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『億り人だった私、老後資金が底をつく前に異世界を救います』 〜今日も散財して召喚しまくってます〜  作者: talina
第五章

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第51話 復讐のための、仕組まれた終幕

 氷都を包んでいた圧が、ゆっくりと退いていく。


 至高位大魔導師の消滅。

 剣聖と黒騎士の激突。

 常識を踏み潰す力の奔流。


 それらすべてが、嵐のように通り過ぎた後。


 残ったのは、焼け焦げた氷と、立ち尽くす兵たちの沈黙だった。


 グランは、まるで舞台の幕引きを告げる演出家のように、静かに踵を返す。


「目的は果たしました」


 淡々とした声。


「後は任せましたよ、カーディス枢機卿」


 氷塔の影から、一人の男が歩み出る。


 深紅の法衣。

 細身の体躯。

 知性と打算を湛えた眼。


 カーディス・レヴァンテ。


 タリナ王国の枢機卿にして、事実上の政務中枢。


 彼は優雅に一礼した。


「お任せを」


 動揺していたアストレア軍が、総司令官レオニス・ヴァルハイトへ、わずかに目配せをした。


 言葉はない。


 だが、意味は明確だった。


 レオニスは短く頷き、妻へ声をかける。


「エリシア、行くぞ」


 エリシアは、まだアルディオンを見ていた。


 直感的に彼に対して、何かを感じ取っていた。


 その視線の先。


 剣聖アルディオン・レイスは、血を流しながら立っている。



「待て!」


 怒声が、氷原に響く。


「勝負は、まだついていない!」


 アルディオンの視線は、黒騎士アークレインへと向けられていた。


 去ろうとする背中。


 それを呼び止める。


 屈辱が、胸を焼く。


 先程の剣戟。


 力の差は明白だった。


 だが、認めることはできない。


 アークレインは、ゆっくりと振り返る。


 漆黒の兜の奥、感情の読めない視線。


「安心しなさい」


 低い声が、静かに落ちる。


「私の目的は、あなたを殺すことではない」


 ――それは。


 かつてアルディオン自身が、ヴァルドへ向けて放った言葉。


 寸分違わぬ響き。


 瞬間。


 剣聖の顔が、強張る。


 最大の屈辱。


 己の言葉を、上からなぞられる。


 格下に向けたはずの台詞を、格上から返される。


 拳が震える。


 歯が軋む。


 黒騎士の視線は、まるで路傍の石を見るようだった。


 無関心。


 それが何より堪える。


「待て……!」


 喉が裂けるほどに叫ぶ。


「タリナ王の首を取ったのが、俺だとしたらどうする?」


 戦場が、わずかにざわめく。


 ニヤリと歪む口元。


 挑発。


 誇示。


 そして、最後の矜持。


 アークレインの足が、止まる。


「……ほう」


 わずかな沈黙。


「ならば」


 静かな声。


「私よりも、仇を討ちたい者がいるはずだ」


 視線が、横へ流れる。


「エリシア」



 名を呼ばれ、タリナ王の娘エリシアが歩み出る。


 蒼白な顔。


 だが、その瞳には炎が宿っている。


「……貴方が、父君を……?」


 声が震える。


 悲しみ。


 怒り。


 喪失。


 押し殺してきた感情が、溢れ出す。


 だが。


 手にした剣は、わずかに震えていた。


 重い。


 復讐の重み。


 王族としての責務。


 そして、一人の娘としての痛み。


 アルディオンは嗤う。


「ふっ……殺せるものなら、やってみろ」


 挑発。


 堂々と胸を張る。



 次の瞬間。


 空気が、わずかに歪んだ。


 誰も詠唱を聞いていない。


 誰も魔法陣を見ていない。


 だが。


「……っ!?」


 アルディオンの身体が、硬直する。


 足が地に縫い止められたように動かない。


 腕が上がらない。


 呼吸さえ、浅くなる。


「こ、これは……拘束術式……?」


 目を見開く。


 高位魔導による完全拘束。


 しかも、無詠唱。


 視線が周囲を探る。


 氷塔の柱の陰。


 一瞬だけ、揺らいだ影。


 そして、消えた。


 神谷。


 その姿は、すでにない。


 まるで最初から存在しなかったかのように。



 カーディスが、静かに告げる。


「剣聖アルディオン・レイス」


 声音は柔らかい。


「あなたをタリナ王国に対する重大戦争犯罪人として拘束します」


 兵が一斉に取り囲む。


 だが、武器は必要ない。


 拘束術式が、完璧に動きを封じている。


 アルディオンは歯を食いしばる。


 動かない身体。


 だが、瞳だけは死んでいない。


「あなたの処遇は裁判で決まります」


 カーディスの声は、あくまで事務的だった。


「王都に連行しなさい」


 氷都に、冷たい風が吹く。


 剣聖という象徴。


 その失墜。


 フロストリア軍の士気は、完全に折れ勝負は決した。



 エリシアは、剣を下ろす。


 震えは、まだ止まらない。


 だが、涙は流さなかった。


(この戦いは正しかったのか……)


 迷いを払拭するよう、自らに言い聞かせていた。


(……これで良かったのよ)


 遠く。


 グランと黒騎士の背が、小さくなる。


 均衡を名乗る者。


 影として付き従う者。


 そして、盤上に残された駒たち。


 ひかりは、その背を見つめていた。


 氷都の戦いは終わった。


 しかし。


 均衡という名の物語は、さらに深い闇へと踏み込んでいく。

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