第四話 廃棄品一山で、三百万円
十八万円。
白石律が提示された報酬は、それだけだった。
魔導剣の緊急修復。
探索者五名の生還。
企業所属パーティーの全滅回避。
報告書には、それらが簡潔に記載されている。
それでも、律の前に置かれた明細書の合計は十八万円だった。
「規定上、遺品回収員への支払いは補助業務扱いになります」
探索者協会の職員が言った。
四十代ほどの男だった。
名前は赤坂。
胸元には、探索者支援課主任と書かれた札が付いている。
「魔導剣を直したのは、正式な整備士ではありません。戦闘に参加した記録もありません。ですから、緊急作業手当と危険区域手当のみです」
「承知しました」
律は明細書を受け取った。
抗議はしなかった。
赤坂がわずかに眉を動かす。
もっと食い下がられると思っていたらしい。
「それと、先日の魔導剣ですが」
「はい」
「所有企業から廃棄申請が出ています。応急処置をしたとはいえ、主回路の損傷が大きい。再整備費用を考えれば、新品へ更新した方が安いとの判断です」
十八万円の報酬を生んだ剣が、修理費を理由に捨てられる。
律は明細書を封筒に入れた。
「廃棄処理は、いつ行われますか」
「本日午後です。ただし、あれは企業資産です。回収を希望しても無償譲渡にはなりませんよ」
「処分方法を聞いただけです」
律は立ち上がった。
「失礼します」
赤坂は律の背中を見送った。
その表情には、わずかな安堵があった。
遺品回収員。
死人の装備を運ぶだけの仕事。
壊れた剣を一度直した程度で、自分の立場が変わると思われても困る。
そう考えている顔だった。
律は振り返らなかった。
午後一時。
探索者協会の地下三階では、廃棄装備の一括競売が行われていた。
競売と呼ばれているが、参加者は少ない。
並んでいるのは、正式な市場へ流せない装備ばかりだ。
壊れた魔導具。
欠けた武器。
血液や魔物の体液が染み込んだ防具。
部品取りさえ難しいと判断された廃棄品。
探索者協会には、それらを処理する義務がある。
だが、魔力を含んだ装備は通常の廃棄物として処分できない。
専門業者へ引き渡せば、処理費用が発生する。
その前に、引き取り手を募集する。
それが、この廃棄競売だった。
「第十二番。混合廃棄装備、一括」
職員が台車を示した。
剣が三本。
盾が二枚。
革鎧が一式。
破損した魔導灯。
そして、先ほど話に出た魔導剣。
布に包まれているが、柄の形で分かる。
開始価格は五万円だった。
誰も手を挙げない。
競売参加者の多くは解体業者だ。
彼らは装備ではなく、素材の重量を見ている。
魔力汚染の可能性がある金属は処理に手間がかかる。
革鎧には大きな裂け目がある。
盾は中央部が陥没していた。
部品として売れる可能性があるのは魔導剣だが、高級企業製品は独自規格が多い。
下手に分解すれば、内部回路が焼ける。
「五万円」
律が札を上げた。
何人かが律を見た。
遺品回収員の作業服を着た若い男。
業者の一人が鼻で笑った。
「兄ちゃん、それ全部だぞ」
「分かっています」
「剣一本じゃない。後ろのゴミも全部持ち帰りだ」
「承知しています」
職員が周囲を確認する。
「ほかにありませんか」
誰も手を挙げなかった。
「第十二番、五万円で落札」
木槌が鳴った。
十八万円の報酬から、五万円が消えた。
残り十三万円。
台車一台分の廃棄物を手に入れるために払った金額としては、安くない。
周囲の業者は、律を見ながら何かを囁いていた。
若い遺品回収員が、勘違いして大損をした。
おそらく、そういう話だった。
律は台車を受け取った。
その瞬間、視界の端に文字が浮かぶ。
――所有権の放棄を確認。
――適正な譲渡を確認。
――回収可能対象を検出。
《廃品回収》が反応した。
律は魔導剣ではなく、最初に陥没した盾へ触れた。
――残存価値を回収しますか。
回収する。
盾の内部構造が、律の頭へ流れ込む。
素材。
積層方法。
衝撃の方向。
破損箇所。
そして、盾を破壊した攻撃の性質。
前方からの打撃ではない。
盾の内側で、魔力が爆発している。
律は次に、欠けた剣へ触れた。
刃の一部が黒く変色していた。
――残存価値を回収しますか。
回収する。
同じ魔力反応。
二本目。
三本目。
革鎧。
魔導灯。
すべてに、同じ種類の損傷が残っていた。
最後に、企業製の魔導剣へ触れる。
前回回収した知識が反応した。
表面上は主回路の損傷。
だが、原因は主回路ではない。
装備同士を接続する補助術式。
複数の魔導装備へ魔力を分配するための、小型中継核。
その中継核が異常な波長を発し、接続された装備を内側から破壊している。
律は台車の下段を見た。
破れた革袋。
その奥に、拳ほどの黒い金属塊が転がっている。
競売目録には記載されていない。
おそらく、装備に付属していた部品としてまとめられたのだろう。
律が手を伸ばす。
――残存価値を検出。
――対象名称不明。
――機能の大部分が封鎖されています。
――回収可能価値、一件。
律は回収を選択した。
頭の奥へ、一つの機能が流れ込む。
魔力の増幅。
ただし、普通の増幅ではない。
周囲の装備が捨てた余剰魔力を吸収し、一時的に蓄積する機能。
壊れているのは中継核ではなかった。
接続方法が間違っていた。
この装置は、魔力を均等に分配する道具ではない。
不要になった魔力を回収し、別の用途へ再利用する装置だ。
使用目的そのものを誤認されていた。
律は金属塊を革袋へ戻した。
「やはり、買っていたか」
背後から声がした。
振り返る。
城戸が立っていた。
先日の企業所属パーティーを率いていた男だ。
腰には新しい魔導剣がある。
以前のものより装飾が多い。
「お久しぶりです」
律が頭を下げる。
城戸は台車を見た。
「それを直すつもりか」
「まだ決めていません」
「無駄だ。製造元でも修理を断った。主回路を交換すれば、二百万円以上かかる」
「そうですか」
「前回は助かった。その礼を言いに来た」
城戸は封筒を差し出した。
「個人的な謝礼だ。受け取れ」
律は封筒を見なかった。
「必要ありません」
「金額を見てから決めろ」
「協会から報酬は受け取りました」
「十八万円だろう」
律は城戸を見る。
城戸は苦い顔をしていた。
「現場では、お前がいなければ全滅していた。だが、会社は規定外の功績を認めない」
「それは御社の判断です」
「腹が立たないのか」
「十八万円を受け取る契約でしたので」
律は台車を押した。
「それに、追加の利益は自分で回収します」
城戸の視線が細くなる。
「そのゴミからか」
「はい」
城戸は何も言わなかった。
律は協会の地下にある共用整備室を借りた。
利用料金は一時間三千円。
廃棄装備を作業台に並べる。
最初に、すべての魔導回路を切断した。
次に、壊れた装備から使用可能な導線を抜き取る。
盾の積層板を剥がす。
魔導灯から小型制御板を取り出す。
欠けた剣の柄から、無傷の魔力端子を外す。
企業製の魔導剣は分解しない。
主回路は破損していなかった。
誤った魔力を送り込まれ続けたことで、安全機構が作動しているだけだ。
律は黒い中継核を作業台の中央へ置いた。
廃棄装備から取り出した部品をつなぐ。
本来の用途に合わせて、回路を組み直す。
捨てられた魔力を回収する装置。
捨てられた部品だけで、それを再構築する。
三時間後。
作業台の上に、小型の箱が完成していた。
見た目は悪い。
盾の金属板を切り出した外装。
革鎧の留め具。
色の違う導線。
傷だらけの制御板。
新品の部品は一つも使っていない。
律は企業製魔導剣を接続した。
箱の起動スイッチを押す。
低い駆動音。
剣の内部に残留していた乱れた魔力が、箱へ吸い出されていく。
安全機構が解除された。
魔導剣の刀身に、青白い光が走った。
正常稼働。
主回路の交換は必要ない。
修理費用。
共用整備室九千円。
消耗品代、千二百円。
競売品、五万円。
合計六万二百円。
律は剣を止めた。
背後で、誰かが息を呑んだ。
整備室の入口に、赤坂が立っている。
その隣には城戸と、スーツ姿の男女がいた。
胸元には、先日の魔導剣を所有していた企業の社章がある。
「白石さん」
赤坂が言った。
声が硬い。
「その剣は、本当に稼働しているのですか」
「ご覧のとおりです」
「主回路を交換したのですか」
「交換していません」
企業の技術担当らしい男が前へ出た。
「あり得ない。診断では主回路が焼損していた」
「焼損していませんでした」
「製造元の診断だぞ」
「誤診です」
室内が静かになった。
律の声には、侮辱も挑発もなかった。
事実を述べただけだった。
それがかえって、男の顔を赤くさせた。
「素人が何を根拠に」
「起動しています」
律は魔導剣を指した。
「それ以上の根拠が必要ですか」
男が黙る。
城戸が笑いを噛み殺した。
スーツ姿の女が箱を見る。
「その装置は何ですか」
「余剰魔力の回収装置です」
「そのような製品は登録されていません」
「製品ではありません。廃棄品を組み直したものです」
「効果は」
「接続装備に蓄積した不要な魔力を抽出し、内部へ保存します」
「保存した魔力は再利用できますか」
「可能です」
女の表情が変わった。
探索用の魔導装備は、使用中に多量の余剰魔力を捨てている。
魔石から引き出した魔力のうち、実際に利用される割合は高くない。
残りは熱や光として放出される。
それを回収できるなら、魔石の消費量を減らせる。
遠征の継続時間が延びる。
補給費用も下がる。
「性能を測定させてください」
「お断りします」
女は一瞬、聞き間違えたような顔をした。
「理由を伺っても?」
「これは私の所有物です」
律は答えた。
「先ほど、御社が廃棄したものを五万円で購入しました」
企業側の三人が、互いを見る。
女が赤坂へ視線を向けた。
「買い戻しは可能ですか」
「所有権はすでに白石さんへ移っています」
赤坂が答えた。
「協会は関与できません」
「白石さん」
女が律へ向き直る。
「その装置と魔導剣を、弊社へ譲っていただけませんか」
「価格によります」
律は即答した。
女は少し考える。
「百万円」
「お断りします」
「では、百五十万円」
「お断りします」
「二百万円」
「お断りします」
技術担当の男が口を挟む。
「廃棄品に二百万だぞ。十分だろう」
律は男を見る。
「御社は、この魔導剣の修理に二百万円以上かかると判断しました」
「ああ」
「その費用を払っても、戻るのは剣一本です」
律は作業台の箱を指した。
「こちらは今後、御社が消費する魔石の量を減らします。遠征時間を延ばします。同じ誤作動による装備の破損も防げます」
男の口が止まる。
「二百万円では、価値が合いません」
女が尋ねる。
「希望額は」
「三百万円です」
「高すぎる」
技術担当の男が反射的に言った。
律は魔導剣の停止操作を行った。
青白い光が消える。
「それでは、交渉は終了です」
「待ってください」
女が男を制した。
「条件を確認させてください。装置と魔導剣、構造図、使用方法を含めて三百万円ですか」
「いいえ」
律は言った。
「三百万円は、装置と魔導剣だけです」
女の眉が動く。
「構造図と使用方法は?」
「別契約です」
城戸が、今度こそ声を出して笑った。
技術担当の男は顔を歪めている。
先ほどまで、律を素人と呼んでいた。
廃棄品を買った愚かな遺品回収員だと思っていた。
その男が今、会社の判断を待つ側に立たされている。
女は携帯端末を取り出し、どこかへ連絡した。
短い会話だった。
「三百万円で購入します」
「ありがとうございます」
「構造図と使用方法についても、後日交渉させてください」
「内容を確認してから判断します」
契約処理には二十分かかった。
律の口座へ三百万円が振り込まれる。
そこから競売費用と整備室代を引く。
利益は、二百九十三万九千八百円。
遺品回収員として一か月働いても、手にできない金額だった。
企業の職員たちが、魔導剣と装置を運び出す。
最後に城戸が残った。
「最初から、これが目的だったのか」
「何がでしょうか」
「十八万円に文句を言わず、廃棄されるのを待った」
律は答えなかった。
城戸が口元を上げる。
「お前、いい性格をしているな」
「よく言われます」
「嘘をつけ」
城戸は名刺を差し出した。
個人の連絡先が書かれている。
「会社を通さず依頼したい仕事がある。報酬は、お前が決めろ」
律は名刺を受け取った。
「内容によります」
「第五層に、閉鎖された補給拠点がある」
城戸が声を落とす。
「三年前に放棄された場所だ。設備は残っているが、魔物の巣になっている。協会も企業も、再利用する価値はないと判断した」
放棄された補給拠点。
設備が残っている。
所有権の状況によっては、《廃品回収》の対象になる。
「回収したいものは何ですか」
律が尋ねる。
城戸は笑った。
「拠点ごとだ」
律は名刺を作業服の内側へしまった。
「詳しい資料を送ってください」
城戸が去ったあと、律は一人で整備室を片づけた。
作業台には、売却しなかったものが残っている。
盾から回収した積層技術。
剣から回収した破損の記録。
革鎧から回収した魔力経路。
そして、装置を一度作った経験。
三百万円で売ったのは、完成品だけだ。
回収した価値まで、売ったわけではない。
律は端末を開いた。
口座残高を確認する。
三百十四万六千円。
これまでは、倉庫を借りる余裕もなかった。
工具を買う金もなかった。
回収した装備を保管できず、依頼人へ返すか、協会へ預けるしかなかった。
だが、今は違う。
律は郊外にある小型倉庫を検索した。
作業場付き。
魔導設備の使用許可あり。
月額十二万円。
すぐに契約する。
次に、工具一式。
運搬車両。
装備棚。
簡易鑑定台。
必要なものを注文していく。
口座の数字は減った。
それでも、律は止めなかった。
金を残すために稼いだのではない。
次に、より大きな価値を回収するために使う。
すべての注文を終えたとき、口座には百八十七万円が残っていた。
同時に、律は初めて自分の作業場を手に入れた。
遺品を運ぶだけの男ではない。
廃棄品を保管し、分解し、再構築し、売却するための拠点。
規模は小さい。
看板すらない。
それでも、律にとっては最初の所有物だった。
端末に、新しい通知が届く。
探索者協会からだった。
先ほどの取引記録と魔導剣の再稼働実績を受け、律の業務資格を再審査するという。
現在の資格は、三級遺品回収員。
審査を通過すれば、二級へ昇格する。
二級になれば、立入可能なダンジョン階層が増える。
扱える遺品の評価額上限も上がる。
企業や上位探索者から、直接依頼を受けることもできる。
律は通知を閉じた。
三百万円。
自分の作業場。
上位資格の再審査。
放棄された補給拠点の情報。
五万円で買った廃棄品から、四つの利益を得た。
まだ足りない。
律は、空になった作業台を見た。
捨てられているものは、装備だけではない。
施設。
技術。
人材。
権利。
そして、それらを不要だと判断した者たちが、二度と取り戻せない機会。
捨てる者がいる限り、回収する価値はなくならない。
律は整備室の照明を消した。
地下通路を歩きながら、わずかに口元を緩める。
誰かの敗北を見たからではない。
ようやく、自分が上へ登るための足場を手に入れたからだった。
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