第17話 巣立ち
夜が明ける。
真夜中に大事件があったことなどまるでなかったように清々しい風が吹き、太陽が昇ってきた。
島左近ががゴエモンらの集まる番所を訪れた。
「昨夜の働き誠に大儀であった。我が殿に代わり礼を申す。」
「よせやい。あの堅物の殿様が俺たち下郎に礼などいうはずないだろう。」
左輔が言うと、百地の忍び達も笑った。
「まぁそう言うな。あれでもいい所がたくさんあるお方なのだ。」
「まぁ、あんたほどの人が心酔しているんだから、そうなんだろうけど、俺とはウマがあわねぇな。」
そう言われると左近も笑うしかなかった。
「朝餉の支度をさせる故、食っていけ。」
左近がそう言うもゴエモンは
「お言葉ありがたいのですが、一刻も早く囚われている妻と息子を迎えに行ってやりたいので、これにて失礼いたします。」
と言って、龍樹と二人深々と頭を下げた。
「おぉ、そうであろう。ではここに我が殿からの赦免状がある故、これを牢役人に見せるがよかろう。」
そう言って、石田三成の筆による書状が渡された。
「なんでぃ、やっぱりあの殿様どっかその辺にいやがるんだな。それなのに直接顔出さないなんて、やっぱり俺とはウマが合わねぇ!」
左輔が再び吐き捨てると、左近も苦笑いしていた。
そのまま立ち去ろうとするゴエモンの元に、昨夜の寝ず番頭真田信繁が近寄ってきた。
「これは真田様。昨夜は我らを信用していただきありがとうございました。」
ゴエモンが丁寧に礼をすると、信繁も礼を返し、
「おかげで殿下のお命をお守りすることができたのだ。礼を言うのはこちらの方だ。」
そう言いながら、信繁は浮かない顔をしている。
「どうかなされたのですか?」
「あぁ、あの石川五右衛門だがな、確かにお主達の言う通り、屋根から侵入してきたのだが、天井裏の寝ず番が何者かに毒殺されていたのだ。」
「え?」
ゴエモン、左輔、隼人らは驚きの声を上げる。
「石川がやったのか?」
左輔が問い返す。
「状況だけ見れば、そう判断するしかないのだが、敵が侵入し、天井裏で鉢合わせた時、わざわざ時間のかかる毒殺などという手法を取るだろうか?しかも敵に差し出された毒入り饅頭など食するか?」
「ありえんな」
隼人が短く答えた。
「となれば、城内に賊を手引きした者がいるということだが、昨夜天井裏に潜んでいた新助にそれができたのはただ一人...」
「まさか...」
誰もが同じ人物を思っていた。
そして鞆田が最後に言い放った言葉。
「秀吉には気をつけろ」
「まず、今はそれ以上のことはわからん。だが、今後も何かあった時にはお主達の手を借りたいと思うのだが、よろしいだろうか?」
信繁がそう訊ねると、左輔は笑顔で答えた。
「ま、あの堅物の殿よりかはあんたの方が話しやすそうだからな。困った時は、室町通の伊勢屋か、六角通の風結庵を訪ねてきな。」
「かたじけない」
信繁はそう言って一礼すると踵を返し城内に戻っていった。
「じゃあゴエモン、俺たちは朝餉食ってから帰るから、綾香と虎太郎によろしくな!」
左輔はゴエモンに手を振り、左近に食事を急いていた。
ゴエモンは苦笑いしながら
「しょうがない奴だ。昨夜は百地の頭領として立派になったと思ったんだがな。ま、あれが左輔らしいと言えば左輔らしい。」
と言って龍樹に微笑みかけた。
龍樹も笑いながらうなずいていたが、ふと真顔になりゴエモンに向き直った。
「父さん、俺今度のことで思い知った。自分の未熟さと父さんたちの凄さが。だから、俺、本格的に忍びの修行がしたいと思うんだけど、どうかな?」
ゴエモンは少し驚きつつも、龍樹の気持ちがよく分かった。
この時代、力なき者は淘汰されるしかないことを身をもってしった我が子が、自ら大切な物を守る為の力を得ようとしている。
「忍びの修行はつらいぞ。それ以上に、その能力を邪なことに使わないという、“正心”の教えを貫ける強い心が必要だ。それでもやり抜く覚悟はあるのか?」
「ある!俺、今回母さんや虎太郎が囚われても何もできなかった。そして楓も。俺が守りたい者全てを守れるなんて言うつもりはないけど、手の届く範囲の者くらい守れる男になりたいんだ…父さんみたいに。」
そういう龍樹の目は決意がこもったしっかりした目だった。
「わかった。母さん達救い出したら、お前は平成の里へ行け。まずはサイゾウさんにしっかり心を鍛えてもらいながら、三太夫さんから学を。丹波さんから忍びの極意を学べ。その先は左輔を師として実践を経験して学べ。」
「ありがとう父さん!」
龍樹は初めてできた人生の目標に向かえることが心底嬉しそうだった。
(大きくなった...)
ゴエモンも感慨深い思いにかられていた。
―六角獄舎
石田三成の赦免状を出し、待つこと10分程、綾香と虎太郎が釈放されてきた。
「ゴエモン!」
綾香は子供たちの目も気にせず獄舎の外でゴエモンに抱きついた。
虎太郎がいたので気丈にふるまっていたが、内心は怖くて逃げだしたかった気持ちが一気に噴き出したのだ。
「遅くなってごめんな。でももう大丈夫だから。すべて終わったんだ。」
「真犯人は捕まったの?」
綾香がが尋ねると、ゴエモンは、
「あぁ。だけど、ここではなんだから、風結庵に行ってから話そう。」
そう言って4人は風結庵に向かい歩みを進めた。
風結庵に着くと、ゴエモンは事のあらましを綾香に説明した。
「そんな…鞆田さんって人も、上に利用された犠牲者だね。」
「あぁ。だけど、どんな理由でも、それが義賊と言われる行為でも、ならぬものはならぬのだ。龍樹も虎太郎もこの事しかと心に刻んでおけ。」
二人は真顔で頷いていた。
ゴエモンは龍樹が本格的に忍び修行をしたいと言うことも綾香に話した。
綾香も少し驚きつつも
「あなたも自分で自分の道を選ぶ年頃になったのね。父さん見てたら忍びの道に進むことを手放しで喜べないけど、父さんのような、熱い心を持った忍びになりなさい。」
そう言って、綾香の背と大して変わらなくなった息子を抱きしめた。
「いいな~、俺も忍びになりたい!」
虎太郎も兄に続こうとしている。
「お前はまだ早い。もう少しここにいなさい。」
ゴエモンが虎太郎をたしなめていた時、入口から元気な声が響いてきた。
「龍樹〜!三条河原行くよー!天下の大泥棒石川五右衛門一味の釜茹で見てこなきゃ!」
龍樹はゴエモンと綾香の顔を見た。
二人とも頷きながら
「行ってこい。修行が始まればしばらく会えないからな。」
「うん!」
そう言うと龍樹は部屋を飛び出していった。
「兄ちゃん俺もー」
虎太郎がついていこうとするが、綾香が
「今日は邪魔しないの」
と言って押さえつける。
世の中と、風結庵を騒がせた義賊石川五右衛門の騒動はこれにて一見落着した。
第一章完




