ハクとの生活①
「うー……ん………?」
楽人は自室で机に向かい、数学の問題を前に唸り声を上げていた。
肩には妖猫のハクが乗り、楽人の回答する様子をにこにこと見ている。
「えーと…ここの解は…x=2…?」
楽人が恐る恐る問題に答えると、ハクは困ったように眉を下げた。
「う~ん…なるほどぉ…。ど、どうしてそう考えたみゃ?」
ハクの問に楽人は焦って、
「え、まちがってた…?やっぱりx=1/2かな…?」
「あー…うーん…ま、まあ答えについては後で考えるとして、えっとまずはどうやって考えたのか聞いてもいいかみゃ?」
ハクは困ったように続けた。
「ええっと…まずこのyに代入するでしょ…?」
楽人が恐る恐る説明を始めると、ハクはふんふん、と小さく頷きつつ静かに話を聞いている。
どうしてこんな事になったのか。楽人はこれまでのことを思い出した。
兄が怨霊にさらわれたあの一件について、学校では「図書室が落雷によって火事になった」という情報だけがセンセーショナルに駆け巡っていた。
あれだけ人気者だった兄の存在がクラスメートからすっかり忘れられている様子を見て、楽人はハクの持つ力に改めて驚かされた。
兄を探すたびに出る、と誓ったあの日、ハクは言った。
「さて、旅に出るかみゃ!…と言いたいところだけど…。今の楽人じゃすぐにやられちゃうみゃ~。うーん…とりあえず今日は疲れてるだろうから一旦家に帰って、明日から少し運動と勉強をしていこうかみゃ。」
「勉強と運動が道真を倒すことと何の関係が…?」
「うーんそれはあ…うーん…色々…色々必要みゃ…」
楽人はハクが続きの言葉を紡ぐのを少しの間待っていたが、にこにことこちらを向く様子からこれ以上の回答は期待できなさそうだ、と判断してハクの頭を軽くなでた。
翌朝、楽人はどすんっ!という自身の体に来た衝撃で目が覚めた。
「うげ!」
「楽人、朝だみゃ!まずは手始めに、僕と一緒にランニングでもしようみゃ。」
「ら、ランニング…?」
ハクに言われるがまま着替えを済ませると、ハクが先導して朝の街を走り出した。
「たまにはこういう運動もいいみゃね。」
「う、うん…それはそうだけど…」
戸惑いながらハクについていく楽人。
「こう走っているだけなのもなんだし~、そうみゃ!少しクイズでもどうかみゃ。」
ハクは走りながら息も切らさずに言った。
「く、クイズ…?」
「じゃあ…楽人、この川の名前は何みゃ?」
「この坂の名前は?」
「このバスはどこに行くと思うみゃ?」」
少しずつペースを上げて走りながら、ハクは次々と問題を出してくる。
楽人は答えるが、ハクは答えを言わずににこにことすぐに次の問題を出す。
問題も難しくなり、ペースもどんどん早まっていく。
住宅街とはいえ川もちょっとした丘陵もあり高低差のある町並みを、ハクは平然と走っていく。
町ゆく人々は、飼い猫を追いかける中学生とでも思っているのか、不思議そうな、それでいて微笑ましそうな顔で楽人とハクを見ていた。
「ここでいいかみゃ。」
ハクが突然立ち止まり、呟いた。
着いたのは丘陵を登った公園の中の、木で囲われたうっそうとした空き地だった。
木漏れ日がハクの毛をまだらに照らす様子が、この世のものではないような美しさだった。
「ランニングで少し体も温まったみゃ。少し休憩したら、僕と手合わせしようみゃ。」
「て、手合わせ…?」
「そうだな~、ちょっと待っててみゃ。」
ハクは森の奥へ入っていくと、なにかを咥えて戻ってきた。
小さな体でずるずると引きずるように持ってきたそれは、長さ30cmほどの枝だった。
ハクは楽人の足元に枝を置いた。
「これを使うみゃ。」




