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『億り人だった私、老後資金が底をつく前に異世界を救います』 〜今日も散財して召喚しまくってます〜  作者: talina
第四章

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第35話 誰かの記憶

 霧が濃くなる。


 フロストリアへ続く街道は、不自然なほど静まり返っていた。


 死の谷を避けて北へ通じる唯一の道。


 エルフの森の入り口に差し掛かった瞬間、森が裂けるように揺れた。


 魔物の群れ。


 黒い影が、音もなく取り囲む。


「土の魔物がこんな所まで……」


 レグルトが車外に出る。


 詠唱と同時に地面が隆起し、土壁が形成される。


 だが魔物は止まらない。


 爪が岩を砕く。


「私の土属性の魔法はダメだ……」


「それなら……」


 レグルトは召喚魔法を唱える。


 それを見てひかりが叫ぶ。


「やめて!」


「私たちは魔物とは戦わないって決めたでしょ!」


 ひかり、ひより、つむぎの三人が車外に出ると、魔物も呼応するように、更に数を増やした。


 ひかりは合図を送る。


「つむぎ!」


 空間が歪み、音響機材とステージ衣装が現れる。


 三人はEVトラックに駆け込み、急いで着替える。


 ぽにゃが入れ替わり飛び出し、魔物を牽制する。


 ひかりがいち早く外に出て、音響機材を確認しながらレグルトを見る。


「グランはDJできたけど……お願いできる?」


 レグルトは一瞬迷い、首を振る。


「その機械は正直分かりません。でも、ピアノなら弾けます」


「ピアノか……」


 空間が裂ける。


 現れたのは、スタインウェイのグランドピアノ。


 森の景色に調和する艶やかな黒。


———


 ピロリン。


【talina銀行アプリ】


 前回残高

 12,827,900円


 今回使用額

 10,000,000円


 現在残高

 2,827,900円


〈使用内訳〉

・スタインウェイのグランドピアノ(中古)

 10,000,000円


———


「中古だけど奮発したよ!」


 レグルトが腰を下ろす。


「何が弾けるの?」


「……昔から伝わっている曲です」


 鍵盤に指が落ちる。


 軽やかなイントロ。


 跳ねるリズム。


 明るく楽しげ。


 でもどこか優しい。


 自然と体が揺れるようなグルーヴ。


「……なにこれ」


 ひかりが目を輝かせる。


「ひより、これ良いね!!」


 旋律が展開する。


 サビに入る瞬間の高揚感。


 盛り上がりの作り方。


 転調の位置。


 聴きいる者を魅了する音。


「……これに振り付けして歌詞つけたら、絶対いけるよ!」


「アイドル曲みたいじゃん」


 ひかりの興奮とは裏腹に、ひよりは、顔面蒼白で無意識に一歩下がった。


(この曲、知っている……)


 いや、知っているどころではない。


 指の動き、コード進行、リズムの裏打ち。


 全部、寸分の違いもない。


(……なんで)


 喉が乾く。


 これは、アイドルの追っかけをして。


 いつか、レバブルに歌ってほしくて、夜中にひとりで作った曲。


 DTMソフトの画面。


 何度も直したサビ。


 誰にも聴かせたことがない。


 データは、自分のパソコンの中だけ。


 それが今。


 完璧な形で、弾かれている。


「……レグルト」


 声がかすれる。


「この曲、どこで覚えたの?」


 レグルトは演奏を続けながら答える。


「昔から、皆が知っています」


 皆が。


 魔物たちは、いつの間にか動きを止めていた。


 旋律に引き寄せられるように。


 やがて、群れが割れ、道が開く。


 魔物の敵意は消えていた。


 だが。


 ひよりの中で、何かが壊れた。


(……ありえない)


 ひよりの脳裏に、ある植物が浮かぶ。


 タリナ王国で見た、乾燥薬草。

 細長い茎、独特の香り。


 シルフィウム。


 書物でしか知らなかった、絶滅(ぜつめつ)したはずのハーブ。

 (たね)は、はっきりと、特色であるハートの形をしていた。


 過去の地球には、確かに存在した。


 だが、ひよりの世界では、完全に失われている。


 それが、この異世界にはある。


 この異世界は、過去の地球だと推測していた。


 しかし、この曲は、過去には存在しない。


 自分が作った曲が、昔から伝わっている曲として存在する。


 それはつまり。


(……この人たちは)


 私より後の人間。


 未来人。


 ひよりの手が震える。


 でも、未来にシルフィウムはない。


(……どういうことなの)


「過去か未来、どっちの地球なの?」


 誰にも聞こえない声で思わず口走った。


 レグルトが、最後の和音を鳴らした。


 澄んだ余韻と共に、霧が、ゆっくりと晴れていく。


 フロストリアが、遠くに見えた。


 魔王だけが、知っている。


 この旋律が、誰の記憶なのかを。

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