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10話 彼の式神①

 

「……(たの)……彼女は……だから……」

「……っておる。……(ぬし)さまは……」


 途切れ途切れに、声が聞こえる。


(誰……?)


 灰音は、ぼんやりした頭のまま薄目を開けた。


(なにがあったんだっけ……? 頭が痛くなって、体中が痛くなって、それから……?)


 畳の部屋で、灰音は布団に寝かされていた。

 体はまだ痛むが、動かそうとすれば動けそうだ。灰音はゆっくりと起き上がった。

 そこは、初めて見る部屋だった。

 広さは十八畳ほどあり、床の間には一体の日本人形がケースに入れて飾られている。その隣には手毬が置かれており、模様を作る糸は鮮やかで美しい。掛け軸は(ほう)(おう)――尾の長い赤い鳥の絵で、(らん)()にも鳳凰の姿が彫られていた。


(ここは……どこ……?)


 知らない部屋だったが、鳳凰の装飾から見て、鳳凰寺家のどこかの部屋だろう。

 先ほど誰かの声がしていた気がしたが、部屋を見回しても誰もいない。


(気のせいだったのかしら……?)


 そう考えていると、不意に背後から声がかかった。


「ほーう? 起き上がれたのかや?」

「えっ……!? ――っ!?」


 見ると、そこには不思議な少女が立っていた。背丈は低く、歳も十歳程度に見える。なにより、切りそろえられた白い髪と朱色の瞳が、異色な雰囲気を醸し出していた。

 着物姿の少女は、興味ありげなニヤニヤとした顔で灰音を見る。

 足音はしなかった。襖が開いた音もしなかった。彼女は、突然部屋の中へ現れたのだ。


「あ、あなたは……」

(わらわ)寿々(じゅじゅ)。名医☆寿々さまなのじゃ!!」

「寿々、……ちゃん」

「これ! 妾は二百歳ぞ! ちゃん付けで呼ぶな!」

「え……っと……」


 灰音は目をぱちくりさせた。子どもの冗談だろうか?

 寿々と名乗った少女は帯に手をあて、堂々とした態度で言った。


「そなた、妾のおかげで助かったのじゃぞ! まぁ、まだ痛むじゃろうが……。あとは意識が戻ってから仕上げじゃと思うておったからの!」

「……え、えっと……?」

「そなたのことは主さまに頼まれておる! 早速診せてみよ!」

「きゃっ!?」


 寿々の腕が伸びてきて、灰音は勢いよく着物の袖をめくられる。


「な、なにを……っ!?」

「ふむふむ。なるほどのぅ……。今はこのくらいか」

「ひっ……!?」


 灰音の腕には、黒い痣がびっしりとついていた。


(なにこれ……。昨日までなかったのに……)


 灰音ははっとして、もう片方の腕で着物の中を覗く。黒い痣は、全身に広がっていた。


「これ……。体全部……?」


 その不気味さに、灰音はぞっとする。

 しかし、寿々は明るい声で言った。


「大丈夫なのじゃ!」

「えっ、でも……」

「これしきのこと、なんてことはないのじゃ!」


 言い切った寿々の顔を見る。彼女は笑顔から真剣な顔になると、灰音の腕を再びまじまじと見た。

 寿々の手の平に、ぽわんと光の玉が現れる。それを持った寿々は、その玉を灰音の腕に近づけた。それから腕の上で、ボールのようにぽんぽんと跳ねさせ始めたのだ。

 そして、寿々はこう唱えた。


「てんてんてんまり、命が弾む。屋根まで飛んで、お日様に当たれ。『()(まり)(うた)・昇天再生』ッ」


 光の玉が一際大きく光り、灰音は思わず目をつぶった。

 やがて光が収束し、薄目を開けると、


「……消えてる……」


 驚いたことに、灰音の腕にあった黒い痣は消え去っていた。

 思わず、寿々の顔を見る。


「寿々ちゃん……あなたは……」

「だから言ったじゃろう? 妾は名医なのじゃ! ほれ、脱いでみるのじゃ! 妾が全身治してやろう!」


 そう言って寿々は、ニッと歯を見せて笑った。





 灰音の全身の痣がすっかり消えてなくなった頃、襖の向こうから声が掛かった。


「寿々、様子はどうだ?」

「おーっ! 主さま! 遅いのじゃ! 今しがた終わったところじゃ。ほれ、そなた早う着物を整えるのじゃっ」

「しょ、少々お待ちを……!」


 寿々に急かされ着物を着直すと、灰音は「大丈夫です」と返事をした。

 そうして襖がゆっくりと開いて、斎が部屋へ入ってきた。

 彼は灰音を見ると、顔を逸らして息をはいた。


「よかった。倒れていたから驚いた」

「ご心配おかけしました……」

「まったくだ」


 言いながら斎はこちらに近づくと、空いていた座布団に座った。


「もうなんともないのか?」

「はい。……たぶん」


 灰音は頷いた。体の痛みも、頭の痛みもない。


「妾が名医すぎるからのぅ! 黒い痣がでとったが、ちょちょいのちょいで治してやったのじゃ。後遺症は残らんじゃろう」


 寿々は、斎の周りをちょろちょろとせわしなく動いている。その動きに、つい目がいってしまう。

 斎は、まとわりつく寿々を制して言った。


「これは俺の式神の座敷童だ。名を寿々という」

「座敷童……ですか」


 灰音は再び寿々を見た。風貌は現実離れしているが、行動や仕草はまるで本当の人間の子どものようだ。それに、会話も出来るのだ。父や紅葉の使役する式神とはまったく違う。


「このような式神は、初めて見ました……」


 もちろん、「かわいい」という意味で言ったのだが、


「そうじゃろうそうじゃろう! 妾は優秀な名医じゃからのぅ!」


 寿々は満足げに頷いた。

 斎が補足をする。


「こいつは妖怪相手の怪我や呪いの対処を知っている。……それ以外は専門外だ」

「それ以外は絆創膏を貼ってやるのじゃ!」


 本気なのか冗談なのか、わからない。


「あの、治療していただきありがとうございました、寿々ちゃん」

「だから寿々さまと……まぁいいかのぅ。しかし、少し気になるのぅ」 


 寿々は動きを止めると、こちらを向いた。


「あれは呪いじゃ。妖怪の力を呪具でまぜこぜにしてあった。……命に別状はなかったじゃろうが、妾がいなければそなたは三日三晩は苦しんだであろうな。術者に心当たりはないのかや?」

「え……?」

「人為的な呪いだったかもしれない、ということだ」

「わ、わかりません……」

「ふん……」


 寿々は鼻を鳴らした。


「これだから祓い屋の家は面倒じゃのぅ」

「寿々。ご苦労だった」


 斎が声をかけると、


「妾は疲れたのじゃ~」


 寿々は畳の上をごろごろと転がっていった。


(さっきまでの痛みが、人為的な呪い……? まさか……そんなことあるわけ……。…………。)


 灰音は、自分の家族を思い出す。ないとは言い切れないのが、歯痒かった。



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