでおり、ガッツポーズを取った上で清々しい表情を浮かべていた。
どうやら仕返しできた瞬間が最高に快感だったらしく、印象深いエピソードとして彼女の記憶に残ったようだ。
それからも彼女ら4人は、アズミが撮影していた映像や写真を見ながら旅客機内での出来事を語り合った。
珍しいマッサージがあると聞いて体験してみたら、スライムに呑み込まれたり幽体離脱させられてアズミだけが感動していたこと。
スポーツではプロの人外集団に付き合わされたものの、エフ手製の卑猥な錬金道具やルリ以外のスキルで相手を完封したこと。
夕食のビュッフェではシャンパンタワーを始めるポセイドン一族を尻目に、ゆったりと楽しんだこと。
更に、利用客である13人の大天使御一行に頼まれてアカネを筆頭に宴会でライブを始めたら、歌唱大会となってお米派の女神まで降臨した挙句、運命操作とイカサマが織りなす決死のビンゴゲームが始まったこと。
どの出来事も息抜きとは言い難いほど一苦労する体験だった。
だが、どんな事態にも楽観的かつ全力投球な彼女達だからこそ楽しく過ごせた1日だ。
そして、破天荒な彼女達でも浴場ではリラックスした一時に満足しており、アカネがいつも以上に気が抜けた甘え方をみせる。
「ねー、ルリさんー。私の頭を洗ってー」
「任せてアカネちゃん。テクニシャンな私が指使いを披露してあげる」
「おぉー。それは期待しちゃうなー」
「よし、じゃあシャンプーは……色々とあるねー。ステータス上昇するのもあるし、状態異常になるやつもあるよ。アカネちゃんはどれが良い?発育促進?それとも発毛促進?」
「なんでも良いよー」
「じゃあ試しに『即効発揮!砂漠も生い茂る発毛シャンプー!』ってラベルが貼ってあるやつを使ってみようか!これで将来アカネちゃんは薄毛に悩む心配なしだね!」
ルリは喜々としながらピンク色のシャンプー液を手に付けて、手の平で軽くなじませてからアカネの髪に触れる。
すると、もうその時点でアカネの髪は伸び始めており、つい先ほどより一回り長いロングヘア―に変貌してしまう。
しかも発毛とは別の効能で髪が発光し始めて、ちょっとした神々しさが伴い出していた。
「なにこれ、よく見たらボトルに神様っぽい名前が書いてあるし。もしかして忘れ物?ってか、神様ですら薄毛に悩むんだね……」
「わぁお、なんか頭が重くなったよー?」
「長くなった髪が水分を吸っているから、余計にそう感じるかもね。とりあえず、お風呂あがったら切り揃えようか。自前で整っていた眉毛とまつ毛まで急激に伸びてるし」
普段とは比べ物にならない長髪で新鮮味あるが、このまま異様に伸びていたらバランスが悪い。
ルリはそんなことを考えながら別のシャンプーで洗い直そうとしたとき、アカネの髪から拳一握りサイズの触手が飛び出した。
「う゛ぉあわ!?」
気を抜いていたタイミングで触手が伸びてきたので、驚いたルリは野太い雄叫びをあげる。
それから彼女は反射的に触手を掴み取るなり、光速を上回る投球でマグマ風呂へ叩きつけた。
同時に叩きつけた衝撃とソニックブームによって爆発音が発生し、マグマ風呂は文字通り噴火する。
ルリが軽く息を切らす中、辺りに飛び散る溶岩。
一方アカネはシャンプーのせいで目を瞑っており、何が起きたのか把握できていなかった。
「凄い音がしたけど、どしたのー?」
「い、いや……。アカネちゃんの髪に虫が潜んでいて、びっくりしちゃった」
虫という表現は、あながち間違いでは無いだろう。
しかし、彼女が投げた触手は小さい割に耐久性が非常に優れており、何事も無くマグマ風呂から這い出てきた。
更には自ら水風呂へ入ることで付着していたマグマを洗い流し、そのまま触手は自力でアカネの脚を伝って所定の位置へ登り直してしまう。
「ねぇエフ……。この触手、プールの時からずっと活動したままなんだけど。すぐ大人しくなるって話じゃなかった?」
「あら、まだ元気だったのね。もしかしたらアカネちゃんが肌身離さず持っていたから、知らない内に彼女の影響を受けて突然変異したのかもしれないわ」
「さらっと言っているけど、それって要するに未知の状態って事でしょ。寄生しているように見えたから余計に驚いちゃったし」
「どの程度まで変異しているのか分からないけれど、その触手は生物に寄生しないわ。だからアカネちゃんの髪に潜んでいた理由は、ただ単純に居心地が良かったからでしょうね」
「うーん。完全に無害だとしても、このまま放置するのはちょっと恐い気がするなぁ。というより、アカネちゃん自身は気にならないの?私なら簡単に駆除してあげられるよ」
宿主を求める触手に見えてしまうのみならず、何を考えているのか分からないから不気味という印象しかない。
比べてアカネは不快に思ってないどころか、触手に愛着を持って可愛がるよう指先で撫でながら答えた。
「慌てて駆除しなくて良いよー。たまにくすぐったいけど、基本的にポケットでうねうねしているだけだし」
「アカネちゃんは心が広いなぁ。何をしてくるのか分からないのに」
「だいじょーぶ。悪意?みたいな気配を感じないからー」
「アカネちゃんの性格にも影響されているのかな。一応生まれたばかりの触手だし、子は親に似るというか何と言うか……」
「おぉー。つまりこの触手は私とルリさんの子どもってことー?」
「ごめん、急に何?それはさすがに厳しい。いくらアカネちゃんが受け入れても、まず私の心の整理をつけさせて」
「うーん。ルリさんは我が子だと認知してくれないのかぁ」
わざとなのかと疑いたくなるほど誤解を招く言い方だ。
だからルリはすかさず冷静に率直な思いを伝えた。
「いや、触手をペットや仲間扱いするのはまだ許せるよ。だけど、いきなり我が子扱いするのは無理があるでしょ」
理屈ではなく、感性的に強い抵抗感が拭いきれない。
そんな否定一色に等しいルリに対し、アズミがオタクらしい発想の提案を持ち掛けた。
「それなら触手を人間の姿に変えるのはどうですか?ルリ様の能力とエフちゃんの錬金術を組み合わせれば、可能性はゼロでは無いと思いますが」
この意見にアカネと領主エフの2人は好意的な反応を示す。
アカネが賛成派なのはともかく、エフまで前向きに捉えているのは錬金術師としての知的探求心を備えているからだ。
何よりも触手を錬金した張本人であるので、新しい可能性を発見したいと願う所だろう。
協力者が提示された解決策に前向きなのは良い事だ。
とは言え、本当に我が子として受け入れる側となるルリからすれば、このまま触手の人間化を実現されたら堪ったものじゃない。
「あのね。それってホムンクルスと同じだからね。それに、まぁ……この触手が本当に安全というか、安定した生物なのか分からないから。そういう曖昧な部分が分かって、尚且つ私が受け入れられるようになったら人間の姿にしてあげるよ」
万能超人にしては、意外にも堅実かつ慎重な考え方だ。
だが、これはルリがあらゆる生物の尊厳を軽んじておらず、安易に生態を変えるべきでは無いと思ってこその発言だ。
しかしアズミはアズミで、ちょっと捻くれた観点で解釈した。
「要するにルリ様は、我が子だと認めない内は人間の姿を与えない……というわけですか。中々スパルタ気質な親ですね。我が子を崖から落とす獅子ですら仰天ものですよ」
「あれ?私が親なのは、もう周知の事実扱いなの?外堀が埋められるの早過ぎない?」
「アカネちゃんは触手を我が子として認めていますからね!今はほんの少し、ルリ様から理解を得られてないだけで!でも、いつの日かルリ様が認めると私は信じていますよ!」
「さっきから曲解が凄いよ。そもそも生み出したのはエフで……」
「とにかく触手さん!ルリ様に認められるよう立派に成長して、いつか見返してあげましょう!そのためならアズミは惜しみなく協力しますよ!」
アズミは勝手に意気込み、触手にエールを送るという空気感を生み出す。
すると湯に当てられて普段より陽気な気分となっているのか、アカネとエフの2人も同志となって触手を応援し始めてしまう。
「おぉー、がんばれ触手ー。私も……父として?母として?どっちなのか分からないけど、一緒に頑張って、なんとしても認知させるぞー」
「私も微力ながら協力するわ。あと先に人間形態のモデルを決めておけば、ルリを説得しやすくなるかもしれないわね。まず性別は、やっぱり女の子が良いかしら。男性なんて元から触手があるようなものだし、つまらないわよね」
3人とも本気で言っているらしく、なんとしても触手をルリに認めさせてやりたいと決心しているようだ。
ここまでお人好しの度合いを大きく超えてしまうと、不思議な一致団結を成して謎の使命感に駆り立てられてしまうものなのか。
そして、それらのお節介とも呼べる熱い気持ちに応えるよう、触手自身も呼応してピチピチと頭を振っていた。
「おぉー触手も乗り気だー。物分かりが良くて、すばらしー。甘え上手だし、賢い賢いぞぉー」
「どうしたのアカネちゃん?私の気のせいじゃなければ早くも親バカになってるよ」
「我が子が賢ければ親バカにもなるよー。あと、この子かわいい色しているでしょ。もう守ってあげたくて仕方ないのー。きっとこれが母性なんだねー」
「ねぇ大丈夫?ここまで肯定一筋だと、本当に寄生されてないのか心配になってきたんだけど。なんか洗脳されてない?気のせい?これって私の気のせいなんだよね?」
「逆にルリさんは警戒し過ぎだよー。相手が歩み寄ろうとしているのに、それを拒否するのは可哀想でしょー?親切心を大事にしよー」
「急に正論パンチ飛んできた。なんか、このままだと私1人が勝手に駄々こねているだけみたい。だけどなぁ、触手はちょっとねー。うーん。どうしても見るたびに海の神と魔王の姿がチラつくんだよなぁ」
ルリが頑なに了承しないのは、この触手に対する第一印象がおぞましいせいだった。
厳密に言えば、まず真っ先にサンゴ礁で起きてしまった光景が目に浮かぶ。
何であれ触手の件は一旦保留となり、当分はアカネが保護者として世話することになる。
それから彼女達は風呂場で身体を洗い合い、様々な湯を堪能したあと。
脱衣所では、自身の役割を理解した触手はアカネの体を拭いたり服を着せる手伝いなど、ルリに向けて『私は学習と成長しています』アピールをしていた。
その自己形成の成長は目覚ましく、健気な性根も評価に値する。
しかし、子として受け入れるに当たって覚える抵抗感を解消するには、まだ時間が必要だった。