第18話 悪魔の絵
~悪魔の絵~
「――え、旧校舎のうわさ話?」
茜が直に聞き返す。
「おう。俺たちはそれ調べにきたってわけ」
先頭を歩く直は、前を向いたままふり返らずに応じた。
「そんなのに興味があるなんて、ガキくさ・・・」
茜はバカバカしい、とばかりに吐き捨てた。それを隣で聞いていた花は、何ともいたたまれない気持ちになる。
すると茜もそれを察したようで、
「べつに、田中先輩には言ってないですからね」
と、すばやく訂正した。
「ああん?じゃあ俺に向けて言ってるってわけかよ?」
直が振り向いて、茜を上目づかいでにらみつけた。しかし、茜はそんな直にも一切ひるんだ様子を見せない。
「ほかに誰にいうわけ?頭使いなさいよ、ほんとバカね」
「おま・・・かわいげねぇ」
直はそう悪態をついたが、最初の時のように本気でやり返そうとは思っていないようだ。直は色々と周りから誤解されるためか、意外と人の言葉を受け流す技術を身につけていた。
それにしても、何であかねちゃんは、こんなになお君に冷たいんだろう。
花は茜と会ったときから、そのことがずっと気になっていた。いくら最初に直とぶつかったからとはいえ、この態度はあまりに露骨だ。
それにあかねちゃんは、そんなことをいつまでも根に持つようなタイプには見えない。多分この子は、私よりずっと大人だ。何か理由があるのかも。
「ねえねえ」
花は茜本人に思いきって聞いてみることにした。こういうところは秋の影響かもしれない。
「あかねちゃんは、どうしてなお君にツンツンしてるの?もしかして前に、なお君と会ったことあるの?」
すると、茜は不機嫌そうに小さく息をはいた。
「別に、ないですよ」
「じゃあ、どうして?」
茜は、ちらりと隣を歩く巴を見た。巴はまるで存在していないかのようにふるまっている。事実、花は茜が彼を見るまでその存在を忘れていた。
「この子、全然クラスになじめてないらしいんですよ。思いっきり人見知りだし、身体が弱いし、女々しいし」
「なかなかに辛口だね・・・」
これには花も苦笑するしかない。
「だから、色々とからかわれることも多いみたいで。こういう繊細さのかけらもない野蛮な奴に」
茜はそう言って直をにらむ。
「それで、巴はよくこの校舎に来るようになったんですよ。私と巴はこの校舎で初めて会ったんです。そのとき、巴は泣いてました」
茜が話す間も、巴は黙って自分の靴の先を見つめている。
「だから私、この人みたいなガキ大将タイプ、嫌いなんです。こういう人の失礼な態度で、傷つく人がたくさんいるんですよ」
直は沈黙したまま、茜の話を聞いていた。
「・・・そうだったんだね。でも、大丈夫だよ。なお君はそんな人とは全く違うから」
花はそう言って直の背中を叩いた。直はそれで照れくさくなったのか、だまって鼻をかき始めた。
「ほら、よく言うでしょう?なお君みたいな子は、根はやさしくて力持ちって」
「聞いたこと無いですけど」
「まあ、そのうちわかるよ。なお君の魅力が」
茜は複雑そうな顔で花と直を交互に見つめた。
「・・・もういいっつの。いろんな意味でさむくなってきたぜ」
直も、これ以上はたまらないといった様子で口をはさんだ。
「嫌われてるなら別にいいさ。みんなに愛されようなんて思ってねぇしな。ただ俺は、こいつみたいなタイプ、別に嫌いじゃないけどな」
直は巴の頭に手をおいた。
「何かこいつ、小さい秋みたいだしな」
「あ、それわかるかも」
花も同意する。
「秋って、一緒にここに遊びに来た人ですか?」
茜が質問した。
「そうそう。あと、さくら子ちゃんって子も一緒だよ。その子は中学三年生で、生徒会長なの」
「へえ」
「二人とも美男美女だよ」
花は自分のことのように自慢げに話した。
「ふーん。それで、田中先輩はその秋って人が好きなんですね」
茜がさらりと言った。
「なっ・・・!」
花は突然のことで動揺する。
「何でそれを・・・」
「別に。かまをかけただけですけど」
茜は表情を変えずに返した。
「からかったのね!せんぱいを!」
「はい。それで、田中先輩たちはその二人を探してるんですよね?」
茜は花の反応を受け流して、話をもどした。
「そゆこと」
とまどい続ける花の代わりに、直が答えた。
「その人たちがいる場所の心当たりとかあるの?」
茜はイヤイヤながらも、直との会話を始めた。
「図書室じゃねえかなとは思ってる。場所わかんねぇけど」
「――そりゃあ、よかざんすねぇ」
「は?」
直が茜の顔を再びにらみつける。
「何ふざけてんだよ?せっかく俺様が話してあげてんのによ」
しかし、茜はきょとんとした顔で直を見つめる。
「私じゃないわよ」
「じゃあ、他に誰がいんだよ?」
すると、巴が茜の服のそでをくいとひっぱった。
「なに?」
茜が直から目をそらさずに不機嫌そうにたずねると、巴は前方の壁を指差していた。
花たちは巴の指差す方向を見た。すると、そこには二枚の絵が飾られていた。一枚は、まるで子どもが油絵で書きなぐったかのような、汚い自画像だった。もう一枚も同じく油絵で、そこにはスーツを着た猫が人間のように直立し、タバコを吸っているという、何ともシュールな絵だった。
「・・・趣味の悪い絵。あれが何?」
茜が冷たく言い放つと、突然、
「――誰が趣味の悪い絵でござんすか」
と、自画像の方の絵が喋り出した。
「・・・はい?」
茜が反射的に返事をする。しかし、すぐにその声の主がわかると、ひきつった顔をしながら、思い切り後ろに下がった。
「なな、なに、コレ」
茜はしゃべる絵を指差す。
「コレとはこれ如何に。僕にはダリアっていう立派な名前があるでござんすよ。できれば名前で呼んで下さいな」
そう言って、ダリアと名乗った絵は下を指差した。花たちが額縁の下を見ると、そこには「作品名 ダリアの似顔絵」と書かれているプレートが貼ってあった。
「なお君、コレって」
花も思わずダリアをコレと呼んでしまう。
「だーからダリアだって」
ダリアはすかさず訂正した。
「ああ、多分こりゃ・・・悪魔の絵だ」
直はダリアを見て、鼻で笑った。自分が想像していた恐ろしいイメージとはまるでほど遠い、ダリアのキャラクターに肩透かしをくらっていた。
「わお、これは懐かしい呼び名でござんすね。僕が完成した当初はみんながそう呼んで、気味悪がってましたよ」
ダリアはうれしそうに首を左右にふった。まるでブランコのように独特な首のふり方に、直と茜は思わず顔をしかめる。
「おう。今でも十分に気持ちわりぃよ。つーかダリアって誰だよ。昔はそんなやつがいたのか?」
直がこの状況に少しとまどいながらも、とりあえずつっこんで聞いた。
「いや、いないっすよ。ダリアはこの絵を描いた子の架空の友達でやんす」
ダリアは、べろんと舌を出して、おどけた顔をした。
「いねえのかよ。つーかお前、語尾を統一しろよ。キャラがぶれすぎだろうが」
「いやあ、何せ僕の作者は、情緒が不安定な子だったもので」
「それは、お前を見りゃわかる」
直はぴしゃりと言いすてた。確かにこの絵は怖いというよりはうす気味が悪い。色使いの暗さと、めちゃくちゃな構図から、作者の心の不安定さがびしびしと伝わってきた。
確かに、これはまともな精神で描かれたものじゃないだろう。
「否定はしませーん。事実なので」
ダリアは直の言葉を素直に認めた。
「ちなみに、作者の子はどうなったの?」
花が質問する。さっきまではダリアの気味悪さのために距離をとっていたが、彼の話す様子を見て、悪い人(絵)ではないと思ったのだ。
「最終的に転校して精神病院がおうちになったとか、行方不明になったとか、この世にいないとか、はてさて、どれが真実なんだか」
ダリアが明るい口調で説明した。聞かなければ良かった、と花は後悔した。
「ずいぶんとブラックな作者だなぁ、おい」
直もげんなりとした様子でつぶやいた。
「――おい」
今度はダリアの隣に飾られていたスーツ姿の猫の絵が話し出した。そのかわいい外見とはうって変わって、ひどくしゃがれた低い声をしていた。
「なんだい、ロバート?」
ダリアが応じる。
「少しその口を閉じな、ダリア」
ロバートと呼ばれた猫は、そう言うとタバコを一口吸った。
「なあ、お嬢ちゃん達、こいつは初めての相手に対しておしゃべりが過ぎると思わないかい?」
「お、おう・・・」
直が面食らったようにうなった。
「俺の名前はジャック・ロバートだ。しかし、何だな。あんた達、俺たちを見てもあまり驚かねえんだな。もしかして、すでに似たような目に遭っているのか?」
ロバートが煙をもくもくと吐き出しながら尋ねた。吐き出された大量の煙によって、その顔は隠れてしまっている。
「え、えぇ・・・まあ」
花はロバートのハードボイルドなしゃべりに圧倒されるようにうなずいた。
「そいつは結構」
ロバートは大げさに両手をかかげた。
「で、あんた達はこの現状をどうしようかと途方にくれている。そうだろ?」
「は、はあ。まあ・・・」
花はまたうなずく。
「オーケイ。ここで出会ったのも何かの縁だ。だったら、この出会いを大事にしようっていうのが俺の考え方だ。どうだい?俺はイカれていると思うかい?それともこの考えに賛同してくれるかい?」
「そ・・・そうですね」
花は戸惑いながらも賛同した。
「そうかい」
ロバートはもう一度タバコを吸い、灰を落とす。ダリアはその間、額縁の中でくねくねと意味不明に動いていた。
「えっと・・・俺たち、図書室に行こうと思っているんだけど。ツレがいるかもしれねえんだ」
直がロバートに説明した。
「そうかい。それなら、一番西の下駄箱から渡り廊下を通って、体育館にいきな。図書室はそこの一階にある」
「残念ながら、ここは校舎の一番東側でござりまする」
ダリアが口をはさんだ。
「あ、ありがとう」
直は素直に礼をする。続いて、花も二つの絵に向かってお辞儀をした。
「しかし、俺達がこうなっているということは、他にも起きている奴らがいるな。図書室のリトル・ガールなんかは気が良いが、中にはやばい奴らもいる」
「やばいって・・・例えば、どんなの?」
ずっと黙っていた茜が口を開いた。
ロバートは何か考えるように沈黙していたが、おもむろに話し出した。
「――とりあえず、腕が取れる奴だな。あいつに捕まったら、殺されちまう。シンプルにな。あとは包丁おばけって奴だ。見た目の割に、かなりえげつのない奴だ。それに運動部の奴らも、捕まると面倒なことになるかもな」
「白い人は?めっちゃ走って追いかけてくる奴」
直がくい気味に聞いた。
「あれは、ただ不気味なだけだ。特に害はない」
「え、そうなの?」
直はなんだ、とばかりに肩をすくめた。
「んじゃ、どーもありがとな。俺たちは行くわ」
「ああ。困ったことがあったら、黒板に聞きな。もしもの時のために、俺たちの仲間にも声を掛けておこう。きっと力になってくれるはずだ。ちなみに――」
そこで、ダリアがまた口をはさんできた。
「図書室の子が色々と知ってるから聞いてみるといいでござんす。気をつけていってきんしゃい。あと――」
「ツレにもよろしくな」
ロバートも負けずにやり返した。
「何だよ、僕がしゃべっているじゃないか」
ダリアがロバートの方を見ながら文句を言った。
「何を言う。最初に俺が話していただろう」
ロバートも、口から煙草の煙を吐き出しながら言い返す。
「いや、僕が――」
「俺が――」
ロバートとダリアがとうとう言い争いを始めたので、花たちはそそくさと、その場から立ち去ることにした。
「じゃあ、ありがとねー」
花がそう声をかけたが、二人は言い争いに夢中で、まるで聞いていなかった。
次回は19日の21時に更新予定です。




