第二章3 『負け組の戦い』
「北海、これからはあなたがこのクラスをまとめなさい。」と滝澤先生に言われてあっけらかんとしている北海。正直どう答えるか悩んでいたが、滝澤先生はそうなることを見越していたかのように、「返事は今すぐでなくて良いわ。」と助け船を出してくれた。
——話は二週間前に遡る。丁度ユズ達が自治体プロジェクトに行った初日だ。私達、自治体プロジェクトに選ばれなかった13名は、滝澤先生に負け組と罵られ、モノづくり強化訓練の一環として、滝澤先生直々のライセンス取得講座を受けることになった。
しかしながら、ユズは自治体プロジェクトの一員に選抜され、ライセンス取得を優遇された立場であるにも関わらず、自らこの滝澤先生の講座も受けることを志願したらしい。本当に頑張り屋の彼には頭があがらない。
ただ、実際問題は自治体プロジェクトの推進がメインになるので、毎週金曜日だけ講座に参加するらしく、自治体プロジェクトが終わった後に毎日一人で課題に取り組んでいると聞いた。本当に頭が下がる。私ですら講座だけで手一杯なのに。
これまでのグループワークで私はユズ達と組んだこともあり、ユズ、友心、中村、志水とは仲が良く、モノづくりにおいては同志のように感じていた。そんな中、私だけが自治体プロジェクトに選ばれず、あの時感じた思いは形容しがたい。私のアニマであるミヤマカラスアゲハ春型のルリも、私の感情に呼応して当分の間羽ばたくことができなかった。そんな状況下でも時間は待ってくれず、ライセンス取得講座は始まった。
「さて、今日からはライセンス取得に向けて、私がみっちり指導をします。まず皆さんが目指すプロのクリエーターのライセンスには大きく三段階のレベルがあります。一段階目はモノづくり全般のベーシックライセンスであるクラフター。これはプロとして社会に出て働くためには必ず持っていないといけない基礎的なものですが、プロを目指す学生のうち合格するのは半数程度です。二段階目はその上のレベルの応用的なライセンスであるアーキテクトで合格率は一気に下がり20%程度。三段階目はモノづくりにおける役割ごとの専門的なライセンスであるスペシャリスト。ここまでくるとプロを含めても合格率は数%になるわ。」とライセンス体系について滝澤先生から説明があった。
「私のクラスにいるからには、全員三段階目のライセンスまでを在学中に取得してもらいます。心配しなくとも、私はこのライセンスの合格教本を何冊も出版しており、メディアから合格の女神様と呼ばれています。安心して励んでください。」とニッコリと頼もしい発言であったが、笑った目の奥に隠されたなにかを感じざるを得なかった。
滝澤先生からのライセンスに関する基本的な説明と今後の教育方針の説明が終わった後は、早速ライセンス取得のための講座が始まった。最初は一段階目であるクラフターを目指すのだが、筆記と実技試験の両方があるらしい。まずは筆記の対策から始まったのだが、これがなかなかに範囲が広い。主にモノづくりの基礎知識について問われるのだが、素材や材料の特性や選び方から、製造プロセス・品質管理の基本的な考え方まで一貫した知識が必要になる。特に現代のモノづくりはデジタルなものが多いので、トレンドであるAIを活用したプロダクトの作り方みたいなところは、デザイナーである北海には取っつきにくく頭を悩ませた。
——そして現在。私の気持ちは一向に晴れる気配はなく、むしろ曇っていく一方で、気晴らしに外にあるベンチで一人座っていた。すると、「あら、早紀ちゃん。なんだか元気ないわね。」と話しかけてきたのはクラスメイトの数少ない最後の女の子の棟方木葉だ。彼女は、家が工務店で大工仕事に慣れているのもあって、体ががっしりとしておりメンタルも強い反面で、誰よりも女の子らしい一面を持っている。アニマはビーバーのパタちゃん。
「木葉ちゃん、気にかけてくれてありがとう。実は滝澤先生にクラスをまとめるようにお願いされたんだけど、男の子が大半の中でできる自信がなくて…。それに最近の講義もあんまりついていけてないんだ。」と今の気持ちを吐露する北海。
「その気持ち分かるわ~、私の実家は工務店だったから、昔から大人の男だらけのところで育ってね、それで父の後を継がないといけない立場だったから、小さいころからビシバシ鍛えられたの。それで気づいたらこんな逞しい体になっちゃって、こんなんじゃお嫁に行けないわよね(笑)」「で、そうじゃなくって!クラスをまとめるって話よね。あんまり難しく考える必要なんてないんじゃないかしら。教育するのはあくまで滝澤先生だから、クラスのリーダーっていうのは先生とクラスメイトのパイプ役となって、クラスメイトがなにか困っていたら悩みを聞いてあげる、必要であれば先生にエスカレーションするのが重要な役割よね。」
「そうだよね、実際にこの間、この過酷な講座に耐えきれずに退学した子がいるじゃない?私、その子のこと大丈夫かなって気になってたんだけど、結局なにもしてあげられなかったの。」と後悔をしている北海。
「あの子のことね、私も気がかりで一度話かけたことがあるの。いろいろ悩みを聞いて励ましたんだけど、モノづくりが得意な人にはこの気持ちは分からないって言われちゃったわ。でも確かあの子、転校先でもモノづくりを続けるって言っていたわ…とにかく、きっと滝澤先生は、そういった人の気持ちを察知して共感できる早紀ちゃんだからこそ、クラスのリーダーをお願いしたいんじゃないかしら。」
——私は木葉ちゃんに言われたことを思い返しながら帰路についていた。私に本当にクラスのリーダーが務まるんだろうかと考えていたところ、最近元気がなくて羽ばたけなかった、私のアニマのルリがパタパタと飛んで、様々な角度で自身の羽を魅せてくれた。ミヤマカラスアゲハは変容・変化・美の象徴と言われており、光の当たり方で色が変わる構造色は見る角度によって異なる美しさを持つ。
私はその特性に何度も感性を刺激され、モノの見方を変えることによって、美しいデザインを作ってきた。
そんなかけがえのないルリが言った。「いろんな角度からモノを見て、感じて、表現できることが早紀の素晴らしい才能よ。そんなあなたなら、きっとクラスメイトの気持ちに誰よりも寄り添うことができるわ。そして、デザインだけじゃない他のことにも真摯に向き合って自分のものにできる。私はそう信じているわ。」
木葉ちゃんと、ルリの言葉を聞いて決断した。クラスのリーダーをやろうと。するとルリの目のあたりが黄金に輝いた…ような気がした。
そう決めてからは胸の中のモヤモヤがなくなって、積極的に動けるようになった。講座を熱心に取り組むのはもちろんのこと、クラス全体の異様な緊張感を一変するために、困っていそうな人に話しかけ、どういう悩みを持っているのかを聞いた。するとほとんどが自治体プロジェクトに行けなかったことによる失意と厳しい講座による疲労、そして一人の退学者が出たことによる緊張の糸の途切れを感じていた。
ある日、隅で一人うずくまっている男子に声をかけた。話を聞くと、自分だけモノづくりが向いていないんじゃないかと泣きそうな顔で言った。私はその言葉に、自治体プロジェクトに選ばれなかったあの日の自分を重ねた。「私も同じだったよ。」と言うと、彼は顔を上げた。
ユズ達の近くにいながら私だけが取り残された辛さ、モノづくりのことが分からない中で講座を受ける大変さを自分ごとして語り、それでも将来私はモノづくりをしたいんだという強い気持ちを語った。
すると自分の素直な気持ちを吐き出し、更に自分よりも過酷な立場にいる北海の気持ちが伝わったのか、彼は「もうひと踏ん張りしてみるよ。」と言ってくれ、その言葉がクラス全員に伝播するかのように「俺たちも自治体プロジェクト参加組に負けないように頑張ろう!」というムードになっていった。
——そんなムードに呼応してか、ルリの鱗粉がひらひらと教室に舞い、それを見た私は思った。「自治体プロジェクトに選ばれず良かった。」と。
第二章三話をご覧いただきありがとうございました。今回は、自治体プロジェクトに選ばれずに学校側に残ったクラスメイトを中心に描きました。北海の心情を思うと、きっと一番悔しかったんじゃないかと思いますが、それをバネにリーダーとして奮起する姿はかっこよかったですね。
今まで主人公のユズ君ばかりにフォーカスして話を展開していたので、今後は他のキャラクターも深堀っていき、読者の方に愛されるキャラクターに育てていきたいと思います。
それでは、感想やレビューなどのリアクションいただけますと大変嬉しいです!次回も引き続きよろしくお願いいたします。




