26城田ブラックをよろしく
淡路島から帰った龍さんは、娘の茉奈と、愛猫ワガハイとのささやかな団欒を味わたかと思うと、その日の内に青い顔して救急車で尼崎の総合医療センターへ運ばれた。
ここは、兵庫県の基幹病院の一つで阪神間でも有数の病床数を誇る。治療も、優秀な医者を集め、先端医療も行える。
病室のベットに、青い顔した龍さんが横たわっている。傍らのイスで付き添う茉奈がウトウトとうたた寝をしている。
まるで、魂でも抜け出したかのような龍さんが、夢か幻か、フワッと浮き上がり、自分と傍らの茉奈を見下ろしている。
「ああ、俺は死んだのか、こう浮かんで自分の身体と茉奈を見てるんだからオレは死んだのだろう」
すると、龍さんは、うたた寝する茉奈が冷えないように足元に置いているバスタオルを掴んでかけてやろうとするが、魂の身体はすり抜けて一向につかめない。
「魂って、不便だな。しかしよ、俺の死に様、あまりにアッ気なくないかい。だってよ、昨日まで、別段苦しむことなく過ごせていたんだぜ。それが、突然、起こった腹の痛みで気を失ったらこの様だ。まったく、人間の人生なんてあっけないもんだぜ」
「そんなにアッ気ないですか? 茶川さん」
自分一人だと思っていた龍さんに呼びかける声が、大部屋のカーテンで仕切られた隣のベットから聞こえて来た。そして、ヌルっとカーテンを開きもせずにアコーディオンの蛇腹のような部分から寝巻を着た爺さんが上半身を出してきた。
「うわ! 幽霊!!」
「幽霊だなんて失礼だな。ワタシは、隣のベットの小泉出雲と申します。旧・帝国海軍駆逐艦そよかぜで、あの太平洋戦争を生き残り、退役後は、ここ、尼崎で文房具屋を営んでおりました」
「へ~、そうなんだ~」
龍さんは、この爺さん話が長いタイプだと思って、話を早々に切り上げようと気の無い生返事返した。
「茶川さん、生前はとてもお世話になりました」
小泉爺さんはさんは、やけに、龍さんに親しみを持っている。龍さんは、不思議に思って尋ねた。
「小泉さん、お世話になりましたって、もしかして、ワタシとどこかでお会いしましたか?」
「はい、先生は忙しい方なのでお忘れでしょうけど、二〇〇〇年に発表された文豪、菊池寛の『藤十郎の恋』をモチーフにした先生の処女作『新作・藤十郎の恋』ウチの店でサイン会をやっていただきました。あれは、傑作だったな」
「と、いうと、小泉さんって、三和商店街の小泉書房の小泉さん?!」
「そうです。その小泉です」
「いや~。その節はお世話になりました。すっかり、痩せて髪も真っ白になってるからわかりませんでした」
「いや、昔は、文房具屋も本屋の方も景気が良かったんですが、最近は、電子書籍の時代でしょう。紙の本屋は、文庫も雑誌も売れやしません。それで、先日、父の代から息子の代までつづけた小泉書房を閉店したんです」
「あ~、ワタシにもっと人気と力があれば、子供の頃からお世話になってる小泉書房を閉店させることはなかったのに残念です」
「いやいや、イイんですよ。小学生の頃からお母さんに連れられて利用されているお客さんの中から一人作家先生が生まれたんですそれがワタシの誇りです」
「いや~そういわれると、せめてもの救いです」
「若い茶川先生にはこれからもドンドン世に作品を送り出して、日本の文学を盛り上げて下さいね」
と、小泉老人は身を乗り出して、龍さんの手を掴んだ。
「あっ、小泉さんと手をつなげたということは、ワタシも死んでるのかな?」
「あっ、そうかもしれません。すみません、お若いのにご愁傷さまです」
「いやいや、人間はいつか死ぬんです。早いか、遅いかはありますよハハハ……でも、もう少し生きたかったな……」
すると、小泉老人は、龍さんの病室をぐるりと見まわして、誰かを探す素振り。
「あれ?! こちらにはまだお越しになられていないのですね」
「誰がです。ワタシの家族は娘の茉奈ぐらいしかいませんが?」
「いえいえ、人間じゃなくて黒い服着た……」
「あ~、葬儀屋ですか、ワタシは、今さっき死んだようなのでまだ連絡は行ってないでしょう。しかし、葬儀屋は、なんで、病院で死人がでると、霊安室から出て来るまでに待機してるんでしょうね不思議です」
「いや、茶川さん。葬儀屋じゃありません黒服の”死神です”」
「死神?」
「そうです、ワタシの場合は危篤状態になったらワタシの足元に現れました。しかし、茶川さんの部屋にはどうやらいないようだ。茶川さん、もしかすると信仰は仏教やキリスト教じゃなくて、もっと、ややこしい信仰でもされてるんですか?」
「いや、普通に、我が家は無宗教の仏教徒、両親の葬儀はしきたりにうるさくない浄土真宗の西本願寺にしました」
「ああ、それなら、死神はいる宗教だからここにいてもおかしくないんですが、ちょっと、詳しくわからないので……ワタシの担当の死神を呼んできます」
そういうと、小泉老人は、自分のベットへ戻っていった。
「こんにちは、死神の城田・ブラックですよろしく」
と、小泉老人は、青い目の185cmはあろうかという長身の目鼻立ちの整った黒服のスーツを纏ったイケメンを紹介した。
「初めまして、茶川です。城田・ブラックさん、もしかして、外国の方ですか?」
「いえ、日本エリアを担当するのは、日本死神協会の会員ですからワタシも日本人です。ただ、父は日本人ですが、母がアメリカ人です。だから、ハーフですね」
「そういうもんですか、しかし、小泉さんの話を聞いていると何故かワタシには担当の死神がついてませんがなぜですか?」
「なぜって、茶川さん、あなた、幽体離脱してるだけでまだ死んでませんから」
つづく




