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第11話 遭遇

~遭遇~



「――あ」


秋は半開きになっていたドアを開ける。


「まさか、本当に見つかるとは」

 思わず秋はつぶやいた。確かにここを見つけることが本来の目的ではあった。

 それでも一応は校長室を探す名目で校内をうろついていたので、予想通りとはいえこうしてここにたどり着けたことに秋は少し驚いていた。


「・・・何がですか?」

 きょとんとした顔を上げて桜子がたずねる。ちょうど桜子は、やけに大きくてぶ厚い本のケースを外そうとしている最中だった。


「いや、やっぱりここも体育館に図書室があるんだなあって」

 秋はそう言いながら図書室のドアを閉めた。どこか湿ったような図書室独特の匂いが秋の心をくすぐる。穏やかで静かだけれど、どこか気持ちが高揚する図書室の雰囲気が、秋は大好きだった。


 桜子は十人くらいなら余裕でノートを広げれそうな大きな円形の机に、様々な本を高く積んでいた。そしてその横には、桜子がすでに選別したのであろう数冊の本がきれいに重ねられている。

 そんなところでぽつんと座っている桜子は、まるで図書室にいる妖精のように見えた。


「あれ?先生は?」

 秋は貸し出しカウンターを指でなぞりながら聞く。不思議とほこりはつかなかった。

「少し前にお昼ごはんを食べに行くって出て行きましたよ」

「自由な人だなあ」

「確か秋くん達は、校長室を探しているんじゃないんですか?」

 桜子はそう言って自分の隣の椅子を引いた。ここに座ってもいいという合図だろう。

 秋はそんな桜子の心遣いに甘えて座らせてもらうことにする。


「うーん、そうなんだけど、探してる途中でたまたまここを見つけちゃって」

 秋はする気のない言い訳をする。

「たまたま、この体育館に?」

「そう、たまたま」

「さすがに校長室は体育館にはないと思いますけど」

 桜子がいたずらっぽく笑う。

「まあね」

 秋は苦笑する。

「ということは、校長室はまだ見つかってないんですか?」

 桜子は本に目を落として話を続ける。

「うーん、多分そうだと思う。もし見つかったなら直から連絡くるだろうし」


 秋は積んである本を手にとって答える。桜子が選んだ本はファンタジー、童話、ノンフィクション、児童書、ホラーなど、様々なジャンルがあるが、その中でも哲学書が多いのは、単純に桜子の好みだろう。


「中学校の図書館に、こんなに大人向けの本がたくさんあるなんて思わなかったなあ」

 秋は持っている本を置き、しげしげと本棚を見回した。

「色々なところから寄贈されていたらしいですよ。ほら、私達が小学生のときに図書館があったでしょう?」

「あー。覚えてるよ。小さかったけど、児童書がたくさんあったからよく通ってた。夏は冷房が効いてたから地元の人がよく集まってたよね」


「そこが閉館してしまったときに、状態の良い本は保管目的でここに移されたそうです。値打ちのある本は残念ながら売られてしまったそうですけど」

「そうなんだ。桜ちゃん、その本読みたかったでしょ?」

「ええ、まあ」

 桜子は恥ずかしそうにほほ笑んだ。


 森下姉妹はそろって本が好きなのは周知の事実だ。とはいっても桃子はインドア派ながらも多趣味で、読書以外にも色々なことをしている。

 しかし桜子は、完全な本の虫で、いつも暇さえあれば本を読んでいる。

 前に、秋が森下家に遊びに行ったときに、桜子が「新しい本を買った」といって高校で使う日本史の教科書を見せてくれたことがあった。

 あのときはさすがの桃子も、「あれにはついていけないわ」とぼやいていたっけ。


「秋くんも気に入ったのがあれば、先生が来るまでに選んでおいた方がいいですよ」

「うん、そうしようかな。桃子にも教えてあげたいし」

 秋は立ち上がり、本棚を物色し始める。図書室にある本は、破れていたり日焼けしていたりしているものから、新品みたいな状態のものまで様々だった。

 しかし、秋は小さい頃に愛読していた児童書を見つけ、足を止めた。


 とりあえず、一冊。

 そうつぶやいて、秋はその本を脇に抱える。

 次に、これもまた小学生のときに読んでいた「うわさの学校の怪談シリーズ」なるものを見つけ、その内の一冊を取り出した。そして目次に目を通した後、いまいちと思いそれを本棚に戻す。


 それから少しの間、秋はその作業に没頭した。そうしながらも、覚えている話や面白そうな話が載っている巻だけよけていく。

 これで、四冊。

 秋がそんなことを言いながら本を選んでいると、桜子がふふ、とかすかに笑い声をもらした。


「え?何?」

 秋が振り向いて聞く。

「いえ、秋くんがまるで図書室の女の子みたいなことを言うから」

「え、そうなの?」

「ええ。誰もいないはずの図書室で、女の子がそんなことを言いながら本を何十冊も選んでいるそうです」

「へえ。そうだったんだ」

 秋は興味深く相づちを打つ。

「でも、それだけじゃ怖くないね」

 秋がそう言うと、桜子はまたほほ笑む。

「確かにここまでは怖くないですね。でも、この話には続きがあるんですよ」

「続き?」


 すると、桜子は真面目な顔をして秋の方に体を向けた。思わず秋も身構える。

「もしその途中で女の子の邪魔をしてしまったら――」


「・・・してしまったら?」

 秋はこくりとのどを鳴らして聞く。


「――その女の子に、とっても怒られてしまうそうですよ」


「・・・それだけ?」

「はい」


 そう言うと桜子はまた机に向き直り、本を読み始めた。秋はぽかんとしてそんな桜子を見つめる。すると、桜子が笑いをこらえるように下唇を噛んでいることに気づいた。


「・・・もしかして、俺のことからかった?」

「いえ、実際に伝わっている話ですよ」


 桜子は真面目に返しながらも、ついにはこらえきれずに吹き出した。しかし、それはまるで、たんぽぽの綿毛を飛ばすかのような程度のささやかな笑い声だった。


「あー!やっぱり」

 秋は非難するように言うが、思わず一緒に笑ってしまう。

 思えば、桜子はみんなが見とれてしまうほど美しい容姿に、優しくて穏やかな性格の持ち主だ。そしてそこに今みたいな茶目っ気も加わったら、まさに鬼に金棒だろう。向かうところ敵なし。


 ――この人に言いよられたら、落ちない男はいないだろうな。

 そんなことを秋は考える。


「そういえば秋くん、今日うちへ遊びに来るんですよね?」

 桜子はこほんとせき払いをし、気を取り直して聞いた。

「うん、そのつもり。たまには桜ちゃんも俺たちと一緒に映画とか見ようよ」

「そうしたいけど、桃子が怒るから」


 桜子は読んでいた本を選別した本の上に重ね、積んである本を一冊とってぱらぱらとめくる。秋は変に意識してしまう気がして、何となくそれ以上は聞かないことにした。


「えーっと。あ、桃子は最近どう?あのことについてだけど」

 秋は話題を少し変える。

「大丈夫みたい。あの子、最近は調子が良いから。きっと秋くんのおかげですね」

「そんなことないよ」

「あの子、秋くんと遊ぶようになってから本当に明るくなったの。父と母も喜んでます。秋くんのおかげだって」

「いや、そんな・・・・」

 秋は照れくさそうに頭をかいた。そしてごまかすように髪の毛を整える。


「秋くんなら桃子の彼氏になっても文句はないって。秋くん、うちの家族のお気に入りだから」

「それは、光栄ですなあ」

「でも、あの子もそろそろ夏の疲れが出てくる頃かもしれないから、気をつけないといけないかも」


 そう言うと桜子は読んでいた本をぱたんと閉じ、目頭を押さえる仕草をした。そしてふっと小さくため息をつくと、少し緊張した表情で秋の方を向いた。


「ねえ、秋くんは――」


 桜子が言いかけると、突然、机に置いてあった秋のカバンの中から連続した振動音が響いた。携帯電話をカバンの底に入れてあった為、その振動が机を直に伝わり意外なほど大きな音を出した。


「あ、直からかな」

 秋はカバンをまさぐりながら、ちらりと図書室の時計を確認する。しかしとっくの昔に電池が切れているのだろう、秒針と長針、短針が止まっていた。


 ――なんか、気味の悪い時間で止まってるな。


 そう思いながら、秋は携帯電話の通話ボタンを押した。


次回は15日の19時に更新予定です。

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