第63話 大地の下のもの
塔の上。
風が瓦礫を転がす。
誰も動かなかった。
「あれ…?」
ひかりが呟く。
リリアスは答えない。
ただ、足元を見た。
塔の石床。
砕けた大地。
まるで――
その下を見ているようだった。
ひよりが小さく言う。
「……魔王様」
「それって……何なんですか?」
リリアスは少しだけ考えるように目を閉じた。
そして言う。
「お主らは」
「ルーメリアという国を知っておるな」
空気が張りつめた。
レグルトの肩が揺れる。
「……知っています」
低い声。
「数ヶ月前」
「一夜で消滅した国です」
リリアスは頷いた。
「そうじゃ」
「消えた」
「跡形もなく」
ヴァルドが言う。
「原因不明」
「結局、消えた理由は分からなかった」
リリアスは小さく笑った。
だがその笑いは冷たかった。
「原因不明、か」
「便利な言葉じゃな」
ひかりの背中に寒気が走る。
リリアスは静かに言った。
「違う」
その一言で、空気が凍る。
「ルーメリアは」
一拍。
「沈んだのじゃ」
誰も息をしない。
リリアスの赤い瞳が、ゆっくり細くなる。
「引きずり込まれた」
「大地の下へ」
風が強く吹き抜けた。
ひよりが思わず後ずさる。
「……そんな」
レグルトの顔が青くなる。
「では……」
「ルーメリアは……」
リリアスは答えない。
代わりに言った。
「わらわはな」
「それを見た」
全員が息を呑む。
「数百年前」
「同じことが起きた」
塔の影が揺れる。
「都市が沈み」
「森が消え」
「山が裂けた」
そして。
リリアスは、ぽつりと言った。
「世界は一度」
「食われかけた」
⸻
ひかりの心臓が大きく跳ねた。
ヴァルドが低く言う。
「……何に」
リリアスは、また足元を見る。
塔の下。
大地。
深い、深い地の底。
「名はない」
「古すぎてな」
「神話にも残っておらぬ」
そして。
魔王は静かに言った。
「じゃが」
「一つだけ確かなことがある」
赤い瞳が、ひかりたちを射抜く。
「それは、世界の下で今も眠っておる」
⸻
風が止む。
静寂。
リリアスは、最後に言った。
「そして」
一拍。
「人が魔を弄び続ければ」
赤い瞳が暗く光る。
「必ず目覚める」
塔の瓦礫が、カランと音を立てて転がった。
誰も言葉を発さない。
ただ一人。
リリアスだけが、空を見上げていた。
「……愚かなことじゃ」
小さく呟く。
「人間は」
「また同じことを繰り返そうとしておる」
塔の上に、重い沈黙が落ちた。




