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黒色に、金色のラインが施された巨体。
ナッドは逐一こちらに手を差しだし、機体の腹部の辺りに乗り上がるのを手伝った。
鳥も興味津々といったように、その騎体の上に集る。
ナッドは刺々しい騎体の上に屈んで、鎧の心臓の辺りに手を差し出した。
心臓の辺りが微かに、白く発光したが、それ以上は音沙汰もない。
「やはり、私ではダメか。」
ナッドは諦めたように笑った。
この人間、一つの失敗で自分の全てを否定するらしい。
神経細いのは勝手だが、一緒にいると鬱陶しい人間だ。
「次は君にやってみて欲しい。」
ナッドは躓きそうになりながら、慎重に歩くユラの腕を掴み、自身の側へ手繰り寄せた。
ユラは手を強引に振り払い、巨人の胸元へ向き直す。
「これ、中に人は?」
「居ない。」
「脱出したんですか?」
ユラは、この男が物事をキッパリと言い切る芯があるということに、内心驚いた。
「脱出したのなら、他の2機が騒ぎ立てる筈だ。」
ナッドは周囲をわざとらしく見回した。
鳥と、鹿の鳴き声だろうか。暗闇に包まれ始めた森林は不気味で、騎体の側の木に停められた馬は、落ち着かないように身震いしていた。
「では、この中の人はどこに行ったんですか?」
ナッドは再び押し黙り、溜め息を吐いた。
腕を組み、甲冑の音が周囲の音に混じる。
「……死んだ。アイアンメイデンとはそうだ。」
「この騎体は女性だけを受け入れ、乗った人間の魔力が尽きるか、騎体が大破し、戦闘継続不可能と判断した場合。
内部から針千本が現れ、そのパイロットを殺す。」
ナッドは自身の顔を覆う、バイザーを押し上げた。
ブロンドの髪が少しはみ出し、濃緑の瞳は自分を真っ直ぐ見据えていた。
頬のあたりには小さく、しかし深い傷跡。
「ユラ。君がこれに触れて、アイアンメイデンが君を受け入れた時。私は、君をガサンタ軍に入れるつもりだ。」
額から汗が流れる。全身から寒気が走るが、汗は遠慮無しに溢れ出す。
夜風が斜め上から顔を伝うが、汗は引かない。
木々が騒つく。鬱陶しいことこの上ない。
この男、緑を円として中心に黒い瞳孔を持った瞳を揺らし、自分を見据えている。
その筒という武器に手をかけていた。
ここで拒否をすれば、私はエガーテ人として死ぬ。
直感できた。そして同時に、この男の言う通り。
アイアンメイデンに受け入れられれば、私はガサンタの人間として、エガーテを殺し尽くすのだ。
エガーテの人々を殺すのは心苦しいなんてものじゃない。
自分と同じように、罪もなかった人間を襲い、
唾棄する。
そもそも、この騎体に殺される可能性も付き纏う。
この男に襲い掛かれば、騎体も奪取して逃げられるか。
おそらく不可能だろう。スーマおばさんは小さな音の後に、頭に穴を開けて絶命した。
この騎体に乗り込んで、こいつを殺すしかない。
ここは、2人だ。こいつを殺して、騎体を捨てて遠くに逃げる。
騎体の胸元へ振り返ろうとした時。
森の奥から、火が立っているのに気がついた。
それはユラユラと揺れ、巨大な足音を纏わせている。
「ナッド、貴様何をしてる!」
ナッド・レッドと同じ甲冑を見に纏い、馬にまたがる中年の声。その後ろに、5人ほどが、火をつけた木の棒を手に持ち、ゆっくりと姿を現した。
「それはリズムのアイアンメイデンだな。そこの女はなんだ!」
中年の男は自分に一瞥をくれ、ナッドと同じ筒に手をかけ、その砲身を自分に向けた。
「ハーマー・オール落ち着いて聞け、お前のリズムは死んだ!」
ナッドは騎体から飛び降り、甲冑を激しく鳴らす。
ハーマーと言われた甲冑達の前に立ちはだかり、その砲身を自身に向けさせた。
「死んだのはわかる。しかし、お前達がそうした可能性もある!第一、その女はエガーテの人間なんだろう。」
ハーマーは戸惑いを隠せず、吃りながらも、ナッド達へ声を張る。甲冑越しの声であるから、叫びは蓋をされているように篭っていた。
「彼女は確かにエガーテだが、私の義親戚だ。ガサンタで生まれ、親族は戦果に呑まれるのを恐れてこちらに送ったのだ。」
この人間は真の無能だ。
突発とは言え、こんな嘘を見破られない訳がなかった。
「そこの少女も中々美人だが、一目惚れの言い訳がそれか。呆れるぞナッド。」
ナッドはわかりやすく汗を流して、それを手元で拭った。手元の筒を、地面から擦らせ、空中に向かわせる。
「我が一族の名誉を傷つけたな。では、フェーデとさせてもらう。貴様の後ろにいる。私の第二小隊の権限をもってな。死んでもらうんだよ、ハーマー!」
ナッドは自身を、馬から見下ろしていたハーマーに手元の筒をを向けた。
「貴様、蛮行………!」
破裂音が鳴り響き、ハーマーの首元の甲冑に穴が空いて、鮮血をナッドの足元に撒き散らしながら落馬する。グシャリと言った音が地面を汚し、夕闇に照らされた緑の植物は、半ば強制的にその赤を受け入れる。
「こんなものが、フェーデであるか!」
ナッドの部下だったのだろう、ハーマーの後ろで押し黙っていた4人は、音に驚き暴れる馬を収めながら、剣を抜いた。
ナッドを謀反として殺すつもりだ。当たり前だった。
馬鹿馬鹿しいことこの上ない殺生の一部始終を見せられたからだ。
ナッドは部下に見限られたことに、一瞬動揺したが、
すぐに騎体の体の上に黙って立っていたユラを見据える。
「これが、私の覚悟だ。ユラ・ヤコウ!」
自分に選択を迫っていた瞳は、先程とは比べものにならないように揺れ、震えと変わっていた。
意を決して、騎体の胸元へ手を差し出す。
巨人の心臓は赤く輝き、禍々しい甲冑の目となるラインは、暗色から再び鮮血のような赤へと変わった。
ユラが体の上に乗っているからか、胸元に一本の大きな亀裂が入っても、パカパカとユラの足を邪魔そうにして、開かない。
下半身へ移動する。
人の上半身が捌かれたように、両側から開いた。
肋を想像させる、内部フレームはグロテスクで、
外の豪勢な装甲を思わせない。
中は暗く。酷く鉄臭かった。
ユラはふらつきながら、呼吸を止めるようにして、それに乗り込む。
鉄製の座席に座る。
バタンと上半身は閉じて、生身と言わんばかりのコックピットを覆うように、黒い甲冑が覆い被さった。
魔法だろうか。内部は光を持ち、巨大な四角は、
防戦一方のナッドを映し出した。
防戦一方と言っても、1人は甲冑に穴が開き、血を流して絶命している。残りの1人は馬が言うことを聞かないようで、落馬し、踏みつけられていた。
実質1対1でナッドは押されていた。
乗馬している人間と、そうでない人間では無理もなかった。
「反逆罪で殺してやる!ナッド・レッド!」
外の喧騒がコックピットに響き渡った。
呪詛を通じて、この騎体アイアメイデンは、その操縦桿を壁から生やし、自身の側へ寄せる。
もう出たいと感じても、目前のあれらを殺すまでは、
それは不可能だろう。
「ナッドが反逆罪なら、お前は私達を殺した、
ガサンタなんだよ!」
操縦桿は音を立て、先ほどまで死んだようにも見えた
巨人は、その上体を起こしながら、剣を地面へ突き立てた。




