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最終話:女装プリンセスの麗しき後日談

「お兄ちゃん、はい、お弁当」

「ありがとう」


 ミカの作ってくれたお弁当を受け取り、僕はいつもどおり家を出る。


「もうあれから半年かぁ、皇子たちはどうしてるかな」


 あの大騒動から半年、怪我も完治し、僕は再び文官シャールとして城の事務仕事を続けていた。


 僕とミカは一応任務を達成した事でそれなりに報酬を貰ったし、こうして生きて帰ってこれたからよしとしよう。


 ジャンは『玉の輿に乗り損ねたな』と、僕をからかっていたけれど。


 マチルダの謀反に関しては、僕もミカも一切喋っていない。

 後宮で火事があり、僕も含めてみんな国に帰されたという事になっている。


 縦ロールさんことリスティス王女や、リリィ王女も今は自国で平和に暮らしているだろう。

 アルフレド皇子に関しては、風の噂で国の家族の元に帰ったと聞いている。


 まあ、後宮が全部燃えちゃったんだからそうなるしかないんだけど、結果として皇子が家族と暮らせるようになったのなら多分上手くいくだろう。


「なんだか、荒唐無稽な夢みたいな話だったなぁ」


 お弁当を片手に、僕は城への道を歩きながら苦笑した。


 男である僕がお姫様に変装し、一時的にとはいえ帝国の皇子に迫られるなんて、劇作家でも思いつかないだろう。まさに事実は小説よりも奇なりだ。


 帰国した直後は、アルフレド皇子がいつ怒りの矛先を僕に向けるかひやひやしていたけれど、半年間なんの音沙汰も無い。


 多分、後宮の火災や、マチルダの件でうやむやになってしまったんだろう。


 全て丸く収まったとは言えないけど、みんな帰るべき場所に帰ったのはいい事だと思う。

 などと考えながら歩いているうちに、気がつくと城の前に着いていた。


 でも、何だか様子がおかしい。


「なんか包囲されてる!?」


 驚くほど豪奢(ごうしゃ)な馬車がいくつも並び、屈強な兵士達が僕の仕事場のオンボロ城を囲んでいた。過剰戦力もいい所だ。


 ……って、そんなのんきな事を言ってる場合じゃない。

 あの馬車に書いてある紋章には見覚えがある。間違いなくヘルシャフト帝国のものだ。

 こんな辺境の土地に、あんな集団が来る理由なんてただ一つ。


「探したぞシャルロット……いや、今はシャールというべきか?」

「げぇっ!? アルフレド皇子!?」


 僕は心臓が飛び出るくらい驚いた。

 馬車から降りてきた真っ黒な髪と外套に身を包んだその人物は、かのアルフレド=ヘルシャフト皇子その人だったからだ。


「やぁ、久しぶりだねシャルロット王女。いや、シャール君」

「リュシオン皇子まで!?」


 さらに僕を驚かせたのが、黒い皇子と対照的な、爽やかな笑みを浮かべるリュシオン第二皇子だ。


 天下のヘルシャフト帝国の皇子二人の登場に、城の皆がざわついている。

 僕だって無関係だったら何事かと騒いだだろうけど、残念ながら僕はその騒ぎの渦中(かちゅう)にいるのだ。


「お、皇子……久しぶりですね」

「ああ、マチルダの追放やその他雑事が長引いてな。想定より大分時間を食ってしまった」

「そ、そうですか……」

「その様子だと足の骨折は治ったようだな」

「あ、はい……」


 僕はひきつった笑みを浮かべながら、アルフレド皇子と会話する。

 男である事がバレた以上、皇子がここに来る理由なんて僕には一つしか思いつかない。


「アルフレド皇子!」


 僕は間髪入れず、彼の前に土下座し、地面に額を擦りつけた。

 皇子は僕の急な動きに困惑した様子だが、僕は必死だ。


「国の命令とはいえ、僕は皇子を騙していました! 罰せられるのも仕方ないと思います! でも、妹のミカは無関係です! どうか、どうか妹だけは……!」

「あいにくだが、お前の妹も連れていく予定だ」

「そんな……!」


 僕は父さんと母さんにミカを頼むと言われている。

 でも、皇子は僕だけではなく、ミカまで断罪するつもりなのだろうか。


「兄さん、シャール君、多分勘違いしてるよ?」

「む? そうか?」

「兄さんはいきなり本題に入るから分かりづらいんだよ」


 リュシオン皇子が後ろからそんな事を言ってきたので、僕は不思議に思い顔を上げた。

 アルフレド皇子は困ったように頭を掻いていて、怒りの感情はあまり見当たらない。


「まあいい、では行くとするか」

「行くって……処刑場ですか?」


 僕が恐る恐る尋ねると、アルフレド皇子は嘆息し、リュシオン皇子はおかしそうに笑う。


「決まっているだろう。お前と妹をヘルシャフト帝国に招き入れる。無論、俺の相手としてだ。妹の方はお前のおまけだがな」

「……は?」


 僕は皇子の言っている意味が分からず、空気が抜けるような返事をしてしまった。

 いや、だって僕お姫様じゃないし、そもそも女ですらないんだけど。


「あ、あの! いくらなんでもそれはおかしいですよ! 僕、貴族でも、ましてや女性でも無いんですよ!?」

「それがどうした。うちの国は同性婚を禁じていない。子孫を残せないという問題はあるが、俺は皇位をリュシオンに譲るつもりだ。弟が世継ぎを作ればいい。なんの問題もあるまい」

「いやいやいや! そりゃ皇子の事は嫌いじゃないけど、それはあくまで一人の人間としてであって……」


 僕は土下座モードから顔だけ上げ、皇子の顔を見て首をぶんぶん振る。

 

「奇遇だな。俺もそう思っていた。俺は男色ではないが、シャール、お前そのものを気に入っている。性別など些細(ささい)な問題だ」

「ごめんねぇ、兄さん、言い出したら聞かないからさ」


 アルフレド皇子が超ルールを平然と言い放ち、リュシオン皇子が軽く詫びを入れる。

 とはいえ、このままでは僕は本当に皇子の生涯のパートナーにされてしまう。

 僕は、この田舎で優しい普通の女の人と家庭を築くつもりなのに。


「駄目ですよ! 男女の健全な関係を保って下さいよ! 皇子ならよりどりみどりでしょう!?」

「……やはり駄目か。仕方がない」


 皇子は溜め息を一つ吐いた。さすがのアルフレド皇子も、男同士の結婚なんて強要出来ないだろう。そう思っていると、アルフレド皇子は地面に手を着いたままの僕の前にしゃがみこむ


 ――そして、僕に口づけをした。


「キャーーー!」


 僕が白目を剥きそうになっていると、馬車の中から黄色い悲鳴が聞こえた。

 いや、悲鳴を上げるのは僕の役割だろ!


「お兄ちゃん! ついにやったわね!」

「み、ミカ!? なんで皇子の馬車に!?」


 皇子を無理矢理引きはがし、悲鳴の主に視線を向ける。

 声質で分かってたけど、皇子の馬車からミカが顔を出していた。


「城に行く前にお前の家に行ったのだが、既に出ていたのでな。妹にこの話をしたら、狂喜乱舞しながら馬車に乗り込んだぞ」

「ミカァァァァ!!」


 さすがに僕は怒鳴って立ち上がった、その途端、視界がぐらりと揺れる。

 体中が猛烈に熱くなり、まともに立っていられず、僕はたまらず地面にへたり込んだ。


「うぅ……身体が……熱い!」


 苦しくはないけど、まるで熱病に(かか)ったような奇妙な感触に僕は翻弄された。

 もしかして、皇子の今までの言葉は演技で、僕に毒薬を?


 ……と思っていたのだけど、熱は一瞬で収まった。


「お、皇子! いきなり何をするん……あれ?」


 ファーストキスを男に奪われた。ショックのあまり、僕は皇子に食って掛かろうとしたけど、そこで異変に気付いた。なんだか声が変だ。僕は男にしては声が高いけど、それよりもさらに高くなった気がする。


 嫌な予感がする。

 僕は慌てて全身をべたべたと触る。


 そして、僕に無くてはならないものが消え去り、あってはならないものがある事に気が付いた。


「えええええ!? 何で!? なんで胸があるのぉぉぉおおぉぉ!?」


 僕は半狂乱で、柔らかくふにふにした二つのお山に手を伸ばした。

 後宮に居た時にやった詰め物マシマシではなく、本物のたわわがそこにあった。


「よし、成功したようだな。初めて使う魔術なので少し緊張したが」

「成功したようだなって……」


 認めたくないが、女の子っぽい男から、僕は完全に女の子にされていた。

 それを皇子が満足げに眺め、頷くのが見えた。


「シャール、お前に女体化の魔術を掛けた。本来は同盟国同士で後継ぎが同性だった場合、政略結婚で使う秘術なのだがな。これでお前は女になった。これで問題は無いな」

「問題大ありですよ!」


 僕は立ち上がってぷりぷり怒る。

 アルフレド皇子が人の話を聞かない俺様野郎なのは知ってたけど、まさかここまでするとは予想外だ。


「どうせ俺の人生には問題が山積みだ。お前が居てくれると心強い」

「そんな事言われても……文官の仕事とかあるし、そもそも王女じゃないし」

「それなら問題ない。仕事はさっき辞めるよう伝えておいた。シャルロット王女も存在するようにねつ造させた。造作も無い事だ」

「そんな横暴な!」


 勝手に人の国の歴史をいじらないで欲しい。

 でも、ヘルシャフト帝国の皇子なら、僕の国の歴史介入なんか朝飯前なんだろう。


「ごめんねシャール君、いや、シャルロット王女。ほら、僕としても兄さんとしても、君が居てくれるとすごく助かるんだ。人助けだと思って頼むよ。一生安泰な生活は保障するからさ?」


 リュシオン皇子が苦笑しながらそう言う。

 この二人、雰囲気は違えどやっぱり兄弟だ。

 両方とも人の話を聞かない。


「やったねお兄ちゃん! いや、お姉ちゃん? どっちにしても、皇子様と身分違いのラブストーリーが展開されるね!」

「では行くとするかシャルロット。ふむ、やはり女性になると軽いな」

「ちょ、ちょっとー!?」


 一回り小柄になった僕の身体を、アルフレド皇子が抱き上げた。

 燃える後宮から飛び出したのとは逆の立場になってしまった。


「誰か助けてー!」


 僕の叫びに呼応する物は誰一人おらず、それどころか空に掛かった雲が風に流され、まばゆい光が僕達が進む道を明るく照らしていた。


 アルフレド皇子は僕をお姫様抱っこし、そのまま馬車に乗り込んだ。


 周りに居た人達はぽかんとした表情で、僕を乗せた馬車を見送っている。

 救いの手は誰も伸ばしてくれないようだった。


 こうして僕は魔法で女性となり、アルフレド皇子の伴侶としての受難の日々が幕を開けたのだった。

これにて完結となります。

更新期間が開いてしまいましたが、最後まで読了ありがとうございました。

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