第15話 茜と巴
~茜と巴~
「ね・・・ねえ」
花は息をきらしながら、隣で座り込む直に声を掛けた。
「・・・ど、どぢた?」
直もぜえぜえと荒い呼吸をしながら答える。
二人は今、3年3組の教室にいた。白い人はしばらく花たちを追いかけてきたが、二人が3階の階段に差し掛かる頃にはもうその姿を消していた。
さらに信じられないことに、いつの間にか校舎内はその姿を大きく変えていた。
廊下や教室には、習字の作品やクラス便りなどが掲示されているし、教室の入り口にはクラス名のプレートなんかも掛けられている。どれもさっきまではなかったものだ。
それはまるで、校舎がかつて現役だった頃の姿を取り戻したかのようだった。これが夢じゃなければ、明らかに異常事態だろう。
そして、カギが掛かっていたはずの教室もいつの間にか開いており、二人はとりあえずその内の一つに避難したのだ。
「これから、どうしよう?」
「どうもこうも、とりあえずこのクソ校舎から出るしかねぇよな」
「しゅうちゃんや、さくら子ちゃんは大丈夫かなぁ・・・」
先ほどから何度も秋や桜子の携帯電話に連絡しているのだが、全くつながらない。ためしに山中先生や花の家族にも連絡してみたが、結果は同じだった。
「電話もメールも通じないんじゃ、確認しようがねぇよ」
花はもう一度自分の携帯電話をみる。
「アンテナはばっちり立ってるのになー」
「役には立ってねえけどな」
「うまいこというね」
花は小さく笑う。それから少しの沈黙の後、直が口を開いた。
「・・・二択だな」
「にたく?」
花は聞き返した。
「そう。一つは、ここから出るのを最優先して動く。もう一つは秋たちを探すのを最優先にして動く」
そして、直は花の正面に向き直った。
「このクソ校舎から出るのは、正直てっとり早い。そんで誰か助けを呼びに行けばいいんだ。それから俺たちは二度とこの旧校舎に近づかないようにする。これで一件落着だ。ファック・オフ」
しかし、直はため息をついて皮肉めいた笑いを浮かべる。
「ただな・・・」
「でも、しゅうちゃん達を置いていけないよ」
途中で花が話を遮ると、直はにやりと笑った。
「ほらな。お前がそう言うに決まってるんだ。だから俺たちの選択肢は一つしかないわけよ」
直はゆっくりと立ち上がる。
「ほれ、休憩終わり。そうと決まったらさっさと行くぜ」
「よしきた」
花も立ち上がった。
「あの白い奴、次に会ったらぐちゃぐちゃにしてやる」
調子を取り戻した直が憎しみを込めてつぶやいた。
「あ、そんときゃわたしはすぐに逃げますので」
花は片手をあげて宣言した。
ひっでー、と直が言いながら教室の扉を開けて廊下に出た瞬間、誰かがものすごい勢いで直にぶつかってきた。
「がっ!」
直は思いきり横にふっ飛んだ。
「きゃっ!」
ぶつかった相手も勢いよくしりもちをついた。
「え、なに?また?」
花は一瞬でパニックになる。またさっきの白い人だろうか?だったら急いで逃げないと。
しかし、しりもちをついた相手を見て花はすぐに冷静さを取り戻した。
「・・・あれ?」
――女の子だ。
花の目の前には見たことのない制服を着た女の子が座り込んでいた。その女の子は痛そうに顔をしかめながら、よろよろと立ち上がる。あれだけの勢いでぶつかったのだから、相当痛かっただろう。
「いったいわね!どこ見てんのよ!」
その女の子は、あお向けに倒れている直に向かって怒鳴った。花はその剣幕に圧倒される。
おお、これは予想外の反応だわ。
「あん?」
直がそれを聞いて怒りながら起き上がろうとする。しかしまだ頭がふらふらとするみたいで、上半身を起こすだけにとどまった。
「こっちのセリフだボケ!アホみたいな顔して走ってんじゃねえぞコラ!」
「誰がよ!」
その女の子が言い返す。
「てめえがだよ!」
直も負けずに言い返した。
「まあまあ」
花が見かねて仲裁に入る。
「お互い予想外のことだったんだからもういいじゃない」
花は手を差し出して直が起き上がろうとするのを手伝う。
「ごめんね。おしり、大丈夫?」
花は女の子に声を掛ける。
「う、うん」
女の子はおしりをさすりながら、しかめ面のままうなずいた。
「えっと、あなたの名前は?中学生?」
「名前は小早川 茜。小学6年生」
茜と名乗った女の子は制服の乱れをなおしながら淡々と答えた。
「え?小学生なの?」
花はそこで、その女の子の顔をまじまじと見た。小学生という割にはずいぶんと長身で大人っぽい顔立ちをしている。花よりも年上といっても通じそうだ。少しつり目気味なところがこの子の気の強さをよく表していて、ロングの黒髪がとても似合っている。
「見たことのない制服だけど、どこの学校なの?」
「どこって、ここの学校だけど」
あかねは怪訝な顔で答えた。
「終業式の時は小学生も制服を着るから」
「あ、そっか」
花たちの学校は6年生になると音楽会や卒業式などの行事の際には学校指定の制服を着ることになっていた。そしてそれがそのまま中学校の制服になるのだ。
「へー。今年から制服のデザイン変わってたんだねえ。そっちの方がレトロな感じでかわいいなあ」
「はあ・・・そうですか」
茜は花の人なつっこい態度に、戸惑うようにつぶやいた。
「それより、何でお前らここにいるんだ?ここ、立ち入り禁止だろうが」
起き上がった直が、まだ茜に対して怒りが収まらないといった顔で聞く。
「は?なんであんたにそんなこと言わなきゃいけないの?お互い様でしょ?」
茜はつっけんどんに答える。どうやら完全に直を敵対視してしまったようだ。まあ、それはお互いにだろうけど。
しかし、花は直の言葉にひっかかるものを覚えた。
「ちょっと待って。なおくん、『お前ら』ってどういうこと?」
「どういうことって、そいつの後ろにもう一人いるだろ?」
そういって直が茜の後ろを指差した。
「え?」
花が茜の後ろを見てみると、そこには華奢な見た目の男の子が一人静かに立っていた。
「わ!」
花は思わず声を上げる。
「え、気づいてなかったんですか?巴、こっちにおいで」
茜はあきれるように言った。
「この子は若見 巴。小学3年生」
茜がそういうと、巴と呼ばれた子は無言でこちらから目をそらした。
「この子、かなり人見知りだから。あんまり喋らないんです」
「あー。俺、こいつ見たことあるわ。確かよく花壇にいるよな?」
直がそ言うと巴はこくりとうなずいた。
「ガキ達に聞いたけど、体が弱くて学校休むことが多いんだろ?けっこう有名だぜ」
「なおくん、よく知ってるねえ」
花は素直に感心した。
「前にこいつをドッジボールに誘おうとしたら、周りのガキ達が教えてくれたんだよ」
「さっすが、小さい子たちのアイドルだね」
「別にそんなんじゃねえよ」
直は少し照れくさそうに返した。
花は巴という男のことを改めて見た。確かに色白な肌はいかにも体が弱そうに見える。華奢な体つきと、端正で中性的な顔立ちは女の子みたいだ。
「えーっと、話を戻すけど、二人はどうしてここにいるの?私たちは先生の許可もらってきてるんだけど」
花がそう話を切り出すと、茜は気まずそうに巴を見た。
「実は、巴はたまにこの校舎に遊びに来るんです。ここは誰も来ないし、落ち着くらしくて」
「ふうん。それじゃああかねちゃんはともえくんの付き添いなんだね」
「そんなとこです」
でも、どうやって校舎内にはいったんだろう。
花はふと疑問に思ったが、それよりも気になることがあった。
「それより、さっきはなんで走ってたの?」
すると、茜は言いにくそうに口をつぐんだ。
「どうしたの?」
「・・・ちょっと、先生に見つかっちゃって」
「先生に?」
花と直が同時に声を上げた。
「それって、山中先生?」
「いえ、知らない先生でした」
「そっかぁ」
花はため息をついた。できれば山中先生が良かったけど。
「つまり、あかねちゃんたちは内緒でここにいたから、先生に見つかって逃げてたんだね」
「ええ、まあ・・・」
茜はそういうと複雑そうな顔をするが、それは黙って旧校舎に入ってしまった気まずさからだろう。
しかし、ここに先生が来ているのならこんなにうれしいことはない。花たちは一応、山中先生の許可をもらっているわけだし、そのことを説明すれば大丈夫だろう。もしかしたらそれでも怒られるかもしれないが、今の状況から抜け出せるのならいくらでも我慢できる。
「よし、それじゃあまずはその先生を探そうぜ。もちろん秋たちも探しつつ」
直がそう提案する。もちろん花も異論はない。
しかし茜がそれに対して、激しく首をふった。
「それはだめ!」
その反応に花たちは面食らう。
「大丈夫だよ。あかねちゃん達も私たちと一緒に来たって説明するから」
花はそう説明するが、茜は「いやです!」と断固として拒否した。
「なんだよ、訳わかんねぇ女だな」
直がそう言うと、茜は直を黙ってにらみつけた。
「何だよ?」
また二人の雰囲気が険悪になるのを察知し、あわてて花が間に入る。
「まあまあ。なんだか訳あり、なのかな。それならやっぱりしゅうちゃん達を探そうよ」
「あぁ?まあいいけどよ。お前、年上に対する態度がなってねぇぞ」
直はからむのをやめたが、最後に茜に対してちくりと文句をつけた。
「別に。あんたにだけよ」
茜はそう言うと、ふい、と顔を背けた。
この・・・と、また怒りかける直をしり目に、茜はすたすたと歩き出した。
「なおくんって小さい子には人気があるけど、女の子には人気ないんだね」
花がそう言うと、直は無言で花の頭をぱちんとはたいた。
次回は本日15時に更新予定です。おやつの時間です。




