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雨上がりの深夜二時。

スタジオの外に出ると、湿ったアスファルトが白く光っていた。


「……終わったぁ」


背中を反らして息を吐く。


缶コーヒーを片手に、俺――榊(さかき) 悠真(ゆうま)はテレビ局の喫煙所横のベンチに腰を下ろした。吸わないのにここに来るのは、人が少なくて落ち着くからだ。数年前までたばこを吸う人が多かったのに、最近は少なくなったものだ。


三十歳まで、あと三ヶ月。


テレビ局に入って八年。

ADから始まり、今は深夜バラエティのディレクター。


扱う企画は「終電を逃した人について行く」とか、「24時間営業の変な店」とか、「ワケありコレクター密着」とか、そんな泥臭いものばかりだ。


別に嫌いじゃない。


むしろ好きだ。


けど、同期はゴールデン帯の人気番組に配属され始めている。

視聴率会議で名前が挙がるのは、決まってそいつらだ。


俺はまだ、“深夜の変人ディレクター”。


それでもいつかゴールデンで、自分の番組を持ちたい。


そんなことを考えていた時だった。


「榊さん」


背後から声がした。


振り返ると、制作デスクの川崎がスマホ片手に立っていた。


「芸能事務所から連絡です。……えっと、白鳥 凛さんが番組出たいって」


「は?」


聞き間違いかと思った。


白鳥凛。


ここ数年で一気に売れた女優だ。


透明感がどうとか、“令和の国民的初恋”とか、雑誌は毎月そんな見出しをつけている。


CM、映画、ドラマ。どこを見ても彼女がいる。


しかもまだ二十歳。


「……うちの番組に?」


「はい」


「なんで?」


「いやそれは知らないですけど……」


そりゃそうだ。


うちの番組は、キラキラ女優が来るような番組じゃない。


ゲストが深夜のドン・キホーテで爆買いしたり、激辛料理食べて悶絶したりする番組だぞ。


「ドッキリじゃないよな?」


「マジらしいです」


意味が分からなかった。

だがもっと意味が分からなかったのは、その後だった。


白鳥凛は、本当に来た。


しかも若手芸人のような安いギャラで。うちの番組に有名女優をキャスティングできるだけの予算はない。

そういうことも含めてやんわり断りたかったが、本人きっての希望らしく出演することに。


収録当日、スタジオは妙な緊張感に包まれていた。


主演クラスの女優なんて普通、マネージャー含めてピリついている。

スタッフも必要以上に気を遣う。


なのに。


「え、なにこれ! この店やば!」


白鳥凛は、商店街ロケで腹を抱えて笑っていた。


「ちょっと待って、これ誰が考えたんですか!? 天才!」


「榊です」


ADが答えると、彼女はぱっとこちらを見る。


「えっ、榊さん!? センス最高ですね!」


そう言って、屈託なく笑った。


その瞬間、現場の空気が変わった。


テレビで見る彼女は、もっと静かだった。

儚くて、清楚で、少し近寄り難いイメージ。


でも今目の前にいる彼女は、年相応だった。

よく笑うし、リアクションも大きい。

スタッフ全員に話しかける。

弁当を配ってるADにまで笑顔で「ありがとうございます」っと言って頭を下げる。


オンエア後、ネットは大騒ぎになった。


『なんで白鳥凛がこの番組出てるの?』


『めちゃくちゃ楽しそうなんだけど』


『こんな笑う子だったの!?』


『この局だと生き生きしてる』


視聴率も配信再生も爆発した。

局の上もざわついた。


当然、続編の話になる。


そして彼女は、二回目も三回目も、普通に来た。


むしろ前より楽しそうに。


「榊さんおはようございます!」


朝から満面の笑みで話しかけてくる。


「……おはよう」


「今日寝ました?」


「二時間」


「死んじゃいますよ」


「テレビマンは大体死にかけてる」


「やだその業界」


けらけら笑う。


なんなんだ、本当に。若いって恐ろしい。


ある日、収録終わりに彼女が隣へ座ってきた。


「榊さんって彼女いるんですか?」


「急だな」


「いるんですか?」


「いないけど」


「へぇ〜」


なんで嬉しそうなんだ。


その流れで、彼女が言った。


「連絡先、交換したいです」


「……俺の?」


「はい」


思わず周りを見た。

もっと交換すべき相手いるだろ。

俳優とか。プロデューサーとか。


「いや、俺のでいいの?」


「榊さんのがいいです」


真っ直ぐだった。

結局押し切られる形で交換した。


その日からだ。

彼女からやたら連絡が来るようになったのは。


『今日のロケ面白かったです!』


『この店また行きたい』


『榊さん寝てます?』


『ご飯行きませんか?』


『断られても誘いますけど』


怖い怖い怖い。


十歳差だぞ。

しかも相手は今をときめく女優。

週刊誌に撮られたら終わる。


だから何度ものらりくらり避けていたのに、彼女のアピールは止まらなかった。


局内で会えば絶対話しかけてくるし、なぜか彼女のインスタに、見覚えのある灰色パーカーが映り込んでたりするし。

あれ俺のだよな?と気づいた瞬間、心臓が止まりかけた。


コメント欄ではファンが騒いでいた。


『彼氏!?』


『サイズ感的に男物では』


『いや兄じゃない?』


俺はスマホを閉じた。

頼むから燃えないでくれ。


そんなある日だった。

彼女がまた番組に来ていた時、収録中、突然スタジオの扉が勢いよく開いた。


「凛!!」


甲高い声に現場が凍る。


ブランド物で固めた女が、ヒールを鳴らして入ってきた。


「こんな番組なんか出てるから主演女優賞逃したのよ!!」


彼女の母親だった。


「帰るわよ! 演技の練習しなさい!」


凛の肩がびくりと震える。


その瞬間。


俺は、妙な既視感を覚えた。


――あれ。


知ってる。

昔、見たことある。


十年前。インターンでテレビ局に来ていた頃だ。

俺がまだADとも呼べないような仕事を覚えるのに必死だった頃。


子役の女の子が、スタジオの隅で母親に怒鳴られていた。


『笑顔が下手!』


『もっと泣けるでしょ!』


周りの大人たちは見て見ぬふりだった。


親子の問題だからなのか、母親が若い頃演技をかじっていたからなのか、誰も止めなかった。


でもあの時見てるのが無理だった。


だから俺は


『次セット確認お願いしまーす』


『監督が呼んでる』


『台本変更です』


適当な理由を作っては、その子を母親から引き離した。


少しでも、ほんの少しでも逃がしたかった。


「……あ」


目の前の彼女と、十年前の少女が重なる。


「お母さん、昔から変わらないね」


思わずそう言うと、凛が顔を上げた。


目が、大きく見開かれる。


「……覚えて、くれてたの?」


その顔で、全部繋がった。

芸名が違ったこともあり気づかなかった。


収録は中断になった。

警備員が母親を外へ連れて行く。

その間も彼女の母親は叫び続けていた。


「あなたのためを思って!!」


凛はずっと無言だった。幼い頃、母親から厳しい言葉をかけられていた頃と同じ顔をしていた。


収録後、誰もいなくなったスタジオで彼女がぽつりと言った。


「私、一回やめてたんです。演技」


「……そうなんだ」


「でも、またやろうって思えたの、榊さんに会いたかったからなんです」


静かな声だった。

でも、まっすぐだった。


「会ったら、ちゃんとお礼言いたくて」


「……そっか」


「だから頑張れた」


俺は笑って返した。


「それは光栄です」


だけど。


次に続いた言葉には、苦笑するしかなかった。


「好きです。付き合ってください」


「…っちょ。冗談だよね」

凛の言葉に思わずむせてしまう。


「本気です」


「十歳差だぞ」


「知ってます」


「君、共演俳優の方が絶対いいだろ」


「興味ないです」


「いやあるだろ普通。むしろあれ」


「榊さんがいいです」


困る。

本当に困る。


なのに彼女は止まらなかった。


雑誌のインタビューでは、


“昔助けてもらった人がいる”


“その人に会いたくて頑張ってきた”


なんて話すし。


ファンはファンで、


『凛ちゃんの恋応援したい』


『報われてほしい』


とか言い始める始末。


やめてくれ。

外堀を埋めるな。


そんなある夜。

編集作業が終わって、局を出た帰り道。


自販機の前で、彼女が待っていた。


帽子にマスク姿。


「……なんでいるの」


「会いたかったので」


「おじさんをからかわないで」


「榊さん」


彼女は少しだけ真面目な顔をした。


「私、助けてもらったこと、多分榊さんが思ってるよりずっと覚えてるんです」


夜風が吹く。


彼女の髪が揺れた。


「誰も見て見ぬふり時に、榊さんだけ見てくれたから」


心臓が、少しだけ痛くなる。

俺はただ、あの時放っておけなかっただけだ。


それだけなのに。


「……でもな」


「はい」


「君が思ってるほど、俺はたいした男じゃないよ」


そう言うと。


彼女は、ふっと笑った。


「知ってます」


「ひどくない?」


「でも」


彼女は俺の袖を軽く掴む。


「たいした人じゃないのに一番優しい人です。そういうの一番ずるいです」


その言葉に俺はしばらく、何も返せなかった。



凛の言葉に悶々として何も連絡できないでいると、なんと凛の熱愛報道が出た。

『人気若手俳優・橘 恒一と白鳥凛、深夜デート』


コンビニで買ったおにぎりを開けながらスマホを見た瞬間、俺は危うく鮭を床に落としかけた。


「うわぁ……」


編集室のソファで、思わず声が漏れる。


写真はかなり鮮明だった。


高級レストランから出てくる二人。

笑顔で笑い合う二人を見て俺はお似合いだと思ってしまった。


ネットは当然大騒ぎ。


『お似合いすぎる』


『美男美女』


『結婚してくれ』


コメント欄は祝福一色だった。


俺は記事を閉じる。


……まぁ、そうなるよな。


相手の橘恒一は、今人気急上昇中の俳優だ。


背が高くて、爽やかで、演技も上手い。

性格もいいと評判。

正直、非の打ち所がない。

どう考えても俺より似合ってる。


その日の昼過ぎスマホが震えた。


【凛】


嫌な予感しかしない。


『嘘です』


開いた瞬間、それだけ送られてきた。


『ご飯行っただけです』


『しかも大人数でした』


『なんで二人だけみたいに書かれてるの』


『最悪』


矢継ぎ早にメッセージが飛んでくる。


俺はしばらく画面を見つめたあと、短く返した。


『でもお似合いだと思うよ』


既読がつく。


少し間が空いてから、


『……は?』


と返ってきた。


『相手イケメンだし、年も近いし』


『そういう人の方がいいだろ』


送ってから、自分でも最低だなと思った。


でも。


そう言うしかなかった。


十歳差。

人気女優。

局ディレクター。


現実的に考えたら、どう考えても無理がある。


しばらく返信が止まり結局、最後に来たのは、


『分かりました』


だけだった。


それから数日。


彼女から連絡は来なかった。


局で会っても、最低限の挨拶だけ。


「あ、おはようございます」


それだけ。


胸の奥が妙にざわつく。


……傷つけたよな。


でもその方がいい。


そう思っていた、思っていたのに。


三日後の深夜。


局の休憩室でSNSをみていたら凛がとんでもないことをアップしていた。


そして俺は盛大に頭を抱えた。


【熱愛報道は事実じゃないです】


白背景に黒文字。


しかもその下。


【好きな人はいます】


「…………」


嫌な汗が出る。


さらに続く。


【でも全然相手にされてません】


「おい」


【今回の報道のせいでさらに相手にされなくなりました】


「おい!!」


【悲しい】


最後、顔文字付き。


なんでだよ。


なんで投稿した。


しかも深夜一時に。


コメント欄は地獄だった。


『え!?』


『好きな人いるの!?』


『誰!?』


『相手にされてない!?!?』


『全国民応援するが???』


『こんな美少女を振る男いる!?』


次の日には事務所が削除したようだが当然もう遅い。


スクショがネット中に拡散されていた。


翌日、局に行くと空気がおかしかった。

編集室に入った瞬間、後輩ADがニヤニヤしている。


「榊さん」


「なんだよ」


「白鳥さん可哀想っすね」


「は?」


「相手にされてないって」


「……」


「そろそろデートくらいしてあげたらどうです?」


「なんで俺前提なんだよ」


すると隣の音声スタッフまで頷く。


「いやでもあれ、絶対榊さんでしょ」


「違う」


「否定弱っ」


「違うって」


「白鳥さん、榊さんいる日だけテンション違いますもん」


やめろ。

分析するな。


しかも最悪なのは、局員全員ちょっと彼女寄りなことだった。


「十年想い続けてるとか健気じゃん」


「普通に応援したい」


「榊さん往生際悪いっす」


俺が悪者みたいになってる。

理不尽すぎる。


その頃にはネットでも、“好きな人考察”が始まっていた。


共演俳優。

監督。

幼馴染。

スポーツ選手。


ありとあらゆる予想が飛び交う。


だが誰も、テレビ局の深夜ディレクターなんか候補に挙げない。


そりゃそうだ。


そんな地味な存在、誰も見ない。


……だからこそ余計怖い。


もしバレたら終わる。

完全に終わる。


なのに彼女は止まらない。


数日後に発売された雑誌のインタビュー。

記者の『好きなタイプは?』という質問に対して。


『大人で、すごく優しい人です』


『頑張りすぎるところが心配になります』


『でも自分のこと全然大事にしないんです』


『あと、鈍感です』


全国に向けて言うな。


俺は雑誌を閉じた。

頭が痛い。


SNSでは、


『絶対いい恋してる』


『凛ちゃんの恋応援したい』


『相手の人、早く気づいて』


などと盛り上がっていた。


なんなんだこの国。

いつの間にか日本中が彼女の恋を応援している。


そして俺だけが必死に逃げている。


そんなある日。


深夜の編集作業を終え、ふらふらで局を出るとエントランス横に見慣れた帽子とマスク姿がいた。


「……なんでいるの」


「待ってました」


「帰れ」


「嫌です」


即答だった。

彼女はむすっとした顔でこちらを見る。


「榊さん、この前ひどかったです」


「……」


「お似合いだからその人にしろって」


夜風で、彼女の髪が揺れる。


「私、あれ結構傷ついたんですからね」


少しだけ赤くなった目。


たぶん、泣いたんだろう。


胸が痛む。


でも。


「……だってその方が普通だろ」


そう言うと彼女は数秒黙ってから、小さく笑った。


「榊さんって」


「なに」


「自分が選ばれる側だって、全然思ってないですよね」


言葉が詰まる。


彼女は一歩近づいてくる。


「でも私は」


マスク越しでも分かるくらい、柔らかく笑った。


「十年前から、榊さんだけなんです」


その言葉が、ずっと頭から離れなかった。


帰宅してシャワーを浴びても。

ベッドに入っても。

朝コンビニでコーヒーを買っても。


気づけば思い出してしまう。


三十歳の男が、二十歳の国民的人気女優にここまで好かれることなんて、普通ない。


いや、普通どころか全人類の夢だろ。


そんな馬鹿みたいな言い訳を、脳内で延々と繰り返していた。


付き合ったらどうなる。


いや絶対撮られる。


でも隠し通せば――


「……いや無理だろ」


編集室で一人、頭を抱える。

数日前まで連絡してこなかったとは思えないほどにこにこ笑顔でなぜか凛が隣にいる。


正直根負け寸前だ。


あの真っ直ぐな目を向けられるたびに、心が削られる。


可愛いと思ってしまう。

放っておけないと思ってしまう。

守りたい、とまで。


しかしなんとか正気を取り戻し凛に楽屋に戻るように言う。

「そろそろ戻ったら」


「もう少しだけここにいたいです」


こんな顔で言われたらおじさん許しちゃうよ。



決して付き合わないぞと心に固く決意をしてながら他愛もない話をしているとスマホが鳴った。


局の上層部からだった。

嫌な予感しかしない。


「……はい、榊です」


『あー、今ちょっといい?』


「はい」


軽い調子だった。

だが次の瞬間、胃が冷える。


『白鳥さんの件、ちょっとネット騒がしかったじゃん?』


「……はい」


『もちろん榊くんが何かあるとは思ってないよ?』


その“もちろん”が、一番怖い。


『でもさ、今あの子超売れっ子だから』


『もし局員とのスキャンダルとか出たら、局側も損害デカいわけ』


『スポンサーもあるしね』


喉が詰まる。


その時。


隣にいた彼女が、不安そうにこちらを見上げていた。


収録終わり。


ほんの数秒前まで、俺は。


彼女の手を掴みそうになってはダメだと自分に言い聞かせていた。


あと少しで本当に危なかった。


『だからさ』


『くれぐれも変なことにならないよう、気を引き締めてね』


現実だった。


俺はテレビ局員で。


彼女は商品だ。


何十人、何百人が動いて守っている存在。


俺一人の感情で壊していい人生じゃない。


ゆっくり息を吐いて、俺はわざと彼女にも聞こえるように言った。


「そんなこと、絶対ありえません」


一瞬。


空気が止まった気がした。


電話口は満足そうに笑った。


『なら安心だ』


通話が切れる。


静寂。


彼女は何も言わなかった。


ただ。


今まで見たことのない顔をしていた。


拗ねた顔じゃない。


怒った顔でもない。


本当に傷ついた顔だった。


胸が痛い。


今すぐ抱きしめて、ごめんと言いたかった。


でも。


それをしたら終わる。


優しくした分だけ、この子は期待してしまう。


だからここで終わらせなきゃいけない。


「……凛」


初めて、下の名前で呼んだ。


彼女の肩が揺れる。


「俺は君と付き合えない」


静かな声だった。

自分でも驚くくらい。


「なんでですか」


「十歳差とか、立場とか、そういうのもある」


「そんなの」


「それに」


言葉を切る。


本当は言いたくなかった。


でも。


言わなきゃ駄目だった。


「君の未来を潰したくない」


彼女の目に涙が浮かぶ。


「私はそんなの」


「今は分からなくても、数年後もっといい人が現れる」


「現れません」


即答だった。


涙をこぼしながら、それでも彼女は真っ直ぐ俺を見る。


「榊さん以上なんて、いません」


やめてくれ。


そんな顔で言うな。


揺らぐ。


全部投げ出してしまいたくなる。


彼女は泣いていた。

肩を震わせながら。


今すぐ抱きしめてしまいたかった。

大丈夫だって言ってやりたかった。



でもそれじゃ意味がない。

心を鬼にした意味がなくなる。


だから俺は振り返らなかった。


「……ごめんね」


それだけ残して、歩き出す。


背後から小さな泣き声が聞こえた。


でも、止まらなかった。


止まったら、終わるから。


その日を境に白鳥凛が、俺の番組に出ることはなくなった。


彼女はさらに売れた。

映画賞を総なめにして。


朝ドラ主演も決まり気づけば日本を代表する女優になっていた。


俺はというと。


相変わらず仕事漬けだった。


深夜帯から少しずつ昇格して、特番を任されて失敗して怒鳴られて、また這い上がって。


気づけば三十五歳になっていた。


そしてある日とうとうゴールデン帯の新番組を任されることになった。


局内でもかなり期待されている大型企画。


初回ゲストも超豪華。


その台本会議の日プロデューサーが言った。


「初回ゲスト、白鳥凛ちゃんに決まったから」


ペンが止まる。


数秒遅れて、周囲がざわついた。


「うわマジか」


「すげぇ」


「取れたんだ」


俺だけが、固まっていた。


……いや。


無理だろ。なんで。


「榊?」


呼ばれて我に返る。


「……はい」


「なんか問題ある?」


問題しかない。

だが言えるわけもなく、首を振った。


収録当日スタジオは異様な熱気だった。

国民的女優。視聴率保証。

現場全員が浮き足立っている。


そんな中スタジオ入口の扉が開いた。


「おはようございます」


静かな声。


数年ぶりに見る彼女は、息を呑むほど綺麗だった。


二十歳の頃のあどけなさは消えていた。


洗練されていて。


大人っぽくて。


なのに。


彼女は俺を見ると、少しだけ笑った。


五年前と同じ顔で。


「……お久しぶりです、榊さん」

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