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第9話 聖女ケイティ・ラバン

 朝食後、ケイティがやってきた。

 右手をブンブン振って、相変わらず元気一杯だ。私とは正反対だわ。


「おっはよー!」


「おはようございます、ケイティさん」


「やだなぁ、あたしたち友達でしょー? ケイティでいいって!」


「じゃあ……ケイティ」


「きゃーっ、ニーシャちゃん可愛い! 大好きー!」


 私は苦笑いするしかない。

 この子の肩書きは聖女だ。

 だけど、神々しさはほとんどなく、底抜けに明るい。


「今日はね、教会に行きましょ! 行きましょ!」


「教会……?」


「そ! 帝都にある教会! おっきいんだから!」


「じゃあ、是非行こうかな」


「ホント! やった!」


 私とケイティは教会に行く事になった。

 本で読んだことはあるけど、教会に行くのは生まれて初めてだ。楽しみでもあった。



***



 宮廷を出て、15分ほど歩いたところにある教会。

 まず思い浮かべた単語が“高い”。屋根のてっぺんは天を突くような高さ。

 煌びやかで荘厳な建物だ。

 神に仕える人々はここで日々神に祈りを捧げているのだろう。


 扉の中に入り、ケイティの後についていく。

 床を見る。ピカピカだ。私が映っている。

 その姿はやはり貧相で、自分が場違いに思えてしまう。


「こっちへ来て! 祭壇に案内するわ!」


「わっ……!」


 案内された部屋は別世界だった。

 高い天井、美しい装飾、床にはなにやら綺麗な紋章が描かれ、中央には神の像がある。

 大理石で作られた、髭を生やしたダンディな神様だった。


「あれが神様よ! みんなを見守って下さってるの!」


「神様……」


 ケイティにそう言われて、まじまじと見る。

 清らかな衣を纏い、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた神様は、確かに威厳があり優しそう。

 だけど――


 あなたが本当にいるのなら、なぜ私を助けてくれなかったの?

 なぜ私は親に捨てられたの?

 なぜムゾンみたいな奴に拾われたの?

 なぜ毒を食わされ、地獄みたいな生活を送らされたの?

 なぜ――私なんかがこの世に生まれて来ちゃったの?


 いくつもの“なぜ”が頭に浮かんでくる。

 私はそっと神様を睨みつけた。むろん、神様の表情は変わらない。

 下々から恨まれることは慣れている、とばかりに。


「さ、祈りましょ!」


 ケイティが笑顔でこう言った。


「祈る?」


「そう、神様にお祈りするの! ポーズは――」


 ケイティは両膝をついて、神の像を見上げ、両手を組んだ。

 私も同じようにする。


「さあ、祈って!」


「へ?」


「祈って、祈って、祈って、祈って、祈りまくるの! どうせタダなんだから祈らにゃソンソン!」


 お祈りってこんな体育会系なものなのかしら。ちょっとイメージと違う。


「お祈りって頭の中では何を思えばいいの?」


「そりゃもう! ニーシャちゃんが大切な人のこととか、あるいは天罰でも浴びせたい奴のこととか、あとは……自分のこととか」


 なるほど。分かりやすい。

 ならまず、私はジェラルド様のことを祈った。

 私と握手してくれたジェラルド様。侍女にしてくれたジェラルド様。居場所を作ってくれたジェラルド様。

 皇帝として大変なようだけど、どうか頑張って欲しい。

 あの人のためなら、私は我が身を捧げたっていい。神様、あの方をどうかお守り下さい。


 それと天罰を与えたいといえばムゾン。私の父ムゾン・アンフェル。

 あの悪魔にはどうか地獄に落ちて欲しい。

 少なくとも決して幸せにはならないで欲しい。

 心からお願いするわ、神様。天罰というものがあるのなら、どうか与えてちょうだい。


 そして、私――

 なんだろう。

 私は自分のために何を祈ればいいんだろう。

 分からない、分からない、分からない……。


 本当に分からないので、私はケイティに聞くことにした。


「ケイティ、私は私のために、何を祈ったらいいかな?」


 ケイティは振り向いて笑顔を見せた。あまりにも眩しくて、ちょっとドキリとした。


「決まってるじゃない! 自分の幸せのことよ!」


「私の……幸せ?」


 思わずつぶやいてしまう。


「私、幸せになっていいのかな」


「なに言ってるの。いいに決まってるじゃない!」


 ケイティの言葉に後押しされ、私は祈った。

 神様、どうか私を幸せにして下さい――


 祈ると、なんだか体が温かくなってきた。とても心地よかった。

 さっきは神様を睨んだけど、神様に感謝したい気分になった。

 神様だって万能じゃない。全てを救えるわけじゃない。

 神様にできることは信仰の対象として、人々に道筋や希望を与えること。そんな気がした。

 祈りは自分の目指す道を決める行為なのだ、となんとなくだけど実感できた。


「ふぅ、こんなものかしら。ニーシャちゃん、どう? たっぷり祈れた?」


「うん……とても祈れた」


 私はうなずいた。


「なんだか心と体がポカポカする……」


「それが祈りの効力ってやつよ。祈れば必ず実現するってわけじゃないけど、心身にいい影響をもたらしてくれる」


「うん……それは分かったような気がする」


 その後、私は教会の食堂で昼食を取った。

 ジェラルド様との食事と違い、お野菜中心のヘルシーなメニューだ。

 だけど、とても美味しい。


「美味しいわ、ケイティ」


「ホント! ありがとう、ニーシャちゃん!」


 ケイティはとびきりの笑顔を見せてくれた。


「でもあたしからすると教会のメニューはお上品すぎるというか……もっとお肉が欲しいというか……。ハンバーグとかさー……」


 こう不満も漏らす。確かにケイティはお肉は好きそうだ。


「アハハ……」


 ケイティはよく祈り、よく食べる聖女だった。


 その後もケイティは教会のあちこちを案内してくれた。

 

 薄い衣をまとった美しい女神を描いた絵画。

 ため息が出るほど見事なステンドグラス。

 逞しい男性が剣を振るう彫刻。

 比喩ではなく、天国に来てしまったようだと感じる。


 一通り回った後、ケイティが言う。


「ちょっと滑稽よね。人々を救う、だなんて言ってる教会が、これだけ高級な装飾してさ、芸術品を集めてさ。この世の大多数である市井の人とはかけ離れた豪華な空間を作ってる」


 教会を批判するようなことを言うので、私は驚いた。


「でも、教会には権威が必要なの。権威という力がなきゃ、誰も祈ろうなんて思わないし、そうなったら誰も救われなくなっちゃう。だから、こうして豪華でなきゃいけないの」


「うん……私もそう思う」


 いつも底抜けに明るいケイティだけど、教会や信仰について真摯に考えてもいる。

 私はケイティの本質を垣間見た気がした。


「だけど、あたしは……ニーシャちゃんにはできれば力を使わない人生を送って欲しい」


 “力”とは“毒”のことを指すのだろう。

 私が毒を使わない人生を送って欲しい。

 そう言ってくれたことが、私には素直に嬉しかった。


「ありがとう、ケイティ……」


「やだもう、お礼だなんて! ニーシャちゃん可愛い!」


 抱きつこうとしてきたので、慌てて距離を置く。


 夕方になり、私とケイティは一緒に宮廷に戻った。

 ケイティとはずっと友達でいたい。私はそう思った。

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