Demon King of Wrath 憤怒の魔王
私はアルバとヘレナに娘を預けて、ウェルとシノビと3名の精鋭を連れてGUILD本部を発った。幾通りもの未来のヴィジョンを比べた結果、この少数精鋭が最も好ましい結果をもたらす。
このPartyには魔人種は私しか居ない。私も抜きたかったところだが、それだと士気が落ちるのと、象徴を欠いたGUILDは、未来で英雄視されなくなってしまう。
私達は目的の町のGUILD支部へ着き、準備を整えると魔物の領域へ踏み込んだ。私の予知では、翌日には怒り狂ったの魔物達と衝突し、そこで正体不明の一体の魔物と遭遇する事になる。
隣国から更に世界に足を延ばし初めたGUILDには、膨大な量の魔物の情報が集まっており、私が認識出来ていないとなると、その魔物は大陸の南側からの魔物か、エルフ族が支配する森や、魔物達の領域の深淵に居る魔物かだ。
───そんな事を考えていると中々寝付けず、私はウェルの見張りの時間にテントから抜け出し、焚き火に当たるウェルのところへ向かった。
「ウェル、隣り良い? 眠れないの」
「良いけど······怖いのか?」
「一番良い未来になる様に選んだから、怖くはないかな」
「はは、それは安心だ」
私はウェル腕に肩が当たるか当たらないか微妙な間隔を開けて、ウェルに隣に腰を下ろし、揺らめく炎を眺めた。
外は思ったよりも肌寒く私は肩を抱く。それを見たウェルは焚き木を拾うと、熾を掻いて私の方へ広げ、焚き木を焚べて炎を起こしてくれた。
「暖かい······ありがとうウェル」
私が火に手を当て感謝を伝えると、ウェルは焚き木で熾を転がしながら言った。
「マリア······子供はぐずらなかったのか?」
「ええ、ベアトリクスもルシアもとても聞き分けの良い子よ」
「ルシアはアルバとシノビの子だろう?」
「う、うん! だってヘレナに預けているときもずっと一緒で、双子みたいなものだし。アルバと子供達と一緒に居る事が多いから、二人共私の子供みたいなものよ」
「───そうだね。仲良しだね」
そう言ったウェルは、少し物悲しそうな目で火を眺めている。やっぱりウェルも自分の子供が欲しかったのだろうか───
子供の様に焚き木で熾を転がし火遊びをしているウェルと、それを眺めている私の間にルシアが居る───そんな、もう手に入らない未来を夢見ていると、ウェルがぽつりと言った。
「マリア、帰ったらルシアとベアトリクスと遊んであげたいんだけど、二人は何が好きかな?」
私はその言葉に嬉しくなってしまった。ルシアもベアトリクスも、私とアルバの職場の都合上、話し相手も遊び相手も女ばかりし、何よりルシアにとっては実の父親だ。
「うーん、今は何でも楽しめると思うから、ウェルが好きな様に遊んであげれば良いと思うわ。
うん! それが良いわ。私とアルバと一緒に居ると、どうしても仕事と家事の延長になってしまうから、新しい刺激があってきっと二人も喜ぶわ!」
「ははは、困ったな、何をして遊んだらいいかな?」
ウェルは自分から言い出したものの、困った様な顔を此方に向けてくる。
「ウェル貴方、孤児院に居たんでしょ? 子供のあやし方なら私より詳しいんじゃない? なんなら冒険の話でも良いのよ。ねえ、先に私に聞かせて!」
「······本当の親が近くに居るって思うと、弟や妹とは思えないなぁ───。冒険か、そうだなぁ······あれはバッケルハールの───」
あれから、報告書には載っていないウェルの生の体験談を聞いている内に私は寝てしまった様で、気が付いたらテントの中で朝を迎えていた。
朝食では肉と野菜を茹でただけの味気無いスープに、外はカチカチ中はズッシリのパンを浸して食べる。これが中々噛みちぎれなくてイライラしてくる───
「ああ! クソ! 誰だこんなパン選んだ奴は!」
「何だテメエ、文句があるなら食うんじゃねえよ!」
(───来た! 始まった!)
耳を澄ませば、森の中も何やら騒がしくなってきた。
「二人共落ち着いて···良い? これは報告にあった···凶暴化の兆候よ···。だから誰のせいでも無いの···。ゆっくり落ち着いて···距離を取りましょう」
私は努めて語尾を強めない様に語りかける。そうしないと私の立場を無視して食って掛かり、それにシノビが激怒してしまう。
私は護衛に就こうとしたシノビすらも距離を取らせた。なにせ肩が触れただけで、攻撃されたと騒ぎ出してしまうからだ。なのでこの単純な隔離だけが、味方からの攻撃の誤認を防ぐ有効な手段になる。
森の奥からは魔物達の叫び声が次第に大きくなって聞こえて来る。その声が聞こえると、私はそれに煩わしさを感じて頭が痛くなってきた。仲間もそうだ。舌打ちや、木への八つ当たりが多く見られる様になってきた。
「みんな落ち着いて···仲間を信頼して···みんな自分の事だけを守って···。もっと距離を開けて···」
味方を守ろうとすると、それに対しても「俺は弱くねえ」とか「助けなんか頼んで無い」とか、何かしらの怒りがぶつけられ、仲間同士の争いが始まってしまう。
もうこの私の忠告にさえも、フザケた事に舌打ちを返す奴も居る。私は返す言葉をぐっと呑み込み、魔物の襲来を待った。
「来たぞ!」
「うるせぇ! 言われなくても分かるわ!」
「テメェも黙ってろ!」
(ウェルが報せてくれただけなのに、何なんだこのバカ達は! ───ッ!! 落ち着け! 私も落ち着け!)
「皆お願い! 落ち着いて!」
未来のヴィジョンで予習はしていたけど、これは想像以上にツライ。葉が擦れる音が鬱陶しい。視界に人が映っている事すら許し難い。
藪からゴブリンが飛び出してきた。何も身に着けず、汚いモノをぶら下げた普通の醜悪なゴブリンだ。
殺してやる───
───私は大袈裟に頭を横に振って、到底叶う筈も無い分不相応な考えを振り払った。他のメンバーは其々目に入ったゴブリンに、罵詈雑言をぶつけながら次々と斬り伏せていく。
その後はゴブリンを追って来たのだろう、光沢の無い吸い込まれる様な黒い被毛に身を包む、アビスウルフと名付けた魔物の群れに襲われた。あまり大型にはならない魔物だが、自分達に向けた魔法の風を起こして索敵し、狙った獲物は絶対に逃さない、夜の闇に紛れて狩りを行う漆黒の暗殺者の集団だ。
だが、今の怒り狂った彼等はただの黒い犬型魔物でしか無く、鋭利な刃物を持った人間に分があった。
アビスウルフの群れ······なんて呼べるものでは無い、ただの沢山のアビスウルフを倒すと、次は額に一本の角を持った2ヤードくらいの巨漢の魔物オーガと、ゴブリンが襲ってくる。
ここからが本命。オーガ達には元の角に重なって、ゴブリン達には本来何も無い筈の額に、魔力を固めた様な一本角が見られる。そして、奴等から発散されている耳鳴りがする様な不快な魔力───、こいつ等がこの怒りをばら撒いているのだろう。
角付きの魔物達は普段なら撤退を判断する程の数が居るが、異様な興奮状態にある私達は迷い無く交戦を選んだ。
理性なんてどこにも無い怒りに任せた突撃をする魔物達に、ウェル達は大量に持ち込んだ魔石頼みに、荒っぽく魔法を撃ち込んで圧倒して行く。
ウェル達は角付きの魔物を全滅させると、まだ冷めやらぬ出処不明の怒りを、地面に転がる魔物の亡骸にぶつけ、私はただひたすら深呼吸を繰り返し、それに注力する事で怒りをどうにか紛らわす。
───次だ。
次の奴を凌ぎ切れればいい。予知でもぼやけて見える次の奴を凌ぎ切れればいいのだ。この後現れる子連れのエルフを使って───
「───!! ※※※※※!!」
予知通りに現れ、私達に向かって何かを叫んだエルフの母には、全身に真新しい傷が見られる。私も母親だから分かる。あのエルフの母は自らの手で子供を攻撃してしまわない様に、攻撃の意志の象徴たる武器を捨て、ここまで逃げて来たのだ。
「皆、そのエルフに構っては駄目! なにか強い魔力が迫って来る!」
未来予知で知っているし、例え未来を知らなくても、今も感じた事の無い圧力を肌にピリピリと感じている。
森の中からエルフを追って出てきたのは、一見すると白いオーガ。しかし2ヤード以上はある体を上から下まで見ると、周囲の景色を写し込んで空の青、森の緑、大地の茶、そして血の赤に色を染める純白の美しい髪。宝石の様な質感の一本角。純黒の眼球に映える黄金の瞳。一糸纏わぬ色白の素肌には筋肉の隆起がはっきりと浮かび、胸には無骨な体に不釣り合いな美しい乳房を備え、股には戦慄を覚えるまでに淫靡なモノを下げている。
───こいつだ。これが全ての元凶。そして、絶対に敵わない相手。
私達はエルフの親子を囮にして時間を稼ぎ、あいつが萎えて帰るまでの僅かな時間交戦すれば良い。
そうすれば私達GUILDは、相容れぬ種族の犠牲を払うだけで英雄と讃えられる事になる。これが、これだけが実現可能な最善な未来なのだ。
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