6-4 散歩しながら市場調査?
屋敷の外へ出て他の屋敷を見ながら散歩したのがおよそ十日前。現在は宰相様の領地である侯爵領の中心地まで来ることが出来るようになりました。私? 基本的には未だ自分の足では歩きません。というか歩かせてもらえません。体力の問題です。……だから散歩なんだと思うのですが。ずっとヘルムの抱っこなんですよね。
これで体力が付くとは思えないんですけど。そうヘルムに言ったら日光浴だ、と言われました。なるほど。
「此処が侯爵領の中心地ですね、お嬢様」
「うん」
現在、ヘルムに抱っこされ隣にはアズ。……あれ? これってもしや、夫婦と娘って構図じゃないですかね?
ーーいや、考えない。考えるな、私。
「何を見たいですか?」
ヘルムの問いかけに首を傾げる。
「何を、というか。何があるか知らないから」
侯爵領領地の特産品は知っているけれど。特産品を知っているからと言って侯爵領に何があるか、何を見たいか、ということは知らないし、私が出来る仕事とどんな関係があるかも分からないので苦笑する。
「それもそうですよね。アズどうする?」
「お嬢様は王国内の各領地の特産品など主要な産業はご存知ですが、勉強はしても実際のことは殆どあの忌々しい屋敷に居るだけでしたからね。何も分からないので、ただ様々な物を見るだけでも違うと思います」
お母様が亡くなりお兄様と離れ離れになってから、私を育ててくれた、と言っても過言ではないアズの言葉は淡々としていても、私がどのように暮らしてきたか分かり易い話になってます。
まぁ、私があの小屋から出ることが無かったのは事実ですからね。ロイスデン公爵家を訪ねた時以外、お母様が亡くなって以降は伯爵家の敷地内を出たことが有りませんから。
此方の世界の平民の生活はおろか、抑々他家の貴族の生活も領地がどんなのかも、なぁんにも知識以外は知らないのです。知識があっても実際を知らない時点で理解していないようなものです。
「じゃあ、お嬢様、気紛れに散歩をしましょうか。で、気になった所を見る、というので如何です?」
ヘルムの提案に一も二もなく頷きました。
そんなこんなで、他家の、ですが。領地探検開始です。
「領地の中心地って活気があるんですね」
「此処は宰相様の領地でも有りますからね」
私の言葉にアズが返します。どういうこと?
「宰相様は、ご子息様に領主代行を依頼していらして、ご子息様もお若いながら……確か二十五歳でしたか……領主代行の任を務めている、と聞いてます。嫡男で奥様とお子様がいらっしゃる事もご子息様が発奮なされる理由でしょうが、領民を大切にしているとも聞きますよ」
続けてアズが説明してくれますが。
「領民を大切って当たり前ではないの?」
素朴な疑問をぶつけます。
「あの元伯爵のような人は、この国の貴族には多いので。あれだけ酷くはなくても、ロイスデン公爵家を筆頭にした公爵様達が治める公爵領やこの侯爵領のように、領民を大切にして意見を聞く、という貴族は少ないのです。大抵は領地のことは領主代行として誰かに任せっきりで、納める税や特産品の売上などに大きな変化がないか確認をする程度なのです」
アズの説明に潜む辛口な評価。でも、それはこの国の貴族の実態でしょう。私には何も出来ない部分でもあります。
前世、仕事をしていて人の失敗の尻拭いをしたことが有りますが。それは結局その人の成長を妨げる事なのだ、と勉強したのは、同じ失敗をその人が繰り返した事を目の当たりにしてからでした。
私がカバー出来る範囲だったからカバーしてあげた。その結果、同じ失敗を繰り返したその人は、成長しなかった上にまた誰かがカバーしてくれるだろう、と期待した。そして誰も手を貸さなかった事で、その人は私を詰ったものです。私がカバーしてくれたからカバーしてもらえると思ったのに、誰も手を貸してくれない。責任取ってあなたがこの失敗を何とかしろ、と。
結局、その人の失敗の二度目はカバーしなかった私は、その人が責任を取ってという表向きの理由で直ぐに辞めた事を知りました。仕方なく結局その人の失敗を何とかカバーしましたが……中途半端に手を貸しては、相手にも自分にも良くない、と覚えました。
その人がその後どうしているか、結局知らないままですが、責任取って辞めた後、大変だったのは私でした。何とかしましたけど。苦い思い出です。
だから、アズのその話に思う事はあれど、何も出来ない事も分かっているので「そうなのね」 と頷くだけにしておきました。
「まぁ、そんなわけですから、折角領民を大切にする人が領主の侯爵領なんです。色々見て回りましょう」
ヘルムの気を取り直した発言は、でも、アズの話を一言も否定しないので、それが事実なのだと理解します。だとするならば、良い領主とその代行が治める領地を確認するのは、私が出来る仕事を見つけるヒントになるかもしれない、と期待に胸が膨らみました。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




