第十七話 十七歳の遺品は、遺言ではない
水瀬結衣は三枚の毛布に包まれていた。
地上の医療機関。
個室の温度は二十八度。
それでも指先は白い。
「十五分だけです」
医師が言った。
白石律は左手で記録端末を操作した。右腕は固定されたまま身体へ寄せている。
蓮見紗季がベッドの横へ座る。
結衣が目を開き、蓮見の顔を見た。
「紗季さん。髪、短くなった?」
蓮見の手が止まる。
事故当時、結衣は十四歳だった。
本人にとっては、それが昨日だ。
律はベッド横の時計を見える向きへ動かした。
結衣は日付を見て、首を横に振った。
「違う」
「現在の日付です」
「私、十四歳です」
「事故当時は十四歳でした。現在の記録上は十七歳です」
「記録上って何」
呼吸が速くなる。
学校。
母親。
三年間。
質問が続き、誰も十分な答えを持っていなかった。
部屋の隅には白い保管箱がある。
水瀬結衣。
死亡認定済み。
遺品整理番号。
「それ、何」
「あなたの物です」
「私の遺品?」
律は否定しなかった。
死亡認定によって所有権は母親へ移っている。
結衣は生きているが、法的な処理は三年前に終わっていた。
「じゃあ返して」
母親・水瀬恵美は、旧所有物をすべて本人へ無償譲渡する書類へ署名していた。
本人確認のため、箱を開く。
通学鞄。
携帯端末。
古い写真。
家族、学校、友人。
日付はすべて三年前で止まっている。
最後の写真は事故当日、午後一時五十八分。
旧補給拠点の入口前。
父親の腰には、七台目の作業端末。
その向かいに、東都ダンジョンサービスの管理者認証札を付けた男。
父親は小型の記録結晶を渡していた。
写真の後に、未送信の音声記録が一件残っていた。
録音開始、午後二時二十六分。
『結衣を装置へ入れた』
警報音。
『紗季さんは生きてる。三浦さんも地上にいる』
父親の呼吸が乱れる。
『事故じゃない』
医師がそこで止めた。
残り三分十二秒。
◇
翌日。
母親の恵美も同席し、残りの音声を一度だけ再生した。
『北系統へ、閉鎖後に再通電された』
『三浦さんは止めた。俺も承認してない。それでも地上から動かされた』
閉鎖施設に残った魔力を回収する遠隔試験。
人がいないことを前提にした処理だった。
だが中には、設備点検に来ていた蓮見と、記録確認のため入った結衣の父親がいた。
そして、父親が連れてきた結衣も。
『俺の判断が間違ってた』
保全装置の電力が落ちる警報が鳴る。
救助通信と低代謝保全装置は、同じ予備電源を使っていた。
両方は残せない。
『紗季さんには、結衣を生かしてくれと頼んだ』
蓮見の唇が震えた。
『救助隊が標準手順で電源を組み直せば、保全装置は最初に切られる』
当時、その装置は正式な救命設備ではなかった。
『俺が通信を切れと言った』
結衣の呼吸が止まりかける。
医師が脈拍計を見る。
『紗季さんの判断じゃない。三浦さんでもない。俺が結衣を選んだ』
父親は英雄ではなかった。
娘を危険な場所へ連れてきた。
ほかの生存者がいる可能性を知りながら、娘を生かすため救助通信を切らせた。
『試験記録は消され始めてる。三浦さんの端末には指示系統。俺の端末には実行記録がある』
金属を引き抜く音。
『俺の端末は追跡されてる。所有登録を解除する』
七台目の端末を会社の資産から外し、廃棄搬送路へ落とす。
証拠を守るため、誰の物でもない廃品に変える。
最後に父親は言った。
『これを遺言にするな』
『俺が死んだと決めるな』
音声が終わった。
恵美が尋ねる。
「三年間、行方不明です。それでも生きていると?」
「本人が死亡を否定しています」
律が答える。
「時間は死亡確認になりません」
結衣が顔を上げる。
「探してくれますか」
「最初に端末を探します。そこに移動記録が残っている可能性があります」
「なかったら?」
「残っている物から順番に確認します」
第六層旧廃棄集積区画。
三年前に廃棄搬送された端末は、数千点の廃棄物の中にある。
右腕の負傷は治っていない。
拠点から人を出せば救助機能も落ちる。
それでも律は立入申請を送った。
生きている可能性がある人間の物を、遺品として処理しないために。
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