第10話 探検
~探検~
1.
「――よーし、じゃあ捜索開始だな」
直が意気揚々(いきようよう)と声を上げる。
秋と花もさっきまでとは違い、興奮気味に旧校舎の中を見回す。いつもの日常から非日常へ入り込むというのは、秋たちを特別な気持ちにさせた。
山中先生たちとは玄関口ですぐに別れてしまったが、今もはち合わせてないということは、きっと自分たちとは別方向にいったのだろう。
ということは、図書室はこっち側じゃないのか。
「わあ。こうやって見てみると、もったいないよねー」
花は目をきらきらさせて緑色の校内掲示板に手をそえる。以前はここに給食表や、学校便り、保健だよりなどが貼ってあったのだろう。
しかし、今は画鋲と長方形の日焼けの跡を残しているだけで、何も貼られてはいない。
「ほんとだね。こっちを生活校舎にすればよかったのに」
秋も同意する。
「こっちは木造だから耐震の問題とかあんだろ。あと、小学生のやつらに合わせないといけないしな。ほら、階段の段差とか高いし」
直が階段に片足をのせて言った。
「・・・旧校舎なのに、あんまりホコリ臭くないね」
花がくんくんと鼻を動かして言う。
「うん、ちょっと湿気っぽいけどね。あと涼しさが全然違う。ここ、めっちゃ涼しい」
秋たちは長く続く廊下を歩きながら、思い思いの感想をもらす。
歩いていく内に、中央玄関らしき広い所に着いた。そこには下駄箱がたくさん置かれており、玄関横には階段がある。
とりあえず秋たちはその階段を上がることにした。階段途中の壁にも何かが貼られていたのか、長方形の日焼け跡がいくつも残っている。
「校長の像があるとしたらどこだと思う?」
直は意味もなく天井を見上げながら聞く。
「体育館とかかな。今の体育館にも物置に変な置物がいっぱいあるでしょ?」
花が足元を確認しながら応じる。
「その可能性はあるな。秋はどう思う?」
「俺は・・・校長室だと思うよ。王道だろ」
秋はそう答えながらも直とは違うことを考えていた。
先ほどから、各教室のドアの上をチェックしているのだが、「職員室」とか、「一年三組」などの、クラス札と呼べるものが一つもかかっていない。それらを掛けるためのフックみたいなものはついているのだが、どうやら札は回収されてしまったらしい。
そうなると、目当ての部屋を探すには結構な労力をつかうことになるだろう。
それともう一つ、根本的な問題がある。
「なあ、そもそも全部の扉に鍵かかってるんじゃないか?」
「あ・・・」
秋の言葉に直が立ち止まる。そして、目についた教室の扉を開けようとしたが、予想通り、扉はがちゃがちゃと音を立てて直の入室を拒んだ。
「おい、マジかよ」
直はがっかりするようにため息をついて、扉を軽く蹴った。
「うーん、まさか最初でつまずくとは」
花はあんまり気にしてない様子で、のんびりとつぶやいた。
「ま、でも何とかなるだろうけどね」
そう秋が言うと、げんなりとしていた直の顔に光が差した。
こいつ、本当に楽しみにしてたんだな。全く、大人っぽいのか子どもっぽいのかわからない奴だ。
秋はそんなことを思いながら苦笑する。
「どういうことだよ?」
「だって、先生と森下先輩は図書室に行くって言ってただろ?」
「あ、そっか」
花がぽんと手を打つ。直もその言葉だけで理解したようだ。
「なるほど。山中センセが鍵を持ってんのか」
「そゆこと」
秋は親指を立てる。
「お前、それなら早く言えよ。俺を一喜一憂させやがって」
直は秋の親指を握って上下に振った。秋が自分をからかっていたことに気づいたようだ。
「じゃあ、まずは図書室探しからってわけだ」
「その前にさ、玄関から入った時にまずあるのって職員室じゃない?そこに鍵あるかもよ」
花がふと思いついたように言った。
「でも、そもそも職員室に鍵がかかってるだろ」
「あ、そっか」
花は恥ずかしそうにぺろりと舌を出した。
「いや、もしかしたら開いてるかも」
「何でだよ?」
「山中先生はまずここの職員室の鍵を開けて、図書室の鍵を取ったのかもしれない。そしたら職員室の鍵は開いてるはず」
「あー。私達ってすぐに歩き出しちゃったから、先生達がどうしたかなんて見てないもんね」
「でも、それって旧職員室に各教室の鍵が回収されずに残されてるのが前提だけどね。それよりも先生は生活校舎から旧図書室の鍵を持ってきてる可能性の方が高いもん」
「でもまあ、試してみる価値はあるな」
直は腕を組んでうなずく。今から場所のわからない図書室を探すよりも、少し戻って職員室に行ったほうが楽だと思ったのだろう。
「じゃあ戻ろっか」
花が仕切り直すように明るく言った。
2.
「――お。開いてるぜ」
直が喜びの声をあげる。
「やった!」
花も小さく歓声をあげた。正直、秋はそれにはあまり期待していなかったので、思いがけない結果に少し驚いた。
職員室はがらんとしており、やけに広く感じられた。教員用の机や、ロッカー、戸棚などの備品はそのまま残っているが、引き出しの中身などは空っぽで、それがかえってさみしさを際立たせていた。
さきほど廊下を歩いていて、校舎内が広いと感じたのもそれが原因の一つにあったのかもしれない。何も余分なものがないのだ。ここには学校を学校たらしめている要素がごっそりと失われている。
「あったあった」
直が入ってすぐの壁に取り付けてある鍵置き場から、小さな鍵を二組取り外した。鍵にはプラスチックのプレートとスペアキーがくっついていて、その一つのプレートには「校長室」と書かれている。
秋はもう一つの鍵に目をやった。
「・・・美術室?」
「おう。そこにも俺たちの探しているものがあるかもしれない」
直はそういってにやりと笑った。
「ふーん。それじゃ、時間もないし行こっか」
花が職員室のドアにもたれながら言った。
「そうだね」
秋もそれに同意して、二人はさっさと歩き出そうとしたが、「ちょい待ち」と直が片手をあげて二人を制した。
「なんだよ?さくさく行かないと、時間なくなるぜ?」
「そうそう、俺が言いたいのはそのことについてだ」
秋と花は首をかしげる。しかし直はそんな二人を意味深に見つめているだけだ。黙っているあたり、こちらの反応を待っているようだ。
「えーっと・・・どーゆーこと?」
花が空気を読んで尋ねた。こんなじれったいと思う場面でも、花の話し方は変わらずおっとりとしている。
「つまり、俺たちがこうやって一緒に探していても、効率がわりーんじゃねえか?」
秋は直が何を言いたいのかがわかった。
「・・・ふむ、つまり一人ずつ分かれて探そうということか?」
秋の言葉に花は「ええっ」と過敏に反応した。
「いやだよ。こわいよ。こんな誰もいない広い校舎を一人で歩くなんて」
改めて旧校舎のさみしさに気づいたのだろう。花は怖気づく。
「まだ明るいじゃん。大丈夫だって」
直はなだめるように両手を前にかかげた。
「いや、絶対にいや」
それでも花はその提案を拒否する。
「ぱぱっと目的だけ果たしてさ、後はみんなでのんびり探索しようぜ」
「いやったらいや。そしたらなおくんのこと、けーべつする」
花は全くゆずろうとしない。直も花から軽蔑されるとなっては強くは言えなくなってしまったようだ。
秋はため息をついた。ここは一肌脱ぐか。その方が自分にとっても助かるし。
「直、スペアキーちょうだい」
「え?」
「俺は一人でまわるよ。別に平気だから。校長室を見つけたら直のスマホに連絡すればいいんだろ?」
「マジかよ?いいの?」
直が遠慮がちに聞く。秋に気を遣わせているのが申し訳ないようだ。それとも花から拒絶されて地味にへこんでいたのかもしれない。
「いいよ。その代わり、後でジュースおごれよ」
秋は直に気を遣わせないように軽い口調で言った。
「おう・・・。でも、それなら別に俺が一人でも・・・」
直がそう言いかけるのを、秋は途中で制した。
「直は今日のことすごい楽しみにしてたじゃん。それなのに、その言いだしっぺが一人で校舎をまわるなんてつまらないだろ?」
それに、一人の方が都合良いしね、という言葉を秋は飲み込んだ。
「えー。せっかくなんだから秋ちゃんも一緒にまわろうよ」
花が恨めしそうにつぶやいた。きっと自分のせいで秋が校舎を一人でまわることになったと思い、自責の念にかられているのだろう。
「なに言ってるのさ。花が一人はやだーって鼻水たらして泣くから、こうして妥協案を出してやってるんだろ」
秋はあくまで好意で言っている、ということを強調した。
「鼻水たらしてないし、泣いてないもん」
花はぶーぶーと文句を言う。
「そうだよね。花ちゃんはみんなを困らすようなわがままな子じゃないもんね」
「うあー」
秋がそう言うと、花はうなって黙り込んだ。どうやら一応は引き下がってくれそうだ。
「よし、じゃあここは秋にありがたく甘えようぜ。それっぽい部屋を見つけたら片っぱしから鍵を差し込んでくれ。んで、見つけたら俺か田中のスマホに連絡な。30分探しても見つからなかった場合も連絡してくれ」
直は花の気が変わらないうちにと思ったのか、急いで説明する。そしてスペアキーをリング状の金具から外すと、秋に投げてよこした。
「おっけー」
秋はそれをキャッチし、軽く返事をして歩き出す。花が名残惜しそうにこちらを見ているのが背中越しにわかった。
――確かに、俺だって花たちと一緒にまわりたいけどさ。
秋は心の中で本音を言う。
でもとりあえず、まずは校長室をみつけないとな。あそこに行くついでに見つけられたらいいんだけど。
そんなことを考えながら秋は歩く。
――しかし、そんな秋の後ろを、何かがこっそりとついて来ていることに、当の本人はまだ気づいていなかった。
次回は14日の17時に更新です。




