第53話 地の精霊ノームの誕生
アストレア連邦王国――
白亜の王城、その大広間。
円形の法廷。
王座の上に、滅多に人前へ姿を現さぬ王が座している。
アストレア王。
幾重もの結界。
精鋭の近衛騎士団。
逃げ場はない。
そこに、拘束された男が跪いていた。
剣聖――
アルディオン・レイス。
手足を封じる拘束魔法。
魔力封印の首輪。
背後には、静かに立つ男。
カーディス・レヴァンテ。
タリナ王国枢機卿。
「剣聖アルディオン」
王の声が響く。
「タリナ王国への侵略戦争への加担、そして王権への反逆、その罪は重い」
アルディオンは顔を上げる。
その瞳は、まだ澄んでいる。
「私は、成すべきことをしたまでだ」
誇りは失っていない。
だが。
その瞬間。
カーディス・レヴァンテの口元が、わずかに歪んだ。
「――今です」
低く、誰にも届かぬ声。
次の瞬間。
拘束魔法が、霧のように消えた。
「なっ……!?」
近衛がざわめく。
だがアルディオンは、立ち上がらない。
いや――
立てない。
身体が、震えていた。
心臓が異様な鼓動を打つ。
血が、沸騰する。
「……何だ……これは……」
皮膚が硬化する。
腕がひび割れる。
石のような質感へと変質していく。
骨が軋む。
肉が隆起する。
魔力が爆発的に膨れ上がる。
「――実験は成功だ」
カーディス・レヴァンテは、冷ややかに告げた。
「剣聖、あなたの肉体は、最高の素体だった」
アルディオンの瞳が見開かれる。
「……実験……だと?」
「あなたは知らなかったでしょうね」
静かな声。
「すでに、あなたの体内には魔物因子が組み込まれていたのです」
「……誰が……」
「イグナート・ヴェルドーラ」
あの転移魔法の際、枢機卿はすべてを知っていた。
「あなたは駒です」
冷酷な宣告。
「王を討つための」
アルディオンの中で、何かが崩れる。
裏切られた。
利用された。
だが。
怒りが、湧かない。
感情が、消えていく。
理性が、砂のように崩れていく。
代わりに流れ込むのは、命令。
支配。
統制。
地が、震える。
床が割れる。
石柱が砕ける。
大地そのものが呼応する。
アルディオンの身体は、完全に変貌した。
巨躯。
岩の鎧。
土の精霊の紋章が胸に浮かび上がる。
「……地の精霊ノーム」
枢機卿が呟く。
「あなたは史上最高の魔物となったのです」
そして。
王の目前に立つ。
「衛兵!!」
魔法がかって剣聖だった魔物に放たれる。
だが。
効かない。
岩が吸収する。
大地が弾く。
ノームが、ゆっくりと腕を振るう。
それだけで。
王座へと続く床が隆起し、王を包囲する。
「ば、馬鹿な……」
王の顔に、初めて恐怖が浮かぶ。
逃げ場はない。
大地が、王を飲み込む。
圧殺。
一瞬だった。
アストレア王は、その場で命を落とした。
法廷は崩壊。
悲鳴。
瓦礫。
混乱。
———
神谷は、その光景をフロストリアから魔鏡越しに静かに見つめていた。
「これで、均衡は崩れる」
笑みが深まる。
「そして世界は、次の段階へ進む」
ノームは、王の亡骸を見下ろした。
その瞳に、もはや人の感情はなかった。
⸻
一方――
ひかりたちは、地下研究区画へ辿り着いていた。
崩れかけた研究棟。
血の跡。
魔物化の記録。
失敗体の標本。
ひよりの呼吸が乱れる。
「……これ全部……人だったの?」
答えはない。
つむぎが、奥の扉に触れる。
「人の気配がする……」
ひかりが頷く。
「いる」
扉が、軋む音を立てて開いた。
そこに立っていたのは――
「……神谷くん?」
白衣の男。
穏やかな顔。
「久しぶりだね」
ゆっくりと微笑む。
「神谷ではなく、この世界での名はイグナート・ヴェルドーラだけどね」
空気が凍る。
「……あなたが」
ひかりの声が震える。
「魔物化の研究者……?」
「研究者、とは少し違います」
神谷は肩をすくめる。
「私は、世界の進化を促しているだけです」
「進化……?」
「人は弱い」
静かな声。
「だから、強くなる必要がある」
棚の奥。
そこには、設計図。
精霊融合理論。
人体改変魔術式。
「剣聖は、最高傑作でした」
ひかりの心臓が止まりかける。
「……え?」
「ちょうど今頃、アストレア連邦王都は崩壊しているでしょう」
平然と告げる。
「王は討たれたました」
静寂。
ひよりの瞳が揺れる。
「……何を、言ってるの?」
「彼は自らの体に因子を埋め込まれていたことすら知らなかった」
神谷の声は淡々としている。
ひかりの中で、何かが弾けた。
「……あなた」
怒りが、込み上げる。
「人を、なんだと思ってるの?」
神谷は、穏やかに微笑んだ。
「素材です」
その一言。
研究室の空気が、重く沈む。
「さて」
彼は背後の魔法陣へ歩く。
「次は、あなた方の番かもしれませんね」
転移魔法陣が光る。
「世界は、優しさでは回らない」
どこかで聞いた言葉。
「だからこそ、私は均衡を壊す」
光が爆ぜる。
神谷の姿が消える。
残されたのは、震える空気と真実。
剣聖は魔物になった。
アストレア王は討たれた。
戦争は、次の段階へ進む。




