第64話 封印の楔
誰も言葉を発さない。
「世界は一度」
「食われかけた」
リリアスの言葉が、まだ心から離れない。
⸻
ヴァルドが低く言う。
「……それで」
「その化け物と」
「魔王の封印がどう関係する」
リリアスの赤い瞳が細くなる。
「関係はある」
「むしろ」
「同じものじゃ」
ひかりが思わず声を漏らす。
「え?」
リリアスは言った。
「わらわの封印はな」
「わらわを閉じるためのものではない」
⸻
「大地の下のものを」
「抑える楔じゃ」
塔の空気が凍る。
セレナが息を呑む。
「そんな……」
リリアスは続ける。
「数百年前」
「世界は滅びかけた」
「その時」
「三つの力で封じた」
⸻
ひよりが聞く。
「三つ?」
リリアスは指を三本立てた。
「魔」
「精霊」
「そして」
「人」
⸻
レグルトが眉を寄せる。
「人……?」
リリアスは頷く。
「人間の至高位大魔導師」
⸻
「名は――」
「グラン」
⸻
その名前に、ひかりが顔を上げた。
「えっ」
ひよりも驚く。
「グランって……」
レグルトが言う。
「まさか、師匠が……」
⸻
リリアスは静かに言う。
「そうじゃ」
「封印の術式を作ったのは」
「奴じゃ」
ヴァルドが腕を組む。
「つまり」
「グラン殿が」
「世界を救った?」
リリアスは少し笑う。
「正確には」
「今も救い続けておる」
⸻
ひかりが目を瞬く。
「……どういう意味?」
リリアスは静かに言った。
「グランが召喚獣を二体しか呼べぬのは知っておるな」
ひかりは思い出す。
確かにグランはそう言っていた。
「自らの魔力を封じることで封印を続けておるのじゃ」
「だからなの……」
「だが、グランが死んだら封印は解ける。そこで、あやつは分霊体を作ったのじゃ」
「あの若いグランがそうなのね」
「本来、グランが老いて死んだ時に、後を引き継ぐはずじゃった。だが、新たな思想に感化されたようじゃな」
リリアスの表情が険しくなった。
「わらわの封印を解く方法は二つじゃ」
「一つはグランを殺すこと」
「もう一つは、深層へ行くことじゃ」
ひかりは言葉を失った。
ヴァルドが呟く。
「……狂ってるな」
リリアスは肩をすくめた。
「選択は一つじゃろう?」
⸻
そして続ける。
「つまり」
「深層へ行けば」
「封印の核に触れられる」
ひかりが顔を上げる。
「じゃあ!」
「そこに行けば」
「魔王の力を使える?」
リリアスは頷いた。
「可能じゃ」
「ただし」
赤い瞳が鋭くなる。
「そこは」
「“あれ”に最も近い場所じゃ」
ひかりは少し考えた。
そして。
笑った。
「じゃあ」
「行くしかないね」
ヴァルドが笑う。
「決まりだ」
レグルトは静かに拳を握った。
リリアスは呆れた顔をした。
「正気ではないな」
そして言った。
「深層へ行く道は三つ」
「深層門」
「その一つが」
「すでに開きかけておる」
ひかりが聞く。
「どこ?」
リリアスは答えた。
「ルーメリアじゃ」
塔の上に、重い沈黙が落ちた。




