これでいい
闘技場、ステージ裏の廊下を歩く足早な足音が響く。私はいま、ボブの様子を見におじい様の宣言の後、一目散に医務室へと向かっていた。
たしか、セリカさんの話だとこの辺りだったと思うんだけど……そう思いながらキョロキョロと辺りを見回していると、後ろから声をかけられた。
「イヴ様、こちらにいらしたんですね」
振り向くとそこにはセリカさんが立っていた。今の感じだと、いつまでもボブの所に来ない私のこと探してくれてたっぽいなぁ。
「医務室がどこか分からなくて……魔力感知はここだと機能しないみたいだし……」
「それは流石に無理ですよ。要人警護の面も兼ねて、バトルフィールド内以外は一切魔力感知の出来ないようにしてありますから」
と言って、セリカさんが苦笑いを浮かべる。
むぅ、セリカさんのくせに、やれやれみたいな雰囲気出さないでほしいんだけど。いいじゃん、楽したってさ~。使えるものを使ってないが悪いんだよ~。この貧に————————
「イヴ様?」
「ひぃぃぃぃ!!」
な、なんで心が読めるのさ!
名前を呼ばれ反応すると、ハイライトのない瞳でこちらを見つめるセリカさんが居た。怖いよ!? 口に出してもいないことが分かったのもそうだけど! その精神的にやばい目が怖いよ!
「なんか不愉快なことを言われた気がするんですよね? ねぇ、ねぇ、ねぇ!」
「な、なんも言ってないから!? ねっ! だから落ち着いて!」
そう言ってその目のまま詰め寄ってくるのを必死に抑える。
「セリカさんはいつも落ち着いてるしスタイルもいいから憧れちゃうな! 変なことなんて思ってないですから、落ち着いてくださいよ!」
私にその言葉にセリカさんは、ぴくっと耳を反応させる。
「私が何ですか?」
「え、え?」
「何が憧れるんですか!!」
え!? それってさっき言ったこと?
「えーっと……いつも落ち着いてて」
「その後です!!」
「は、はい! スタイルがいいです!!」
そう言った瞬間、セリカさんの目のハイライトが戻ってくる。あぁ、怖かった~。
「そ、そうですか! イヴ様がそんな風に思ってたなんて知らなかったですね! あのあの、私なんか貧相ですし、憧れちゃだめですよぉ~」
自分で話し振っといてめんどくさいなぁ……でも、えへへって笑っているセリカさん、まじカワユス!
「そ、それよりもボブの所に案内してくださいよ! い、一応あんなのでも私の専属使用人ですし……」
「へ? あ、あぁ、そうですね。医務室はこちらになりますね」
若干放心状態だったセリカさんに、こちらの世界に戻ってきてもらって案内してもらう。
少し歩くと、ある部屋の前に着いた。その部屋の扉には『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたプレートが吊るされていた。
「失礼します」
何も言わずに入っていくセリカさんに続いて私も医務室へと入る。中は個室になっていて、ベッドと椅子が置いてある程度の簡素な部屋だった。ベッドにはボブがすやすやと気持ちよさそうに寝ており、セリカさんが説明してくれるには、今回使われた薬は即効性のある睡眠薬だったらしく数時間もすれば普通に起きるみたいだ。リプカさんが後遺症みたいなものも出ないように処置してくれたみたいなので一安心。
「どうですか? 一目見たら安心しましたか?」
ニヤニヤと意地悪そうな顔をしながら聞いてくるあたり、セリカさんの性格の悪さが分かる。私自身、心配してたこと自体は認めるけど、そこに皆が期待してるような変な気持ちは無い。こんなバカに惚れてるだのいいなぁとかあり得ない。
「まぁ、こんな元気そうに寝てるなら来なくてもよかったかなって思いましたよ」
少し嫌味を足して答えると、セリカさんはため息をつきながら残念なものを見るかのような視線を向けてくる。
「ほんとに素直じゃないんですから……」
そんな残念なものを見るような眼で言ってこなくても……本心で思ってるんだから、仕方ないじゃない。
私の考えを否定するようにセリカさんは話を続ける。
「いいですか、イヴ様? イヴ様はもう少し素直になるべきです。ボブさんに対してもそうですけど、他の人たちに対してもです。今、イヴ様のことを分かってるのはボブさんの他だと私とラージュやリプカ、アルバとハイドくらいですか? ラシウス様にも雑な態度とれるようにはなってきましたけど、まだまだ硬さが残ってますし……なにより家族やクラスメイトの皆さんに対しても、こんな風に接してあげればもっと印象が変わると思うんですよ」
ぐうの音もでない正論に押し黙る。
分かってはいるし、もう少し自分のやりたいように行動してもいいのかもしれない。でも、どうしても昔のことがあるから、人前で感情を出すのはキツイ部分もある。
口を尖らせてムスッとしている私に対して、セリカさんはやれやれと小さな子をあやすような顔をして頭を撫でてくる。
いきなりのその行動に顔を赤くして俯く私。その時、ベッドで寝ているボブから声が聞こえた。セリカさんもその声が聞こえたのか、私の頭から手を放しボブの近くへと寄る。私も、そのセリカさんの隣へと移動しボブを見る。
ボブは、ううーん、と声を上げる。その声とともにうっすらと目を開けていき、意識が覚醒しきらないまま体を起こすと周りを見渡す。何度かそんなことをしていくと徐々に意識が覚醒していったのか、今度は私の顔を見ると、ベッドで横になっていることも気にせず詰め寄ってきた挙句、顔からベッドから落ちて床とキスしていた。
「あがっ! 痛っっ!」
「何やってるんですか! ほら手を掴んでください!」
一連の出来事を驚いた表情で見ていたセリカさんが、怒りながらボブに手を差し伸べる。ボブも謝りながらその手を取る。ボブはベッドに腰かけると、私を見て勢いよく頭を下げてきた。
「すみませんでした! こんな大事な時に寝てしまって」
「ボブは自分がなんで寝てたか分かってるの?」
謝罪よりもそちらのほうが気になる。今の言い方だと、この状況を分かってるような言い方だった。普通、こんな時は「どうして寝てるんですか!? どういうことですか!」みたいになると思うんだけど?
その問いにボブは頭を下げたまま答える。
「はい……なんとなくですが理解できてます。廊下で待機していた時に、何者かに襲われたことも覚えているので……ですので、きっとそのまま意識がなくここに運び込まれたんだろうと……」
そう言って、下げてる頭をさらに深くしようとしたので、私はボブの肩に手を置いて止める。
「そういうの、もういいから。だから、頭を上げろ」
少し強めに言うと、体をビクッとさせて頭をゆっくりと上げる。上げた顔の目には少し涙が浮かんでいた。私はその顔を見ると、笑いがこみあげてくるのを抑えられず大笑いしてしまった。
「ちょ、ちょっとイヴ様! ボブさんがこんなに反省しているというのに笑うなんてひどいじゃないですか!」
セリカさんが注意してくるが、笑いは止まらない。
「ぷっ、あはははは! ほんと泣き顔が似合わなすぎる人間が居るなんて! あっ、人間じゃなくて魔人だ。あはははは。」
「イヴ様!!!」
「はぁはぁはぁ……ふぅぅぅ、あぁー面白かった。セリカさんもそんな怒らないでよ~」
「イヴ様が心配してると思って連れてきたのに……これじゃ連れてこなきゃよかったです」
呆れた声でそんなことを言ってくる。声とは裏腹に表情は私、怒ってます! と分かりやすいくらいに出ている。
「さっきも言ったけど、心配はしてたけど気持ちよさそうに寝てるの見たら吹っ飛びましたって。それに、私が素直に気持ちを出してるからこそだから」
「そうですけど……」
「それに、凹んでる暇があったら早く元気になって戻ってきてもらわないと困るから。知らないと思うけど、私の思惑を外されて、正式に次期魔王なんかになっちゃったからさ」
そう、だから凹んでる暇があるならこれからの対策を練ってほしい。
「お嬢様が正式に? それはフェルド様に勝利したってことですか? 戦闘嫌いはどうしたんですか!?」
どうやら急なことで頭が混乱してるみたいだ。そこにセリカさんが入り簡単にだけど説明してくれる。
「詳しいことはまた明日にでも話します。結論だけ言うと、フェルド様が棄権しました。その上で、フェルド様もお認めになり、イヴ様の次期魔王が決定したという事ですね」
説明を受けたボブは、顔を両手で覆うと肩を震えさせる。え? 泣いてる?
「良かった……本当に良かった。これでイヴお嬢様が皆に認めてもらえる。大勢の前でフェルド様もお認めになってくれたのなら……おめでとうございます、イヴお嬢様」
ボロボロと大泣きしながら、私に向かってそう言ってくる。セリカさんも、そんなボブを優しげな表情で見つめる。
私はその雰囲気に耐えられず、セリカさんの手を取り駆け足で扉の前に行くとドアノブに手をかける。
「良かったとか意味わかんないから。私は魔王になりたくないって言ってるでしょ? それは変わらないし、誰かが代わりにやってくれるなら喜んで譲るよ……でも、少しだけならお試しでやってあげてもいいかな。だから今日は休んでいいから、明日にはまた仕事に戻ってよ」
早口でそう告げると、扉を勢いよく開け部屋を出る。そして、そのまま転移魔法陣がある場所までセリカさんを引っ張りながら走る。走ってる最中「恥ずかしがるなら言わなきゃいいのに」などとセリカさんが言っていたがシカトする。ふん、少しは皆の期待に応えてやろうと思っただけだし……
こうして次期魔王決定戦は私の勝利で終わり、半年後には嫌でも魔王になることが決定した。
後日、自分が寝てる間の詳細を知ったボブが半狂乱状態になり、私のみならずセリカさんまで引いていた。
うん……やっぱこいつに頼るのは止めよ。
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