第一章 第15話 火の記憶
トールの再現から、
数日が過ぎていた。
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村の空気は、
少しだけ変わっていた。
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火を使う前に、
水に藁を浸す村人が増えた。
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火を使う時、
風を見る者がいる。
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「そこじゃねぇ、先だ」
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誰かが言う。
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「燃える前に止めろ」
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聞き覚えのある言葉だった。
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ジョーのやり方が、
少しずつ村に広がっていた。
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真似だ。
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だが、
ただの真似ではない。
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火を知ろうとするようになった。
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それが、
一番大きかった。
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ジョーは、
その様子を少し離れた場所から見ていた。
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何も言わない。
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口を出すほどでもない。
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ただ、
見ている。
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「……呼ばれてるぞ」
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声がした。
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ダンだった。
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今日は、
まっすぐ立っている。
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「村長が呼んでる」
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ジョーは、
ゆっくりと視線を向けた。
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「俺だけか」
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「いや」
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短く答える。
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「俺もだ」
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それだけで、
少しだけ空気が変わる。
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ただの呼び出しではない。
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ジョーは、
小さく頷いた。
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二人で歩き出す。
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村の中央。
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簡素な建物。
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あの時と同じ場所だった。
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中は静かだった。
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村長が一人、
長机の向こうに座っている。
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他には誰もいない。
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「……座れ」
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低い声だった。
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ジョーは座らない。
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立ったまま、
村長を見る。
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ダンも同じだった。
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村長は、
何も言わない。
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そのまま、
しばらく二人を見ていた。
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やがて、
口を開く。
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「村の連中が、お前のやり方を真似し始めた」
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短い言葉だった。
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責めているようでもあり、
違うようでもある。
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ジョーは、
表情を変えない。
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「誰も悲しまなきゃ、それでいい」
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村長の目が、
わずかに細くなる。
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「……簡単に言う」
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「簡単な事だ」
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ジョーは言う。
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「燃える前に止めりゃいい」
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村長は、
小さく息を吐いた。
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「そうか……」
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わずかな間。
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「外から来た男がいた」
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静かな声だった。
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怒りでもない。
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震えでもない。
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ただ、
乾いていた。
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「壊れた柵を直し、獣を追い払った火魔法の使い手だった」
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「村の誰もが、あいつを便利だと思った」
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「信用もした」
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一拍。
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「さんざん悪さをして、最後に村を燃やした」
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沈黙。
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建物の中が、
妙に静かだった。
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外の風の音だけが、
かすかに聞こえる。
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「燃えた」
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「家も、人も、声も」
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「全部だ」
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短い言葉だった。
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その方が、
重かった。
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ジョーは、
何も言わない。
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村長もまた、
何も足さない。
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その代わりに、
ダンが口を開いた。
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「……あの時、村長はまだ子供だった」
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低い声だった。
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「助かったのは、偶然じゃねぇ」
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「親に押し出されたんだ」
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一瞬、
村長の眉が動く。
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だが、
止めない。
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ダンは続ける。
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「火の中からな」
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「親は、そのまま戻らなかった」
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ジョーの視線が、
初めて少しだけ変わった。
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ダンは、
村長を見ない。
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ただ、
事実だけを置いていく。
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「それからだ」
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「村長が、外の人間を簡単に入れなくなったのは」
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「怪しい人間を疑えって掟も、そこからだ」
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また、
沈黙が落ちる。
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村長は、
机の上に置いた手を見ていた。
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年を取った手だった。
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だが、
その奥にある時間は、
もっと古い。
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ジョーは、
しばらく何も言わなかった。
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やがて、
口を開く。
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「……ずっと、辛かったんだな」
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短い言葉だった。
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村長が、
ゆっくりと顔を上げる。
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まっすぐに、
ジョーを見る。
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そこには、
同情も、
慰めもなかった。
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ただ、
事実を受けた言葉だけがあった。
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ダンは、
何も言わない。
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だが、
目だけが少し変わる。
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村長は、
すぐには返さなかった。
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長い沈黙のあと、
小さく息を吐く。
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「……だから、簡単には信用せん」
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「これからもな」
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ジョーは頷いた。
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「それでいい」
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即答だった。
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「疑って助かるなら、その方がいい」
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村長の目が、
また細くなる。
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「お前は、変わった男だ」
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「よく言われる」
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ジョーは言う。
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村長は、
そこで初めて、
わずかに笑った。
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ほんの一瞬だけだった。
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「だが」
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声が戻る。
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「お前の火への執着は、既にこの村に伝播した」
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ジョーは、
黙って聞いていた。
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「ダン」
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村長が呼ぶ。
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「しばらく、こいつを見ておけ」
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ダンは頷く。
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「言われなくても、そのつもりだ」
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短く返す。
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「トールにも伝えろ」
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「コイツに教えを乞えと」
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「……ああ」
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ダンは答えた。
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会話は、
それで終わりだった。
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ジョーは背を向ける。
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ダンも続く。
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外へ出る直前、
村長が低く言った。
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「ジョー」
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足が止まる。
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振り返らない。
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「……あの日、助けたのがリーネであろうが、他の誰であろうが」
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一拍。
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「お前は同じように動いたか」
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ジョーは、
少しだけ間を置いた。
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「当たり前だ」
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それだけ言って、
今度こそ歩き出した。
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ダンが、
その横顔を見た。
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何も言わない。
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ただ、
村長の問いの意味だけは、
分かっていた。
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外へ出る。
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風が吹いていた。
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村は、
少しずつ変わっている。
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だが、
消えないものもある。
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火の記憶と、
人の警戒と。
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それでも、
前よりは少しだけ、
距離が縮まっていた。




