第2話 焦燥
まだ新築の檜の香りが匂い立つ伏見城の政務室にて、石田三成は眉間に皺を寄せ報告を聞いていた。
昨夜も京都市中に石川五右衛門を名乗る盗賊が出没した。
ここ最近の報告をまとめると、どうやら石川五右衛門は一人ではなく、組織だった盗賊団である。
出没地域も京に限らず、伏見、大阪、堺、など広範囲に及び、同時発生している日もある。
また、これを模倣し、石川五右衛門一派と名乗り押し込み強盗をする者なども現れている。
天下人のおひざ元で、このような好き勝手な振舞をされては、秀吉の沽券にかかわる。
豊臣政権の宰相たる三成には一刻も早く解決しなければならない案件だった。
しかし、謹厳実直の鑑のような三成には、このような事案をどのように対策すればよいか皆目見当がつかなかった。
市中の見廻りを強化したところでたかがしれている。
何より問題なのは、そんな石川五右衛門の人気が世間で沸騰していることだった。
庶民の暮らしはいつの時代も楽ではない。
そうした庶民たちは、私腹を肥やす支配階級や豪商など成功者に対するやっかみから、そうした者達へしっぺ返しのような振舞をする義賊に拍手喝さいを浴びせている。
だが、天下人としてはこうした好き勝手を取り締まれないのは正に嘲笑われているのと同じことだった。
その夜三成は秀吉に呼ばれた。
「佐吉(三成の幼名:秀吉は三成が成人しても二人きりの時はこの名で呼んだ)、近ごろ巷では義賊の評判で持ち切りのようだな。」
秀吉は大層面白い事を見つけたという感じで、はしゃぎ気味で問いかけてくる。
だが、二十年秀吉の側近く仕えている三成は知っていた。
こうした顔をしている時の秀吉が一番怖いことを。
顔に張り付けた笑顔の仮面の下には、憤怒の本性が隠されている。
下人から成りあがった秀吉は、過去数えきれないほどの嘲りと侮蔑を受けてきた。
それでも怒りの感情を出さないよう、怒れば怒るほどその顔には笑顔の仮面を重ねる。
秀吉が身に着けてきた処世術であった。
今、天下人の座に登りつめても、秀吉のこの性癖は変わらない。
一つ違うのは、これまでは耐えるだけだったが、今は誰も歯向かえない権力を手にしている。
今秀吉にこの顔をさせた者は間違いなく粛清されるのである。
「義賊といえば聞こえはよろしいですが、所詮盗人でございます。殿下のご威光に仇なす者として早急に捕縛するよう誠心誠意対応して参りたく…」
そこまで言うと、秀吉は笑顔の仮面を脱ぎ捨てて三成を怒鳴りつけた。
「それがわかっているならさっさとやらんか!こんなコソ泥一匹いつまでも捕まえられないようでは、俺の顔が立たんだろうが!ドアホ!」
秀吉は戦国三大音声の持ち主と言われていたというくらい、小さな体ながら戦場に響き渡る大声の持ち主であった。
拡声器もスピーカーも無い時代、混乱する戦場で味方に正確に情報を伝える大声の持ち主は、それだけで一つの特殊技能であった。
そんな声で狭い部屋の中で叱責されるのはたまったものではない。
三成はただ平伏し嵐の過ぎるのを待つだけだった。
「よいか佐吉、このことこれ以上待てぬぞ。なんとしても下手人を上げ、三条河原で見せしめにしろ。いいな!」
「ハハッ!」
三成は伏見城を辞するとその足で京都所司代を任されている前田玄以の下へ向かった。
「玄以殿!かの石川五右衛門という賊の手がかり何かありましたかな?殿下は大層ご立腹でございますぞ。」
「これは治部(治部少輔:三成のこと)殿。まぁ落ち着かれよ。殿下のお立場を考えればご立腹もわかります。さりとて、この広い畿内で奔放に動かれては、我らの力のみでは対処できますまい。」
「されどやらねばならんのだ。殿下はもう猶予はないと仰せられておるのだぞ!このままズルズル日を延ばしていけば、石川よりも先に俺と玄以殿の首が飛ぶわ!」
三成の悲壮感漂う言葉に玄以は思わず口許が緩んだ。
「笑っている場合ではないのだ玄以殿!」
三成が一層顔を赤くして気色ばむ。
「いやいや失敬。普段冷静沈着な治部殿がこのように取り乱した姿見たことがなくて、つい驚いてしまいました。」
玄以は頭に血が上っている三成を諭すようやんわりと言った。
三成も我を忘れたことを恥じ入るように苦笑いしながら取り繕う。
「失礼いたしました。いずれにしろ取り締まりは強化しなければなりません。何か良いお知恵はありませんか。」
「うーむ、こればかりはどこに入るかあらかじめ予測がつきませんからな。対応は常に後手後手に回らざるを得ません。」
「なんとかせねば…」
三成は内心激しく焦燥していた。
そんな三成の焦りを見透かしたように玄以が悪意のある顔つきで耳打ちする。。
「なぁに、何も本物の下手人でなくてもいいのですよ。誰かを石川五右衛門に仕立てて捕縛し処刑する。それで一時殿下の御機嫌も直りましょう。先に申したように石川一派は徒党を組んでおり、模倣犯も多数出ております。処刑後に盗人が再発したとして、いくらでも申し開きはできます。」
三成は内心ゾッとした。
(こいつ、本当にかつて仏に仕える身であったのか?)
そう思いながらも、有効な手段が取れぬ以上、そのような方法を取らざるを得ないか、とも思っていた。
玄以はそんな三成の心の声が聞こえているように
「世に役に立たぬ浮浪の類は腐るほどおりますからな。そのような価値のない命も、最後に殿下のお気を鎮めるという役に立つだけマシでありましょう。」
と呟きながら、深い皺に覆われた顔をくしゃくしゃにし笑っていた。
三成はそれを何か薄気味悪い生き物を見るような気持ちで見つめていた。
豊臣秀吉(とよとみ ひでよし/1537–1598)
安土桃山時代の武将・天下人。尾張国中村の百姓の子として生まれ、織田信長に仕えて頭角を現す。信長の死後、その後継者として天下統一を成し遂げた。関白・太政大臣に任じられ豊臣姓を賜る。この物語の頃は、関白職を甥の秀次に譲り、自らは太閤を称し「太閤殿下」と呼ばれていた。
石田三成(いしだ みつなり/1560–1600)
安土桃山時代の武将・官僚。近江国石田村の出身。豊臣秀吉に仕え、長浜城主時代から側近として政務・軍政の中心を担った。清廉潔白な人柄で非常に頭がキレるが、清濁併せ呑むということができない性格だった。それゆえ、直情型の加藤清正ら武断派の諸将としばしば衝突した。秀吉没後は豊臣家を守るため奮闘するが、やがて関ヶ原の戦いに敗れ六条河原で処刑された。
因みに、作者は「あなたを戦国武将に例えると」という類のQ&Aをやると、よく石田三成になります^^;そんな堅苦しい人物ではないのですが...
前田玄以(まえだ げんい/1539?–1602)
安土桃山時代の僧・武将。近江国の出身で、比叡山で修学後に還俗し、豊臣秀吉に仕える。政務能力に長け、秀吉政権下では奉行の一人として寺社・民政を担当。京都の行政仕置きを任される。三成、長束正家とともに「三奉行」と称された。秀吉没後も調停役として豊臣政権の安定に努めた。




