第八話 学生時代「イメージカラーはグレー」
日本にある武者屋敷。薄暗いが広い空間。いわゆる道場に当たる場所は蠟燭で所々照らしている。その明かりが照らし出すのは頭巾やフェイスガードで目元以外を隠した日本古来の密偵。忍者の姿があった。
道場の最奥。上座に当たる場所いる黒頭巾の男。この空間の主であり、彼等の現頭目。今まで閉じていた瞳をゆっくりと開けながら口を開いた。
「皆、良く集まってくれた。こうしてまた集まれたことを嬉しく思う」
その言葉に呼応するかのように、一定間隔で配置されていたいくつもの蝋燭に非が灯り、そのそばで待機していた人達。幾人もの忍者の姿があった。恰幅の良い者、小柄の者。頭巾では隠せない目の周り。瞳の色や肌の色が多種多様の忍びの姿があった。
彼等は普段は別の仕事をして、その身分を仲間内以外にはひた隠し過ごしている。弁護士からスポーツ選手。中には冒険者から学生まで幅広いコミュニティーを築いている。
「頭目。ご報告があります」
「うむ。もうしてみよ」
張りつめた空気の中、頭目の一番近くにいた忍者が彼に声をかける。その雰囲気は張りつめた物であり、針が落ちた音もその場に鳴り響いてしまうのではないかと思わせる厳格な雰囲気。
「先月、我が家のアイドル。まーちゃんが無事、かわいらしい子犬を六匹産みました。現在、母子ともに健康に過ごしております。」
「うむ。おぬしのツイッ〇ーのアイコンが子犬になった時から察していたが、そうか。無事産まれたか」
あくまで雰囲気だけだが。
「頭目。私からもご報告が。五年前から着手してきたダンジョンフルーツ事業がようやく安定の兆しを見せてきました。来年には上場も出来るでしょう」
「うむ。難題であった土壌問題に頭を悩ませていたおぬしたちの努力はここにいる皆が知っている。その調子で頑張るがよい。だが、少しでも問題が生じればすぐに相談するのだぞ」
先ほどののどかな報告と違って今度はどでかい経済面の報告が出てきた。が、これも忍者の集会には似て似つかないものだ。
「私からもご報告が。最近、妻がこの集会を浮気だと怪しんでいるようでして」
「それはいかん。あくまでも自分の家庭を第一にするのだ。奥方には私から言付けをしよう」
家庭問題の報告をする忍者の報告。他にも、
「頭目、私も大学受験を控えた娘の機嫌が悪くて」「今朝、庭に植えていたきから果実が。渋かったです」「とある会社の不祥事が」「運動不足でお腹周りが」「近くで不審者の出没が」「最近、野菜が高くなって」「隣に引っ越してきた迷惑な住民が」「失った青春を取り戻したい」などなど。大小さまざまな問題や悩みが出された。
そう、彼等は戦国時代から続くとある忍者の一族。
を、愛する社会人サークルである。
しかし、ただのサークルと思うなかれ。頭目である彼等の長はかなりの資産家であり、軍役の経歴がある有力者。
このサークルを立ち上げた時はただの忍者同好会だったが、今までの経歴を生かし、軍用の格闘術から基礎トレーニングや授業を密かに施すジムを経営。ここにいる全員は暇を見てはジムに行き、体を鍛える。チャットをして同士を見つけては勧誘。今のように忍者ごっこをしては色々と悩みの相談を受けている。
この忍者サークル。かなり大きなものであり、日本だけでも千人近い人間が参加している。それだけ多いと人材もそろってくるので、このような報告会での悩みは頭目だけではなく、別の会員が解決してくることも多くある。
サークルのルール。というか、掟がいくつもあるが、その中の一つが、あまりこのサークルの事を口外しないという物。その方が格好いいから。会員達もそれに了承し、活動している。今回の集会もいつもの通りに過ごしているところで、頭目自身の報告が出た。
「実は、私からも報告。というか、相談があってな。実は近々、貴仁が帰って来る。それを迎え撃つために娘が意気込んでいるのだが、どうにかフォローできないものだろうか」
「…貴仁くんですか。確か、彼は冒険者として海外のあちこちを飛び回っていましたよね。最近、日本でダンジョンが発生したという情報はないのですが。まさか、娘さんに求婚を」
「だったらよかったんだがな。どうやらアメリカの警察に捕まって一ヶ月拘留されていたそうだ。実戦感覚を取り戻すためにうちによるという色気の無いものだった」
「何をやったんですか、彼は」
そこで大きくため息をつく頭目とそれを見て苦笑する他の忍者達。
頭目の娘さんは十六歳の【高校生】。【上忍】と【アイドル】という三つの天職を持った稀有な女子だ。
今の彼女は礼儀正しく、聡明で、見目麗しい。大和撫子と言ってもいい風貌と能力。そして、性格だというのにタカヒトには厳しく接する。それは三つの天職を持っていた彼女が天狗になっていたその鼻っ柱をタカヒトが叩き折ったからだ。
ただの学生の称号が天職になることは殆ど無い。なぜならばダンジョンに関係していないからだ。しかし、彼女の両親がダンジョンに関係していた事が遺伝したのか、十二歳になったら全世界で行われる天職の確認の時にはもう【くノ一】の天職を有していた。それだけではなく、中学生になってからは周囲の人間を高揚させることが出来る【アイドル】を発現させていた。これには彼女含めた周囲の人間が驚いた。この時点で二つの天職を持っている人間は今まで数えるほどしか出現していないからだ。
そして、それに彼女は調子に乗っていた。未だに父である頭目を超えるほどの能力は持ってはいないが近いうちにそれも可能だろうと言われ始めた彼女は調子に乗って周りの人達を蔑み始めていた時、初めてこの社会人サークルの報告会にやって来たタカヒトに叩きのめされた。
頭目は娘が可愛くあまり厳しく接する事が出来なかった。ほかのメンバーは娘さんに実力的に勝てなかった。そんな所に【呪い】による強制訓練。しかも物凄く過密で人間の限界を試すような訓練を何度も乗り越えてきたタカヒトがやって来た。ちなみに、この訓練メニューは頭目含めた他のメンバーも「こんなもの出来るわけねぇべや」と悪ふざけで作ったものであり、それをやり遂げたというタカヒトの報告を聞いた時、サークル内は娘さんの天職が二つあると判明した時とは真逆の反応で。「え、うそやろ?…まじであれをやったんか?」と、戦慄を覚えた。
『訓練だからこなせたわけで、実際の実力はどんなものなんでしょう』
『知らん』
それを面白く思わなかった娘さんがタカヒトにちょっかいをかけて。いや、正しく喧嘩を売ってきた。そして、それを当時のタカヒト自身は子どものやることだし、笑ってやり過ごそうとしたのだが、【呪い】が言い値で買い取った。
娘さんが手加減無用と言ってはいたが、本当に全力で彼女を叩きのめした。【呪い】の事を含めても、中学生の女子を叩きのめしたタカヒトを弁護するのであれば、それだけ彼女が強かった。というか、二人の実力はほぼ拮抗していた。【呪い】の強がりと強制行動が無ければ叩きのめされていたのはタカヒトだった。その試合内容は目を見張るものであり、その手の有識者が見ても思わずうなってしまう程の名勝負だった。
そんな事もあってか、娘さんは自分よりも強い人は確かにいると自覚し、他人を内心では見下していた事を恥じ、それを改める。と、同時にタカヒトがサークル会場にもなっている武家屋敷に来た時には雪辱戦と評してタカヒトと試合を何度も行っている。その時の彼女の目はとてもイキイキとしており、今まで彼女を育ててきた頭目の目からしてもそれはもう嬉しそうに試合を行っているのだ。
『アハハハッ、さすが女の子の顔を殴りつけることが出来る人です!ぞくぞくしますね!』
『それを望んだのはお前だろうが』
いや、ちょっとは手加減して!お前も!俺も!うおおおおっ、苦無で目つぶしはやめろぉおおおおっ!
タカヒトにとってはダンジョン攻略の訓練を積みに来ているのだろうが、その帰り際になると何かと話題を振って彼を引き留めようとしている娘さんの内情を頭目だけではなく他のメンバーも察していた。現にタカヒトと接するときだけ彼女は天狗だったころの名残、彼女の本性の一部が発露し、思わず彼をおちょくる口調になる。
だが、彼は冒険者と言う都合上、海外にも人との関わりを持つ。その中で出てくる聖女や学者と言った美女、美少女の話が出てくると思わず毒を吐く。彼女の学友がそれを見たら、まず娘さんではなく、よく似た人だと思うだろう。「あちこちに現地妻を持っていい御身分ですね」と嫌味たっぷりで告げると、その翌日まで凹んで気落ちするまでがセットの娘を持つ頭目は別のアプローチをしてみてはどうだと、それとなく苦言をするのだが、娘さんもタカヒトの【呪い】ほどではないが強がって、別にタカヒトなんかそんなに興味は無いと言ってはいるが、嘘であることは明白。せめて、タカヒトが別の女の話をしなければいいのだが、【呪い】の都合上、聖女とは切っても切れない関係。武器に関しては学者の家族が。アイテムに関しては錬金術師。いや、こいつは別にいいか。
とにかくタカヒトの傍を射止めたいのであればもう少しお淑やかに出来ないものか。素の自分を受け止めてくれるからこその好意なのかもしれないが、もう少し、こう、何とかならんか。去年になってなぜか【高校生】という、日本独自の天職が発言した彼女はタカヒトが出会った頃に比べて、落ち着きと魅力を手に入れたようにも見える。
『女子学生に手を上げるなんて鬼畜ですね♪どんな教育を受けたんだか♪』
『義務教育しか受けていないからな。女子に手を上げるなとは教わっていない』
【呪い】のせいで碌な中学生時代も過ごせていないんだよなぁ。…辛ぇわ。
試合を行っている最中でも相手の精神に揺さぶりをかけている娘さんだが、タカヒトはそれに揺るぐことなく(そう見えるだけ)受け流しては応戦する。それはまるでいちゃつきながら刃を躱す試合をするカップルのように見えたが、言動が駄目だった。それがまた繰り返されるだろうと危惧した頭目は他のメンバーにその事を相談するのだが。
「いやぁ。年ごろの娘さんの心境はちょっとわかんないですね」「そっとしておくのが一番では?」「というか、あいつお嬢さん以外にも美女や美少女と関わり持っているんだろ。もげろ」「既に指がもげたことがあるんだよなぁ」「ひえっ。ダンジョンのポーションと現代医学のありがたみが分かる話ですね」「その前に貴仁君にその気があるかが分からないと」「無理やろ、あの態度じゃ」
「っ。誰かが来られたようですっ。これににて御免」
「「「散っ」」」
と、頼りない返事しか返ってこない。が、仕方あるまい。タカヒトの【呪い】は頭目と娘さん。そして、数人の聖職関係者しか知らない。その上でタカヒトの心情を察しろと言うのは無理がある。頭目自身、タカヒトが強がっていることは知ってはいても内心では泣き叫んでいることを知らないのだ。
と、そこまで話していると頭目の家族か関係者がやって来たことを察した彼等は一瞬で冷静さを取り戻し、アイコンとを交わす。今回の集会はこれにて終了だと告げると手元にあった蝋燭の火を吹き消してその場から離れていった。
ちなみに、こうやって気配を消してその場を後にするという忍者っぽさをするために集会に来ている人間が多数いるのは内緒である。
「頬と額にキスマークをつけてくるなんて、冒険者を名乗るよりは女たらしを名乗ってはいかがですか。タカヒトさん」
「出来たらな」
いや、ちゃうねんで。ホーリーボトルが切れたからフランスに寄ってくると言ったらイブがほっぺにアメリカ式挨拶で見送られただけで。フランスではその跡を見つけたエリーが新しい解呪の方法を試すといって、おでこにチューしてもらっただけやん。効果が消えるといけないから自然と消えるまではそのままにって、言われただけやもん。というか、それ以外を見てっ。あちこちにダンジョンで出来た怪我や弾痕があるから。
武家屋敷にある道場へと繋がる廊下でタカヒトと娘のやり取りを見た頭目は、こりゃあ、まだまだ先だなと額に手を当てた。