第5章10話
第5章10話
依能さんの活躍は特筆すべき物だった。土壌改良をして、いじってはいけない森や林を開拓地から外し、それ以外の原野をどんどん農地に変えてくれた。
大ナマズさんとも仲良しだった。
「豊饒の精霊が働いてくれるのか。有り難いな」
「大ナマズさんも全然変わらないですね。何かあったら言って下さい」
暫く談笑していた。
水郷境に移って来ている神様達の半分以上と顔馴染みで懐かしがっている。
「毎日が楽しいです」
依能さんが生き生きしている。
飛翔を強化して貰ったので、まめに光の精霊の治療に行っているようだ。
先日、初めて風の精霊さんに会った。わざわざ実体化して挨拶に来てくれた。
「やっと動き回れるようになったので、お礼に来ました。舞花と申します。その節は大変世話になりました」
本当に冷たい感じというかインテリ風というか、とにかく美人だった。やはり170センチくらいで痩せ型。肩の上までの黒髪がとても似合う精霊さんで、ヤマコ村に居た時と全く印象が違っている。
天狗さんには勿体ないと真剣に思ってしまった。
「実体化してまで来て貰った上に名前まで。
もっと早くに気が付けば良かったのですが、でも早くに良くなって良かったです」
通常、精霊さん達は名前は内緒なのだ。名乗ったのでビックリしてしまった。
依能さんが来た事を伝えると水郷城に精霊が増えたと喜んで帰って行った。
『あの美人さんが天狗さんと同じ趣味?』
『精霊は見掛けに依らないものだ』
水美が冷静に言い放った。
知世さんと善姫さんと依能さんを連れて散歩していると、呉服屋のオヤジが話掛けて来た。
「御屋形様。冬物が入りました」
「どうも有り難う」
知世さんと善姫さんがワクワクしている。
「3着くらいづつ冬物を作ると良いよ。水神様と宣姫さんと依能さんも誘ってあげて。ヤヤさんとスミさんも忘れずにね。依能さんは全く持って無いから間に合わせに古着も3着くらい余分に。一眼姫も作りなよ」
知世さんが水郷城にすっ飛んで行った。
「御屋形様、私まで宜しいのですか?」
「構わないですよ。やはり無いと領民の前で我々に見せる姿という訳に行かんでしょう」
頷いてニコニコし出した。
『裸族も着物を買う時は嬉しいようだな』
『不思議だよね』
『実体化で生きる方が楽になってしまっているようだから、身も飾らんとな』
ホンの数分で水神様達が呉服屋に来た。また恒例の大騒ぎが始まる前に逃げさせて貰う。
水美と鰻を食べる事にした。鰻屋に入り肝焼きと白焼きを三眼のオヤジに注文する。
ビールを飲んでいると水美が話し出した。
『精霊界でな、豊饒の精霊の精霊が戻ったのなら特定の人間に雇われるのでは無く豊饒の精霊の義務を果たせと言う意見が出て来ている』
『依能さんが老婆にされて250間年苦労している間、何もしなかった連中に言う権利は無いよ』
『木の精霊が言い始めたらしい。幸い水神と山の神が豊饒の精霊の後ろに居るので何も出来んがな』
『何か政治的な動きなの』
『水郷城に3人も精霊が集まっているのが気にいらないのだろう。それに木の精霊は光の精霊に近いしな』
『光の精霊を助けに行かないの?』
『皆で申し合わせたように無視しているのに、自分だけで動けば風の精霊問題の共犯になるからな』
『風の精霊さんは』
『誰も光の精霊に手を出さないならば、公に騒がないと宣言している』
『依能さんが精霊界に戻って光の精霊を告発するとか考え無いで言っているのかな』
『風の精霊に指摘されて、初めて気が付いたようだ』
水美が笑って応えている。
『余り頭の良い精霊さんじゃ無いようだね』
『何処かの神がそそのかしたとか』
『そう言う噂も有る。哲司が来てから水神は絶好調で、勢力を伸ばしている。小物の神を水郷城や水郷境に移転させたので数でも勝っているし、山の神が水神に今回付いたので豊饒の神まで水神と手を組むことが怖いのが居るようだ』
『面倒くさい。俺を巻き込まないで欲しいな』
『そう言うだろうと思って教えている。関わるな』
『水郷境の面倒だけで十分だよ』
『だが河瀬の家が水郷城の面倒を見ているのは、公然の秘密で、光の精霊を封じたのが哲司なのもバレて来ている。皆、哲司が笹美の国に攻め込むと思っているみたいだぞ』
『向こうが来ない限り何もしないよ』
『妾や風の精霊や豊饒の精霊は分かっていても、疑う奴は疑う。お前ら夫婦だけで万の兵士に匹敵することは周知の事実だからな』
気分が暗くなって来た。渡されたばかりの肝焼きを食べて気分を直す。
天狗さんが来た。
「哲司、噂では俺と哲司で水郷城を好きにしていると噂を流している奴が居るみたいだぞ」
天狗さんがビールと蒲焼きを注文している。
「誰がやっているの?」
「まだ判らん水神が急に力を伸ばしたのに巻き込まれたみたいだ」
「水郷城の幹部をクビになったのもいるしね」
天狗さんがビールを一気に飲んで頷いている。
「俺が水神に文句を言っておくよ」
「今は無駄だよ」
「分かっている。呉服騒ぎだろう」
知世さんが善姫さんと来た。
「帯なら三本くらい作って良いよ。帯留めもどうぞ。依能さんには古着用の帯も選ぶように言ってね。まだ他に有る?」
無かったらしく一言も話さないで、呉服屋に飛んで帰って行った。




