語られない英雄譚
とある世界の酒場にて……勇者一行が囲まれて宴会をしていた。
魔王が倒されて今日で丁度この星が一回公転する時間が経った。
魔王の侵攻により人類の各国は人材をひたすら集め、それまで熱心に同族同士で凄惨な殺し合いをしていたのが嘘のように一つに固まって魔王という共通の敵と戦った。
そうしていくうちに魔王の圧倒的な力により人間側は苦戦を強いられていた。
そうして人類が一丸になってから数年後、魔王と倒そうという勇敢な人間は早めに消えていき、消耗戦を支持する層が厚くなった。
彼ら彼女らは魔王軍と戦うと向こうもこちらへの侵攻を強めるという理論で人的資源を送り込むのを絞っていった……そうして人類は……あっという間に窮地に立たされた。
いよいよももって手遅れになった頃に危機感を覚えた人類だったが有能な人材を早期に少しずつ投入していった結果、その人材たちは消耗戦によって減っていき、ついにはいなくなった。
地球で言うところの典型的なデスマーチに陥った結果、人々は強い人間を錬金術で作り出そうとしたり別の平行世界から呼び出そうとしたり、人間を改造したりしようとしてどんどん倫理観などという全世代的な感覚は消え去っていった。
そんな中、召喚プロジェクトチームが魔王が倒された世界から人間を指定して召喚する事が希望として持ち上げられた。
世界には幾多の時間軸が存在し、そこには魔王のいない世界も無限に存在した。
魔族の魔力を避けながら召喚を行うと魔王のいない世界からの召喚ができることにチームは気づき、それをガチャのごとく乱暴に行っていった。
人数が十人を超えた当たりでチームはあることに気付いた。
「魔王のいない世界」というのは「魔王が倒された世界」とは違うということだ。
魔族が全て大災害で滅びたり、そもそも魔王が存在したことが無い世界も多くあった。
だがチームの限界でそれらから意図した者を選ぶことはできず、人間にしても倫理観のタガがすっかり外れてしまっており自分たちから死者が出なければ構わないという姿勢でその世界の人類はひたすら異世界から召喚を続けた。
そのプロジェクトが発足して約半年にもなる頃、召喚された人間の数が五桁に入りついに管理を諦めただひたむきに無作為の抽出を行っていたところ、非常に強い人間が召喚された。
その勇者は魔王を恐れず、元いた世界ではそれは勇敢に戦い続けついには魔王討伐を成し遂げ、その世界で最強の人間であるとのことだった。
国は大手を振って歓迎し、それまで使い捨てた屍の数など一切知らせず勇者に魔王討伐を依頼した。
勇者も経験があることなので魔王の強さを想定し、その回の召喚で呼ばれた数十人からなる精鋭達で魔王を倒しに向かった。
そうして人類は無事魔王の危機から脱することができた。
皆一様に人道主義に目覚めたがそれまでに積んだ屍山血河が顧みられることは絶えてなかった。
そうして魔王が倒されてから一年後の王都の酒場での話が現在のことになる。
だがそれらについて深く語ることはしようとは思わない、世界中に英雄譚など人類が文字を覚えたのと同じくらいから語られているし今更それに一編の話を付けたそうとは思わない。
語りたいのはその酒場の窓から離れた場所にいる陰気な一人の男についてだ。
男はアルファード・マシューと言っていたがそれが本名なのかはついぞ確認できなかった、ただ便宜上これを記すために男の名前をアルと下記では使用する。
アルは召喚された人間だがお世辞にも恵まれた環境で育ってはいなかった。
そのため元の世界では生きるために必死で人間、人外問わず幾多の命を奪い取って生き延びていた。
彼は召喚されたとき――私は記録官としてそこにいた――彼は一切武勇を語らなかった。
それが彼にとって当然のことであったからか、自分がそれを恥ずべき過去と思っているのかは分からなかったがおそらくのところその両方なのだろう。
アルは自分が召喚されたと説明されたとき、驚くほどすんなりと受け入れていた。
彼の元の世界がどれほどだったのかは想像の余地もないが、召喚時には大抵周囲にいる数名から数十名が連れてこられるのだが彼は召喚されたときたった一人だった。
そんなことは今まで無かったので王は召喚士の責任を追及しようとしたが担当の「またすぐに召喚できますから」の一言で不満を飲み込んだ。
おそらくその反応を見て自分がどういう扱いを受けるのか察したのだろう、アルは自分に何の特異的な力も無いし魔王がいなかったのはたまたまだと言った。
それに対して王宮では「ハズレを引いた」という認識であり、記録官の私に定期的な監視を指示し、アルはあっけなく王宮から追い出された。
一応手切れ金として多少の額は軍票を渡されたもののそれだけではすぐに飢えて足りなくなるのは明らかだった。
私はアルに「王都で目立たずに暮らせ」と指示をした。
この時のアルの反応は私にとって衝撃的だった。
「あの王の左にいた大臣はスパイなのか?」
私は絶句した、ただ思い直し彼に我が国にスパイの入り込む余地はないことを伝えた。
人間達は魔族討伐に一丸となっており魔族は我が国に存在しないといった。
アルは愚昧な人間を見るような胡乱な目で私を見てからこう言った。
「アイツは間違いなく魔族だ、お前達はアレが人間だと思っていたのか?」
アルは完全に正気でそう言い放った。
どこの根拠があったのは不明であるが結果としてそれは事実だった。
王にアルの話を伝えた後、身元調査が入念に行われた。
その結果、アルの言っていた大臣だけが数年前以前の身元が全くのデタラメだと判明した。
身元が確認できたのは王宮勤めになってからのことで、それは魔王が現れたのとほぼ同時だった。
王は彼を厄介払いという体で他国へ送り込んだ。
建前上はうちでは使えない失敗作なので処分したいが人道上の都合で帰国で職につけて欲しいということだった。
そして私は裏で彼と密通しつつ世界各国のスパイを狩りだした。
アルの仕事は早く、他国に送り込んで数日後の王宮での面接時に魔族を全て言い当てた。
そうしてアルは世界各国を厄介払いされながら渡り歩いた。
驚愕すべき事に魔族は各国に最低一人のスパイを忍ばせておき、その全員が要職に就いていた。
時にはアルに暗殺まで指示しつつ彼はそれをそつなくこなしていった。
彼の職業「暗殺者」というものが具体的に何を指していたのかは不明だが我々の世界には存在しない概念らしい。
そうして世界中で臣下の過去が探られていた頃、明らかに魔族の戦力が落ちていった。
今までは想定外の急所を狙って攻撃を仕掛けていた魔族が防衛の分厚いところに正面から突撃してきたり、逃げる場所の無い絶壁を後ろに抵抗したりと今までの連中から分かり訳戦略が単純になっていた。
どうやらアル曰く、
「あれだけ情報を筒抜けにしていてよく今まで戦ってこれたな」だそうだ。
そうして弱体化した魔族を勇者は倒し続け、ついには魔王は倒されたのだった。
世界が平和となったとき、アルは突然連絡を絶って忽然と姿を消した。
彼が消える間際に語った「いずれ俺は存在を許されなくなるだろう、その前にここを去る、あんたも気をつけるんだな」
と言って私の前から幻のごとく消えさった。
彼が言っていた言葉の真意は分かりかねた……ただ名前の無い英雄がそこには存在していたのだった。
さて、私はこれを獄中で書いている。
今になって彼の最後の言葉の意味がよく理解できた。
彼は「平和な世界」には存在してはならない存在だったのだ。
私は記憶の無い諜報罪で軍事裁判にかけられこの後いつ日の光を見られるのかは分からない。
ただ私の最後に立ち会う者達は彼の言っていた「暗殺者」なのだろう。
私さえも世界では邪魔な存在になったのだった。
そうして過去を知る私は消えゆく身命を諦め、これが誰かの目に触れることがあるように、それを願って文書にしたためている。
追伸
この書簡を読むものがいるのならばこの歴史に存在しなかった英雄を世間に示して欲しい。
この書が無事検閲を通ることがあるかはわからない。
ただこの平和になったばかりの世界では人間相手の謀略は行われていないため無事届くことを祈るのみだ。
GW連続更新企画のラストになります!
読んでくださった方々に感謝をしてこの企画を〆させていただきます。