24話 パーティー後
斎が家に帰ると、灰音が出迎えた。
「お帰りなさいませ。今日もお仕事お疲れさまです」
「ああ……」
クイナに会うとは彼女に言っていない。
鎮妖大祓の後処理だと言ってある。……嘘ではない。
斎は懐から先ほど街で買ってきた小包を取り出すと、灰音に手渡した。
「これを」
「なんですか? これ……」
「今日見かけて、お前に似合うと思って買ってきた」
灰音がその小さな箱を開ける。中には、赤色のレースのリボンが入っていた。
鏡月院家からの帰り道、珍しいそれが目についたのだ。最新の流行とやらはよくわからないが、髪飾りとして人気があるらしい。そしてその柔らかな布地が、彼女の髪に似合うと思ったのだ。
「わたしには、派手すぎないでしょうか?」
そうは言いながらも、思った通り、灰音は目を輝かせている。
「そんなことはない」
斎は満足げに頷いた。
灰音は綻んだ顔を上げると、
「あ、あのっ。実はわたしも斎さまに贈り物があるんです」
「なに?」
「すぐに取ってきます」
と廊下の奥に消えていった。かと思うと、すぐに戻ってきた。
そして、細長い小箱を差し出した。
「これなんですけど……」
「これは?」
言いながら、開ける。中からは、万年筆が出てきた。
「あの、斎さまはいつも妖怪祓いの陣を描かれるときにペンとインクを使われるので、万年筆をと思いまして……。その、クイナさまには、インクの方がいいと言われたのですが……。わたしは、消耗品よりも、その……出来れば長く……」
クイナの名前が出て、斎のこめかみがピクリと動く。
(アイツ、灰音になんでもかんでも指図していたのか。本当に迷惑な……)
斎は万年筆を手に取ると、眺めた。
「良い品だ。……クイナの言うことは気にしなくていい。灰音が思うように自由にやってくれ。ちょうど新しい軸が欲しかったところだ」
「そ、そうですか……! 良かったです……!」
灰音の顔がぱっと明るくなる。
(……最近元気がないようだったから心配していたが、良かった)
――今回のことは自分の落ち度だと、斎は思っていた。まさかクイナがそこまで灰音に接触していたとは思わなかったのだ。
斎は万年筆を懐に入れると、ずっとリボンを眺めている灰音に言った。
「付けてみないのか」
「い、今ですか?」
「あ……いや、大変なら、いい」
女性の髪を整え直すのは、簡単ではないらしいことを思い出す。鏡もない場所で言ってしまった。
「今度でいい」
そう斎が言うと、灰音は少し考えて、今髪に付けているリボンの横に、レースのリボンを沿わせた。
「ど、どうでしょうか……?」
「……ああ。似合っている」
(こういうところが、可愛らしい)
自然と笑みが浮かび、斎は灰音の頭を撫でた。
「あの……? 斎さま……?」
「なんだ?」
「い、いえ……」
灰音は小さくなり、されるがままだ。
(俺が契約を持ちかけたのが、灰音で良かった)
斎は、この契約結婚に自分が満足していることを、認めていた。
* * *
麒麟堂家のパーティーから数日後。
紅葉とその父は、とある寺の近くの川辺へと向かっていた。もちろん、妖怪祓いの仕事である。
山の麓で馬車を降り、そこからは歩きだ。寺までの小道があり、それを進んでいく。
父が言った。
「紅葉、今回の仕事は完璧にこなすんだ。先日の件で麒麟堂家から釘を刺されてな。――成果を得られなければ破門されるやもしれん」
「大げさよねぇ。私、お姉さまと普通にお話ししてただけだもの」
「……灰音はもう鳳凰寺家なんだ。今まで通りに接することは出来ないということだ」
「……ふん。あんなの、旦那の威を借る狐じゃなぁい」
紅葉はそう悪態をついた。
「そんなことより、お前は今年は一月に仕事して以来だろう。大丈夫なのか?」
「もー。お父さまってば。大丈夫に決まってるわよ」
言いながら、紅葉は祓い壺を確認した。万全を期すために、複数持ってきている。
祓い屋家業はしばらく父に任せていたが、今回は麒麟堂家からの直々の使命だという。
(面倒くさいけど、仕方ないわ。ま、ちゃちゃっとやってしまいましょ)
やがて、川が見えた。
「最近、寺の住職が代替わりしてな。すると川に妙な物が現れると、近隣住民から訴えがあったんだと」
「ふぅん。今の住職が弱っちいだけなんじゃないのぉ? 代替わりなんかしなけりゃ、よかったのに」
「そういうわけにもいかないだろう。出るのは河童だ。牙もある」
「……へぇ」
水辺に現れる妖怪は、その多くが河童と分類される。人型だったり獣型だったりするのだが、おおよそ人間を水に引き込むというのが共通される。彼らとの戦闘は水辺がほとんどで、祓い屋自身も水に引き込まれないように注意が必要だ。
父が川辺に降りて、辺りを捜索する。
「あの橋を渡る最中に目撃されることが多いらしいが……」
「じゃ、再現してみるわ」
紅葉が橋に立った――その時。
「紅葉! 出たぞ! 捕縛だ!」
「は? え? どこ?」
「川の中の岩の上だ!」
父の声で、紅葉は河童の姿を探す。
「いないわよ!」
「……っ! もういい! ――呪を唱う。『かごめかごめ・捕縛』!」
父が手のひらほどの小箱を取り出して、蓋を開けて川に向ける。すぐにそこから赤い糸が勢いよく飛び出し、空中に巻き付いた。
「ここだ! 今度こそ、わかっただろう! 糸が一本じゃ切られる! 早くお前も出せ!」
(はぁっ!? どこよ!)
河童の姿などどこにも見えない。
(なにこれ、からかわれてる!?)
「早くしろ!」
「……っ」
紅葉も小箱を取り出すと、父の手の向きを見て同じ方向へ向けた。
「しゅ、呪を唱う。『かごめかごめ・捕縛』!」
小箱は開き、そして――糸は見えなかった。
「なんで糸が出ないのっ!?」
しかし、父からは違う言葉が返ってきた。
「馬鹿! どこを狙っているんだ! 全然外してるぞ! しっかりしろ!」
「え!? 糸、出てるの!?」
「!?」
父は、目を見開いた。
「紅葉、まさかお前……見えていないのか……?」
「は……?」
頭をよぎったのは、無能と呼ばれた姉の姿。
カラン――紅葉の手から小箱が滑り落ち、岩に当たって音を立てた。
「――っ! 式神!」
紅葉は腰につけた祓い壺のひとつを開ける。中からはいつもの式神が――出てこなかった。
蓋は、確かに開いている。父の目線は、紅葉のやや上に向いている。出てきているのだ。――見えていないだけで。
「……なんで……?」
この日から、紅葉はすべての仕事に失敗した。その理由は、毎度同じ。
『妖怪の姿が見えなくなった』からである――。




