↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/26

第二十六話 終わらない地獄

ステラの悲痛な叫びが、湿ったトンネルの壁に跳ね返り、虚しく消えていった。 

眼前に広がるのは、言葉通りの『悪夢』だった。数秒前、俺が小刀(ナイフ)によって、確実に一刀両断にしたはずの『影の番人』。頭部から股下まで綺麗に真っ二つに裂け、霧のように霧散したはずのその存在が、今、何事もなかったかのように足元から這い上がってきた。それだけではない。傷一つない状態で完全に『復活』した影は、機械的な動作で再び漆黒の刃を突き出してくる。 



――倒しても、死なない。

 


――消滅させても、無限に再生する。 



この空間のルールが、あまりにも残酷な形で突きつけられた瞬間だった。


「きっ、、キュ……ッ!」 


ステラが恐怖に顔を歪ませ、がむしゃらに光の弾丸を乱射する。閃光が影の胸を撃ち抜き、大きな風穴を開けるが、その穴は瞬時に墨汁が混ざり合うようにして塞がってしまう。まるで、最初から攻撃など受けていなかったかのように。


「無駄だ、ステラ。撃つのをやめろ!」


叫びながら迫り来る影の腕を切り落とした。切断された腕は地面に落ちる前に消え、次の瞬間には影の肩から新しい腕が生えてくる。


(どうする。どうすればいい……?)


俺の脳細胞は、極限のプレッシャーの中で急速に冷え切っていく。恐怖はない。焦りもない。だが、さすがにこの状況は分の悪さが過ぎる。敵は疲れない。傷つかない。死なない。対して、俺たちの魔力と体力は、行動を起こすたびに確実に削られていく。まともに戦い続ければ、遠からずこちらがガス欠を起こして、一方的にハチの巣にされるのは目に見えていた。死なない敵を相手に、これ以上無闇に魔力を消費するのは自殺行為だ。


(……考えろ。何か見落としがあるはずだ) 


俺は襲いかかってくる影の連撃を、最小限の動きで回避しながら思考を巡らせる。なぜ影は復活する?このトンネル自体が巨大な魔道具、あるいは結界の術式そのものだからだ。影をいくら攻撃したところで、それは末端のトカゲの尻尾を叩いているに過ぎない。大元である『術式の核』を破壊しない限り、この再生の連鎖は絶対に止まらない。だが、その核がどこにあるのかが分からない。


「キュキュ……」 


ステラがゆっくりと下がる。限界は近い。魔力がもうないのだろう。ここで俺まで諦めれば、本当に全てが終わる。


(諦めてたまるか。) 


胸の奥から、ドロリとした熱い執念が湧き上がってくるのを感じた。脳は氷のように冷たいのに、心臓だけは爆発しそうなほど熱い。この矛盾した状態こそが、感情を取り戻した俺の本当の強さだ。


「ステラ、俺の服の裾を掴んで目を閉じていろ。これ以上の魔法は使うな」


「きゅ、きゅきゅ……」


「俺を信じろ」 


短く告げると、俺は“禁断の魔法書(アーティファクト)”を強く握りしめた。まともに戦って勝てないなら、やり方を変えるまでだ。敵が無限に復活するなら、復活するその『瞬間』、空間の魔力がどこから流れ込んできているのかを、この目で直接見極めてやる。影が死なないというなら、その不死のカラクリを暴くまで、何度でも泥をすすりながら耐えてみせる。


「いくぞ、ここからが本当の勝負だ」 


俺の瞳に宿る、異常なまでの冷徹さと凄まじい決意の光。押し寄せる無数の影の刃を前に、俺は一歩も引かず、むしろその狂気の中へと自ら踏み込んでいった。


ーーーーーーーーーー


――カツン、カツン、カツン。 


トンネル内に響くのは、俺自身の乾いた足音と、衣服を掠めていく刃の風切り音だけだった。


「……ッ!」 


無言で振り下ろされた影の刃を、俺は紙一重のところで首を傾げて回避する。頬の皮膚が僅かに裂け、一筋の鮮血が闇に舞った。だが、その痛みすらも、俺の冷え切った脳にとっては「攻撃を回避した」という冷徹な結果のデータでしかなかった。


限界だった。


何が限界かと言えば、この空間の静寂と、横にいる相棒の心の糸だ。


「…………っ、…………」 


俺の服の裾を両手で引きちぎらんばかりに強く握りしめているステラは、もう一言も喋れなくなっていた。度重なる魔法の行使による深刻な『魔力枯渇』。そして、どれだけ敵を倒しても世界が巻き戻るという無限ループの精神汚染が、彼女の小さな心を完全に叩き折ってしまったのだ。恐怖のあまり喉が完全に引き攣り、声を発することすらできないまま、ただ涙をボロボロと流してガタガタと震えている。ステラが喋らなくなったトンネル内は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。ただ、意思を持たない機械のような影の番人たちが、無言で、淡々と、俺たちの命を刈り取るために刃を突き出し続けてくる。


俺は“禁断の魔法書(アーティファクト)”を完全に閉じ、懐へと仕舞い込んだ。今、俺が頼れるのは、どれだけ死線に晒されようが狂うことのない、この『異常な冷静さ』だけだ。 

ザッ、と影の一体が、俺の死角である真後ろから跳躍した。


(――右後方、角度45度。速度、人間の全力疾走と同等) 


振り返ることすらなく、俺は小刀(ナイフ)を逆手に持ち替え、背後へと突き出した。

ガキィン、と刃と刃が噛み合う金属音が響く。影の腕力は見た目以上に重い。肉体だけで受ける衝撃が、俺のボロボロの腕の筋肉をミシミシと軋ませる。


「……ふぅ……っ!」 


息を吐き出しながら、影の力を受け流し、そのまま懐へと踏み込んで首を真横に切り裂いた。首を失った影の身体が崩れ落ち、霧となって消えていく。

だが、そのわずか二秒後。消え去った霧が、再び同じ床の座標へと収束し、何事もなかったかのように新しい影が形作られる。


(まただ。……だが、見えたぞ) 


影が消滅し、再構成されるその一瞬。大気中の歪んだ魔力が、ほんの僅かに『特定の方向』から流れ込んできている。その流れを掴むために、俺はあえて魔法を使わず、肉体だけでこの地獄を耐え続けていた。一度の攻撃を避けるたびに、寿命が数秒ずつ削られていくような感覚。二体、三体と同時に襲いかかってくる刃を、前転し、あるいは壁を蹴ってギリギリで躱す。躱しきれなかった刃が、容赦なく俺の肩を、太ももを切り裂いていく。滴り落ちる俺の血が、ループする床に黒いシミを作っていく。


「…………っ!!」 


喋れないステラが、俺の身体に傷が増えていくのを見て、声にならない悲鳴を上げながら俺の服を引っ張る。行かないで、戦わないで、もう諦めて――小さな手が、そう訴えているような気がした。


だが、俺の瞳から光は消えない。 

脳はどこまでも冷徹に、迫り来る刃の軌道を読み切っている。


(諦める? ――あり得ないな) 


どれだけ傷つこうが、どれだけ血を流そうが、俺の心臓は『星奈』という楔によって、この世界に、現実世界へ帰るという目的に強く、強く縛り付けられている。この程度の絶望で、俺の覚悟が折れると思ったら大間違いだ。


(敵の供給源の魔力ライン、およその法則性は掴んだ。……だけど、まだだ) 


どれだけ影の行動を観察し、魔力の流れを計算しても、このループ空間の『決定的なバグ』、脱出のための出口が見つからない。空間そのものが、俺の演算能力の遥か上を行く精密さで閉じられている。


耐えて、耐えて、泥をすすりながら影を斬り続けても、世界は一ミリも動かない。


脱出の兆しすら見えないまま、俺の体力の限界だけが、確実に、一歩ずつ近づいていた。 


ドクン、と心臓が重く脈打つ。 


視界の端が、失血と疲労で僅かに霞み始める。 


目の前には、傷一つない人の形をした影が、再び無言で刃を構えて立っていた。 


脱出不能の無限回廊。 


本当の地獄だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。