転移? 転生? 2
『ねええ! いい加減目ぇ覚ましてよお! ホント肉もってる奴って面倒臭いよねえ』
誰かの声が聞こえてくる。僕に言ってるのか? 僕は肉なんか持ってないぞ。
なんだかいい匂いがする。耳に当たる柔らかい吐息がくすぐったい。
そうか、僕はいま布団の中にいるんだ。園歌が僕の布団に潜り込んだのか? こんな事小さい頃以来だな……何年ぶりだろう。
さきほどから五月蝿い声は…そうだ、クルト・クニルだ。退屈してるのかな? ケーキは無いけど起きたら朝食は蜂蜜塗ったパンにしてやろう。
だからもう少し寝かせてくれよ。
『ねえええってばあ! 』
バチッと僕のお尻に電気が走る。僕は悲鳴とともに飛び起きた。
『やっぱ寝た振りしてた! あんたホントスケベだよね! 』
「いきなり何すんだよ! いてえだろ! 」
『いつまでもこんなとこで寝た振りしてるあんたが悪いつうの! あたいずっと我慢してたんだかんね! 』
「寝たふりなんかしてねえよ。なに朝からプリプリ怒ってんだよ? 」
「……うわああ!! 」
僕はベッドに裸で横になっていたらしい。だがそのことに驚いたわけではなく僕の隣で眠る裸の女の姿に驚いたのだ。
「お前なんで裸で寝てるんだよ! 」
『バーカ。よく見てよぉ。そいつ妹じゃなくて未亡人だから』
「た、確かに……」
よく見なくても分かった。思い込みで園歌だと思ってしまっただけで2人は似ても似つかない。
いつも髪をアップにしていたが、今はナチュラルな感じに前髪がおでこを隠している。
かろうじて胸元はシーツに隠れているがその身体は透き通るように白い。
『あたいこの女に絡みつかれたままずーっと我慢してたんだかんね! ホントにこの女殺してやろうかと思ったんだから』
いかん。もっと見ていたいがあまりじろじろ見てるとこいつに何を言われるかわかんない。
「お前さあ、殺すとかすぐに口にするの止めろよ」
『あんただって何時間も好きでも無い男に絡みつかれたら殺してやりたくなるわよ! 』
そう言われればこいつの気持ちも凄くわかる。こいつは僕と離れられないんだ。そこに好きでも無い同姓であるゆかりさんに抱きつかれればいい気持はしないだろう。
だがそもそも僕に好きな男なんかいねえよ? その好きな男なら許せる的な無駄な前提はずせ。
「てか僕に絡み付いてたの? ゆかりさん」
『もう手から足まで隙間無くあんたに密着させてたわよ! ああ気持ち悪いぃ! 』
うわあ……やっちゃったのか僕? 酒飲んだことも無いのに無理して飲んじゃったのか? よりにもよってゆかりさんに手を出すとかどんだけ鬼畜なんだよ。
『何であんたちんこ立ってんのよおおお! あたいで勃起すんのも許せないけど、未亡人で勃起すんのはもっと許せない! 』
「してねえし! 普通の状態だしこれは! 大体お前は僕が誰で勃起すりゃ許すんだよ! 」
『知んないわよ! あんたのチンコなんて見慣れてんだかんね! 見得張ったってすぐわかるっつーの! 』
「まてまて! そうだよ! 何でお前僕を止めてくれなかったんだよ! 僕が酔っ払ってる時に止めてくれれば……」
『ありゃ? 記憶ないのお? あんた? 』
「ねえよ! だからこんなにあせってんだろうが! ああああどうしよう。やっぱりここは責任とってゆかりさんを……」
『ここはヴァルベント。あたいの故郷でえあんたが転生した国だよお。どお? 思い出した? 』
「そうなの? 」
『ああもう面倒臭い! ホント肉持ちはいちいち記憶が曖昧になって面倒臭いのよお! 』
「平祇さん……」
……なんてタイミングで目を覚ますんだこの人……
僕自身事情を把握しきれていないのに、これ以上事態を把握していない人間が加わるのはグダグダになる危険がある。
「私達転移しちゃったんですね……ヴァルベントに」
あれ? ゆかりさんはヴァルベントの事も転移? のことも覚えてるのか?
『何でこいつは覚えてんの? でもまあ未亡人に記憶あるならよかったわあ。あたいの説明じゃ禁句もあるから説明しきれないしい、詳しい事は未亡人に聞いてねえ』
とりあえずゆかりさんも僕同様身体に異常はなさそうで安心する。
僕は目を覚ましたゆかりさんに粗方の説明を聞いた。幸留ちゃんはどうやら僕の命を救うため、一時的に僕をこのヴァルベントに避難させてくれたという事か。
自分がそこまで呪いに蝕まれていたとは考えにくいが、それだけ緊急を要する事だったのだろうか?
落ち着いて部屋を見渡すと20畳はあるだろうか? 和室ではなく洋室なので畳は無いけど。天井は丸くドーム状になっており水浴びする男女の絵が描かれている。
ベッドは部屋の中心にあり丸いサイドテーブルと木製の椅子が2脚しつらえてある。テーブルにはカラフルなフルーツが置いてある。
電気製品は一切置いておらずその事が僕に違和感を与える。
窓は大きな板が羽目殺しになっていて、外を見ることは出来ない。カーテンがあるので窓だと思えるだけで一見ただの壁だ。
明かりは壁や天井に張り巡らせたパイプのようなものが光っている。
蛍光灯のようだがまた違う明かるさで、時折瞬いたり揺らめいたりする。
コーという風を切るような小さな音がパイプから聞こえてくる。
それ以外に家具も何も無い。いや、3枚のドアがあるにはある。一番立派なドアはどうやっても開かないが、残る2枚はトイレとお風呂のようだ。
「どうやら軟禁されてるみたいですね」
「その、平祇さん? 何か着る物ありませんか? なければせめてシーツでも何でも巻いてください」
ああ、そうだ。僕裸だったんだ。どうも最近クルト・クニルとトイレもお風呂も一緒だから羞恥心というものが薄れている気がする。見られることに慣れちゃったというかなんというか。
僕は豪華なカーテンをはずし、マントのように首に巻いてみた。おお、なんかカッコいい。
「今度は私達が消えた事になるんですよね? 紗希が心配して無ければいいんですけど……」
「そうですよ、いくらなんでもちょっと強引すぎますよね? 」
そういえば幸留ちゃんはなんでゆかりさんまでヴァルベントに連れて来たんだろう。僕と紗希ちゃんを引き離せばいいだけなのに。
まさかこの人は僕の巻き添えになってしまったんだろうか? だとしたら取り返しのつかない事になってしまった気がする。
「とりあえずお前の魔法でこの扉ぶち破ったり出来ないか? 」
自分の影に過激な相談をしてみる。
『出来るけど止めといた方がいいよお。それから、あんたここの奴らにあたいの事絶対悟られちゃ駄目だかんねえ! とにかく向こうの出方を待つほうがいいわ。あたいのことは何があってもしらばっくれるのよ? 』
珍しくこいつが真面目にまともな話をしている。他人から見たらこいつはただの影だし、隠し通すことはさして難しくないだろう。
と、そこで扉から鍵を開く音が聞こえる。
僕は何者がその扉を開けるのかと身構える。
ゆっくりと扉が開き、あわせて鈴のような可愛い声で失礼します、と深々と頭を下げてどう見てもメイドさん? がゾロゾロと5,6人連れ立って入ってくる。メイド喫茶とかこんな感じなんだろうか?
僕よりも年下の女の子がテキパキと仕事をこなす姿に見惚れてしまう。
メイドさん達は手際良く食事の用意と、ベッドシーツを交換し僕達にお召し物ですと服を用意すると
「もう暫らくこちらでお待ちください」
そう言い残して部屋を後にした。こちらの質問には一切答えることは無かった。
僕はこのヴァルベントの人間も僕達と同じ人間だったことに胸を撫で下ろす。正直クルト・クニルのような奴らが現れるのを想像していたのだ。
ゆかりさんは早速用意された服に袖を通しているようだ。
シーツの中で彼女の体がもぞもぞと動いている。僕も用意されたものを手に取るが、服というよりまるでなにかの衣装のようだ。
白いセパレートのライダースーツのような衣装は、過剰とも思える装飾が施されており妙に硬くゴワゴワとした素材で、袖を通すとパキパキと音がする。そのくせ下着はシルクのようにしなやかだ。
同じようにゴワゴワしたズボンを履き、鉄下駄のように重いブーツにつま先を入れる。
目茶苦茶動きにくい。逃走防止の囚人服じゃないかこれ? まともに歩けないぞこれじゃ。
だが次第にブーツの重さも衣装のごわつきも消え、全身が羽のように軽くなる。
全く服を着ている事を感じられなくなるほどだ。凄いぞこの服、まるで魔法の服じゃないか。僕は高揚する気分でベッドを見ると、ベッドサイドに白メイドを見つけた。