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19話 祓い舞と鈴蘭②


 


 それから、二週間が経ったある日。

 舗装された道を、馬車がガタゴトと音を立てて進んでいく。


「灰音さま、見て見て! あそこ、最近出来た百貨店よ。高いビルねぇ」

「そうですね。五階……でしょうか?」


 灰音と鈴蘭は、遊びに出ていた。ふたりが稽古以外で会うのは初めてで、灰音は初めての同世代の友人のお出かけに、少し心がはやる。

 五十鈴川家の馬車に迎えに来てもらい、ふたりは街へと出かけていた。


「でも、意外だわ。灰音さまの付き人がいないなんて」

「そうでしょうか?」


 灰音たちの馬車の後ろには、別の馬車が着いてきており、それには五十鈴川家の護衛が乗っていた。鳳凰寺家の車は、ついてきていない。

 そういえば、斎の仕事に同行する際も、付き人はいない。以前見かけた瑛士や、斎の父が大勢の人を連れているのは見たが、斎が付き人を従えて歩いたのは甘露桜家へ向かった時くらいである。


「一応、なにかあればこれを使うように、と預かっています」


 灰音は懐から、一枚の御札を取り出した。

 これを斎に手渡されたのは、結婚式の翌日のことだった。

 




「……これは、なんでしょう?」

「式神を呼び出す御札だ。呪具の一種だな」


 部屋に呼ばれた灰音は、斎から一枚の御札を受け取った。長方形のそれは、墨で文字が書いてあった。


「……式神の、呪具……ですか」

「お前の実家でも壺を使っていただろう」

「あ……はい。ありますね」


 父や紅葉は壺を祓うだけでなく、式神を入れる器としても使っていた。灰音は、紅葉が壺さえ持ち歩いていれば、自由に式神を呼び出していたことを思い出す。

 斎は、御札を指差して言った。


「これは寿々を呼び出すことが出来る札だ。もし、外でなにかあれば――こいつを使え」

「え? 寿々ちゃんは、外には出られないのでは?」

「絶対に出られないのではない。出たがらないだけだ。緊急時は呼び出してやれ」

「わかりました」


 灰音は頷いた。いざという時、寿々がいてくれるなら心強い。

 斎は続けて言った。


「普段の妖怪祓いの時は、俺が守ってやる。だが、四六時中そばにいるわけじゃないからな」

「はい」


 今のところ、斎の仕事に同行しても危ない目には遭っていない。

 その日から、灰音はこの御札を毎日懐に入れていたのだった。





 鈴蘭は、御札を見て言った。


「これ、すごい妖気がするわね。灰音さまの式神なの?」

「いえ。斎さまの式神をお借りしています」

「へぇ……!」


 目を丸くした鈴蘭は、次にからかうように笑って言った。


「普通、式神は人に貸したりはしないわ。灰音さまのことが、よっぽど心配なのね」

「そう、なんでしょうか」

「斎さまって、お仕事にまで灰音さまを同行させてるって、噂になってるわよ。『チームで祓えば早いのに、単独でずっと仕事してきた斎さまが!?』ってね」

「それは……その、斎さまが是非にと……」

「わかってるわよ。離れたくないんでしょう?」


 灰音の能力は伏せている。だが彼女の――〝甘露桜家の無能〟のことは、祓い屋の中では以前から噂されていたことだ。ゆえに斎が取ったのは、『好きで離れたくないから一緒にいる』という建前だった。実際、現場で灰音はなにもしていない――ように見える。誰かに見られても、斎が相変わらずひとりで祓っていて、灰音はそれを見守るだけの構図だった。


 鈴蘭は微笑んで言った。


「ふふ。まぁ、でもうちの護衛もいるし、大丈夫だとは思うけれど。愛されてるのね!」

「…………」


 その言葉には、灰音は曖昧に笑った。

 愛されているかというと――そうとも思わない。

 結婚式以降、食事は一緒に取るようになった。

 しかし、部屋は別々で、一度も夜を共にしたことはない。……わかっている。彼は仕事に同行させるために、灰音を妻にしただけなのだ。

 舞扇を買いに行った日から、ふたりで出かけることもない。外での仕事がある日だけ呼ばれるだけだ。……尤も、あの日だって本当は仕事のついでだったのだ。


 でも、それでいい。

 彼が自分を救ってくれたことは事実で、彼の役に立てることだけがやりがいなのだ。

 




 馬車を降りると、和風の店が並ぶ街だった。和風に敢えて建て直しているだけで、店自体は新しい。

 鈴蘭は街を指して言った。


「ここはこういう趣なのよ。ほら、近くに大社があるでしょう? だから観光客向けに、わざとこういう風にしているのよ。でもね、私ここが好き。だって観光客向けのお店って新しいものをすぐに取り入れるのよ。あと親切だし、綺麗だし、独自の古くさいルールだとかもないんだもの」

「参道、という雰囲気じゃないですね」

「そうね。これはこういう、新しい街よ」


 灰音と鈴蘭は、まず甘味処へ向かった。

 団子屋のようなものを想像していたが、二階建ての大きな建物だった。中に入ると広い板張りで、テーブル席がいくつもある。最近流行の洋風のカフェの内装とあまり変わらない。


「灰音さま、二階に行きましょうよ。街が見られていいのよ」

「はい」


 鈴蘭に手招きされ、灰音は階段を上がった。

 二階にもテーブル席がたくさんあり、鈴蘭はそのうち窓際の席へと座った。


「この辺は甘味処がとっても多くてね。だから席が空いてるのよ。来る人も観光客ばかりだから、固定客もあまりいないみたい。助かるわ」


 窓の外には、たくさんの人が行き来している。

 鈴蘭が「私のおすすめでいいかしら?」と聞いたので、灰音はメニューも見ずに頷いた。彼女のおすすめなら、きっとなんだって美味しいだろう。

 注文して少しの時間が経って、店員がお茶とお茶菓子を持ってやってきた。

細長いお皿の上には、練り切りと羊羹と()(なか)が一つずつ乗っていた。


「まあ! 見て灰音さま。すっごく可愛らしいわ。この欲張りセットがね、日によって違うのよ」

「この練り切り、アジサイの形ですね。なんて綺麗な色なんでしょう……」

「造形が細かいわよね。食べるのがもったいないけれど……食べないのももったいないわ!」

「そうですね……」


 鈴蘭のあまりの目の輝かせように、灰音はくすと笑った。

 ()()()りを使って、切り分ける。口に運ぶと、甘さが口いっぱいに広がった。


「美味しい、です」

「そうでしょう、そうでしょう。見た目だけじゃなくて、味もいいのよね」


 鈴蘭はそう言って、にこにこと笑った。


「灰音さま、祓い舞のお稽古も順調だし、このままいけば鎮妖大祓に間に合いそうね」

「鈴蘭さんと、房子先生のおかげです」

「そんなことないわよ。灰音さまの努力だわ」


 鈴蘭は言って、ずいと身を乗り出した。


「ねぇ、ずっと思ってたけど、灰音さまの舞扇って素敵よね。あれって、斎さまが贈られたの?」

「え、っと……。はい、そうです……」


急に購入時のことを――斎に扇を手渡された時のことを思い出し、灰音は顔を赤くした。彼の話を人にされると、やはり少し恥ずかしい。


「やっぱり!」


 鈴蘭は自身の両手を組んだ。


「なんか、鳳凰寺ーって感じのお色じゃない? だから、斎さまが『俺のものだ』ー的な感じで下さったんじゃないかと思ってたの!」

「そ、それは……っ」


 それは違う。灰音が自分で選んだのだ。

 だけど、脳内の斎がそう言っているのを想像してしまい、顔が余計に熱くなった。


 ――だから、気づいてしまう。


(ああ、わたし、……斎さまのことが好きなんだわ……)


 ――彼といっしょにいられれば、それでいいなんて、嘘だ。

 いつの間にか、仕事に同行するだけの関係が、寂しくなっていたのだ。


(……鈴蘭さんは、わたしと斎さまが普通の恋愛結婚した夫婦だと思ってる。だから、これを聞いても、おかしくない……)


「あの……っ。わたし、その、斎さまにもっと……好きになってもらいたいんです。どうしたらいいでしょうか……?」


 鈴蘭は一瞬きょとんとした後、目を輝かせた。


「まあ! 素敵だわ。舞扇のお礼に、贈り物をしてはどうかしら? 私もいっしょに考えるわね」

「贈り物、ですか……。いいですね」


 斎への贈り物――考えただけで、胸が弾む。


(斎さまは、どんなものなら受け取ってくれるかしら……?)


 鈴蘭は羊羹を切りながら言った。


「これを食べたら、買い物に出ましょうよ。何がいいか、選びましょう。今日はすでにとてもいい日だけど、もっといい日になりそうね」

「はい。ありがとうございます。鈴蘭さん」


 ふたりは談笑しながら、甘味処で楽しく過ごした。





 甘味処を出た二人は、商店をのぞいていた。


「なんだか、こう、お土産物屋、って感じですね……」

「やっぱり、この辺のお店はちょっと旦那さまに差し上げるには違うわね。いっしょに来ていたら、もちろん良い思い出になる品でしょうけれど」

「そう思います」


 灰音は頷いた。

鈴蘭は少し考えて、


「来る途中に見た、新しい百貨店に行くのはどうかしら? あそこなら、良い物があるかもしれないわよ」

「移動するのって、いいんでしょうか?」

「え? なにが?」

「その、五十鈴川家の馬車ですから……。あまり移動するのも、ご迷惑ではないかと……」


 鈴蘭はぽかんと口を開けた後、大きな声で笑った。


「あはは! そんなこと気にしてるの? いいのよいいのよ! だって私たち、お友達でしょう? 行きましょうよ」


今度は、灰音がぽかんとする番だった。


「い、いいんでしょうか?」

「もちろんよ」


灰音の手を取って、鈴蘭は歩き出す。

 その手の温かさに、灰音は改めて感謝した。

 



 百貨店に着いたふたりは、中に入っている店舗を見て回った。

 煌びやかな照明に照らされた店内は明るく、香水や化粧品の香りがしている。


(斎さまは、どういったものを喜ばれるかしら……?)


 そう思いながら見て回っていると、文房具屋が目に留まった。

 先日、斎は文房具屋で術式に使う和紙や万年筆を見ていた。だが、なにも買っていなかったはずだ。

 灰音は鈴蘭を呼び止めた。


「あの、そこのお店で万年筆を見てみます。斎さまは、陣を書くときに使われるから」

「そうなのね。入ってみましょうよ」


 店内の棚には、万年筆がたくさん並んでいる。百貨店だけあって、どれも柄やペン軸にこだわりがありそうだった。材質が良かったり、絵が描いてあったり、ガラスで出来ていたり――。


(斎さまが持たれるなら……。あ、これなんかどうかしら――)


 棚に向かって、灰音が手を伸ばした時だった。

 横からスッと腕が伸びてきて、万年筆の隣の、インクの瓶を取る。


「斎さまは気に入った道具しか使いませんわ。だから贈り物は、ペンじゃなくて、インク。こんなこともわからないんですの? ――甘露桜灰音さん?」


「え……?」

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