三十七、幸運の使者
転機は天気が変わるように訪れるものらしい。
白鳩子爵家に野苺子爵様がやってきた。
彼は庭の温室内に簡易的な個室を作り上げた。
余計な草花を勝手に刈り込んだところにピクニック用の大型の絨毯を敷き、そこにベッドなどを運び入れて温かな部屋を作り上げたのだ。
もちろんそこにエーデンと双子を隔離した。
彼がやりたかったことは館内の一斉浄化だ。
つまり、殺虫剤を全室一斉に焚きあげての噴霧を行い、その後は連れてきた大量の召使による一斉の大掃除で虫の完全排除を目指しているのだ。
「済まないね。君には面倒をかけっぱなしだ。」
「いいえ。ちまちま駆除をしてもきりがないのは知っていただろうに、あの兄はそこも楽しんでいたでしょうからね。迷惑をかけたと謝るのはこちらの方ですよ。それに、兄の大好きな世界の破壊、これは兄への嫌がらせにもなりますから。」
「おお、怖い。」
馬用の鞭を持って使用人に命令するキリアムは俺よりも偉そうで、俺は有能な彼に全てを任す事にした。
弟の勇姿にとっても嬉しそうな兄と、そんな伯爵のご乱行にどこまでもついていきそうな執事が見守ってもいるのだ。
俺が温室に戻って妻達とだらけても何の問題も無いだろう。
全てが終わるには丸一日かかったが、途中現れた白鳩子爵家御一行様には野苺子爵は神のように感謝されていた。
俺とセレニアはティーテーブルを向かい合わせにして、久しぶりに二人だけで座っていた。
向かい合わせに座っているのに互いにかける言葉も無いどころか、顔を見合わせることも無くただ静かに座って白鳩家の様子を眺めていたのである。
しかし、赤ん坊やエーデンとイーオスを囲んで和気藹々としている白鳩家の様子を眺めるうちに俺達は同じように感じたのか、久しぶりと言っていいほどに同時に顔を見合わせた。
彼女の顔を真っ直ぐに見つめたのは何日ぶりだっただろうか。
美しいから好きなのではなく、俺を大事なものとして見返してくれる彼女の瞳が好きなのだと、俺は久しぶりに見た妻の表情に感動していた。
「ハハ、俺はまだ君に嫌われていないみたいだ。」
妻は俺の言葉にはっとした顔をした。
いや、それだけでなく彼女は顔を俯けてしまったのだ。
「……ごめんなさい。」
消え入るような声に、俺は彼女からの拒絶を受け入れるべきだと目を瞑った。
「ごめんなさい。あなたに触れられると。」
気持ちが悪い、か?
「あなたに抱きつきたくなってしまって。でも、そういう事が出来る状況じゃ無かったでしょう。だから、出来る限りあなたに触れないようにって。」
俺こそ今すぐに押し倒したい気持ちになってしまった。
俺は椅子から立ち上がって向かいに座るセレニアの元にいき、彼女の両手を自分の両手で包みこむと、俺が数日言いたかった事を彼女にぶつけていた。
「俺と一緒に家に帰ろう!俺はもう君が抱けない他所の家はうんざりなんだ!」
彼女はお姫様とは思えない豪快な笑い声をあげると、俺に飛び掛かって来て俺の首に両腕を掛けて俺にぶら下った。
もちろん、俺は幸せのまま彼女を抱き締め返したが、もうほんの二・三時間だけでも他所の家の寝室での滞在を伸ばさねばならない状態となっていた。
「団長。始末は終了しました。直ぐに発ちますよ。」
「屋敷が奇麗になったなら、あと、ちょっとだけ。」
「そのちょっとが命取りです。高速の馬車も用意しましたから、どうぞ、さっさとお乗りください。馬車だって密室じゃあないですか。」
俺は笑い転げる妻を腕に抱き、有能な従僕の頭をさらっと撫でた。
「ありがとう。俺が幸せなのは君のお陰だ。」
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