第六章 第12話 敗走
「走れ!!」
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ハインツの怒声が、
北側森林へ響いた。
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爆炎。
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熱風。
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雪が舞い上がる。
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負傷した自警団員を抱え、
一行は雪道を駆けていた。
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後方では、
ゴブリン達の笑い声が響いている。
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「クソッ……!」
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斧持ちの男が、
肩を押さえながら呻いた。
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木片が刺さっている。
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血が、
雪へ落ちていた。
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ハインツが、
後方を睨む。
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追って来ない。
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だが。
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森の奥。
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あの黄色い瞳だけは、
まだこちらを見ていた。
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ゴーグ。
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まるで。
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人間達の逃げ方すら、
観察しているようだった。
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「急げ!」
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リゼが、
周囲を警戒しながら走る。
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ディーターは、
息を切らしながら振り返った。
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爆発した木槍。
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だが。
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雪の上へ落ちた火は、
すぐ弱まっていく。
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「……冬で助かったな」
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ディーターが、
荒く息を吐く。
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「この雪なら、燃え広がらねぇ……」
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誰も、
それを疑わなかった。
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やがて。
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モンテールへ戻った一行を見て、
詰所が騒然となる。
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「おい!?」
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「何があった!?」
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「ケガ人だ!」
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木片の刺さった自警団員が、
運び込まれる。
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焦げた外套。
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焼けた臭い。
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詰所の空気が、
一気に張り詰めた。
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「治療師を呼べ!」
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「止血しろ!!」
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負傷者達は、
毛布へ包まれ、
奥へ運ばれていく。
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幸い。
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命に別状は無さそうだった。
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だが。
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誰の顔にも、
焦りが浮かんでいる。
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その時。
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詰所の扉が開いた。
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ハインだった。
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戻ってきた一行を見る。
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負傷者。
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焦げ跡。
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怯えた空気。
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ハインの顔から、
血の気が引いた。
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「……何があった」
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ハインツが、
短く答える。
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「ゴブリンじゃねぇ」
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比較的軽傷の、
自警団員が続ける。
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「山鬼族……ゴーグだ……」
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詰所が静まり返る。
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その言葉を聞いた古参団員が、
顔を強張らせた。
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「まさか……」
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「ゴーグが……?」
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ハインの眉が動く。
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「知ってるのか」
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古参団員は、
苦い顔で頷いた。
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「昔話だと思ってた」
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「北山の鬼」
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「泉を壊した化け物……」
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詰所の空気が、
重く沈む。
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ハインツが、
静かに続けた。
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「ゴブリンを使ってる」
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「しかも妙な武器まで使ってきた」
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ディーターが、
顔をしかめる。
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「あんな爆発、見た事ねぇ……」
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ハインは、
腕を組んだまま黙り込む。
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やがて。
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低く呟いた。
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「俺も行く」
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周囲が、
顔を上げる。
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ハインは、
壁の剣を掴んだ。
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「自警団から五人出す」
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「北側森林に慣れてる奴だけだ」
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その目は、
完全に戦う男の目だった。
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そして翌朝。
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ハインを含めた、
モンテール自警団精鋭五人は、
再び北側森林へ向かった。
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だが。
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結果は同じだった。
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爆発。
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火。
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誘導。
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森の地形。
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ゴブリン達は、
正面から戦わない。
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木槍を投げ込み、
火を誘い、
混乱した所を包囲する。
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ハインは、
剣でゴブリンを斬り伏せる。
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だが。
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増える。
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終わらない。
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そして。
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森の奥。
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ゴーグだけが、
静かにこちらを見ていた。
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まるで。
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試しているように。
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「撤退だ!!」
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再び。
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モンテール側は、
森から引かされた。
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夕方。
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モンテール自警団詰所。
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重苦しい沈黙が流れていた。
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誰も口を開かない。
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ハインは、
机へ拳を落とした。
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悔しそうに、
歯を食いしばる。
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そして。
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ゆっくり顔を上げた。
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「……ハインツ」
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「クベルハイムへ行ってくれ」
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詰所の空気が、
静かに変わる。
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ハインは、
苦い顔のまま続けた。
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「悔しいが……」
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クベルハイム自警団。
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戦えるだろうか。
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しかし、
そんな猶予は無かった。




